未来を紡いで (4)

 俺を含む一向はドーム状の建物へと辿り着き、中へと入っていった。

 ここがジャッジメントホール。俺と、そして人類たちの未来を決める会議を執り行われる会場。

 かれこれここに至るまでに数回。おそらく過激派と思われる人間嫌いの機械民族マシーナリーから襲撃を受けている。

 絶滅危惧種保護観察員の丁寧かつ迅速な対応によって何事もなかったかのようにスルーできてしまっているが、それはあまりにも異常な状態だろう。

 治安維持に徹底しているはずの『エデン』でこれだけの過激派が現れるということは水面下ではよからぬ何かが動いているような、そんな気さえする。

 何せ、これより行われるのは人類を救済するための措置を求める会議が執り行われるのだ。それだけで、不都合を感じる輩が沸いて出てきてもおかしくはない。

「ようこそいらっしゃいませ。コード認証をお願いします」

 一本足の受付嬢が八つ以上ある瞳をチカチカと点滅させながらこちらの情報を探るように見つめてくる。あまりに形容しがたい外見をしているせいで、信号機の類いかと思った。

「はい、認証完了いたしました。それではどうぞご入場ください」

 模様のついた壁だと思っていたソレが消失する。そこが入場ゲートだったのか。そんなことさえも分かっていなかった俺はいちいち驚いてしまう。

 建物内は外観で見て想像していたよりも広く、大きかった。軽く見回した感じ、やたらと身なりの整った機械民族の姿が多い。これから何かパーティでも開かれるのだろうかと思わされるほど。

 しかし、あいにくながらここはイベントを催される会場ではない。

 ふと何の気なしにコードを読み取るツールを起動させようとしたところ、即座にブロックが掛けられた。誰の情報も入手することがかなわなかった。つまりは相当身分の高い連中なのだろう。

「ここまでくれば、一先ずはよからぬ輩も手を出せないのであります」

 安堵するようにホッと一息、ジェダが告げる。これまでの警備も大概ではあったが、ここはさらに一段とグレードの高い場所らしい。

「あんな連中も『エデン』にはいたんだな」

「いやいやアニキ、あれ明らかに部外者っすから。何処かから飛んできたんすよ」

「わざわざご苦労なことだな。というか人類が訪問する情報が流出していたのか?」

「そらま、法の改正なんて秘密裏には行えないんで。ことに政治がらみともなればオープンもオープン。あ、でも『ノア』の人たちにはそれとなくバレないようにしといたんで心配ご無用ですぜ」

 ブロロが爽快なウィンクをキメてきた。

 そういった根回しには本当に感謝だ。

「ああ、ありがとう」

「まだまだ、始まるのはこれからでありますよ」

 始まる前からこんな調子では、いざ会議が始まってしまったらどうなってしまうことやら。そんな不安もあるが、さすがにこのジャッジメントホール内にまで暗殺者のような輩が侵入してこないことを祈るか。

 まさかいつぞやのときのように壁から無数の銃器が突き出してくるわけでもあるまい。上層部にとてつもない過激派がいるのならまた話は変わりそうだが。


「やあ、ゼクラ君。久しぶりだね」

「あ、あなたは……」

 ふと聞き覚えのある声に振り返る。するとそこに立っていたのは、恰幅のいい機械民族の男だった。その身なりの良い立ち姿を見間違うことはないだろう。

「ディアモンデ様。お久しぶりです。まさかこんなところでお会いできるとは」

 できる限り丁重に挨拶する。頭も上がらない。

 コークス・コーポの代表だ。

 たったの四人しかいない人類が生存するためにはどうすればいいのか。悩んだ末に俺は機械民族との和解を決断し、初めて助けを求め、『エデン』で出会った男だ。

 忘れるわけもない。この男がいなければ俺たちは絶滅危惧種として登録されることもなかった。それからも何度も影ながら色々と支援してもらっている。

「はっはっは、そんなに改まる必要はないよ。今日はちょっと様子を見に来ただけでね。いわば傍観者さ。発言権はないけれど、行く末と見届けたくてね」

 コークス・コーポの方は大丈夫なんだろうか。仮にもトップなのだからかなりのご多忙のはずだが。

 だが、それも実のところ違和感はない。何せ、ディアモンデという男は人類というものをこよなく愛しているのだから。そうでもなければ絶滅危惧種保護観察員を俺たちに派遣するはずもない。

「今日の会議でヒューマンの、そして機械民族の歴史さえも大きく変わるかもしれない。とても注目を浴びているんだ」

 貴重な宝石でも目にするかのような慈しみを込めた瞳が俺をジッと見つめる。

「ま、そんな色々と複雑な事情はあるが、私個人としては何よりキミという存在を失うのはあまりに惜しい。それだけさ」

 俺という存在か。果たしてそれにはどれだけの価値があるのものなのだろうか。

 シングルナンバー。機械民族の奴隷として生み出された命。

 都合の良い兵器として使われて、不都合となったから消されることになった命。

 その顛末により、人類と機械民族は長い戦争を引き起こす引き金になったとか。

 かつて敗北戦争などと揶揄された歴史を知っておきながらも、人類は機械民族の奴隷脱却を求めて、戦った。

 その当事者で現存している人類なんて希少なものは他にあるまい。

 共に戦ってきたあの連中が俺の力を欲しがったのも同様だ。俺を再び戦場の地へと戻すべく、ズーカイの奴が言っていた言葉もふと脳裏を過ぎる。

『僕たちは少しでも多くの力を必要としています。それはただの力ではありません。執念と決意を抱いた力です。ゼクラさん、あなたも持っているものですよ』

 兵器として、道具として、奴隷として生きてきた俺だからこそ持っているものがある。それもまた、希少なものなのだろう。

 俺なんかに、俺の命なんかにそんな価値を勝手に付けないでくれ。

「ゼクラのアニキ、そろそろ会議の準備を」

 ブロロが小突く。

「ふむ、それでは今日の結果、期待して見守らせてもらうよ」

 ディアモンデ氏が一瞥をくれて、去っていく。

「ゼクラ殿。色々な不安もあると思うのであります。しかし今日はその不安を取り去るためにここにきたのであります」

「ああ、そうだったな」

 背中を押されるようにして、俺は会議へ赴いていった。

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