未来を紡いで (3)

 加工された水晶のような無機質を思わされるビル群の中を、思いの外、高速でスライド移動する一向。その向かう先はジャッジメントホールと呼ばれる施設になる。あらゆるルールを裁定する場所という認識で間違いはないだろう。

 犯罪者を裁いたり、法律の改正を行う、何やら聞く限りでは何でもやっているような印象だ。今回主題となる延命処置はクローン法改正に基づく。

 どのような議題が飛び交ってくるかという不安よりも、俺自身がどんな扱いをされるのかという不安の方がより大きい。

 かつて、この『エデン』を訪れたときは、人類の繁栄のための支援を乞うべく、対価もなしに飛び込んでいったのも未だ記憶に新しい。秒間数十万発以上のレートを持つ機関銃に四方八方、縦横無尽に取り囲まれて危うく殺され掛けたものだ。

 あのとき、上層部の者が人間に対して友好的じゃなかったら、今頃俺たち人類は絶滅していたことだろう。それと比べれば今の状況は断然マシに思えるが、それでも完全なる保障にはならない。

「やはり、不安でありますか?」

 ジェダが下から覗き込んでくる。一応前に聞いた話では製造されてから何億年か経っているらしいが、ジェダの容姿は幼い少女のソレと変わらない。実質的な寿命を持たない機械民族マシーナリーである彼女はどう思っているのやら。

 翠色に光る瞳が俺の何かを測るかのようにジッと見つめている。

「例え秒間数億発の機関銃が用意されようと、数万度のレーザー光線に囲まれようとも、我が輩達はこの身に代えてでもゼクラ殿の命を守るのであります」

 安心を振る舞うようなにこやかな笑顔で小さく敬礼された。見た目相応にあどけなく見えるのだが、何やら考えていることを読まれたような気がする。

「どちらかといえば、そういうものがそもそもこないことの方を祈りたいんだが」

 変に話がこじれて、求める結果を得られなければ本末転倒というもの。最悪のパターンとしては、やはり人類は不要な存在だ、などと結論付いてしまうことか。

「今日の出席者については、ヒューマン嫌いもいるみたいっすからね。いやぁ、アニキにとっては寿命が縮みそうな会議になるんじゃないですかね」

「ブロロ! それはジョークにもなっていないのであります!」

 おどけてみせるが、これは一応ブロロなりの気遣いということなのだろうか。少なくとも、ひたすらに重い空気をどうにかしようと必死なのは伝わった。今日が命日になったとしても心残りないようにしなくてはな。

「これまで法の改正については幾度と議論し合ってきていて、今回最終的な決断を下すべく、ゼクラ殿に出席を求めたのであります。悪い方向性には早々転がらないはずであります!」

 弁解すべく、ジェダもジェダで必死に取り繕ってきた。

 そうなんだよな。

 この複雑怪奇にして途方もなく難解な会議は実のところ、思っていたよりも長く掛かっていた。単純に人類一人分の寿命を延ばすだけの話には留まらなかった。

 俺自身、つまりシングルナンバーが会議に登場することは以前より検討していたことではあったものの、文字通りの死にものぐるいな状況なわけだ。

 今日の会議で決着を付けなければ、おそらく議論は膠着。

 次なる討論の場が設けられる頃には俺の寿命も尽きて、全てがパーとなる。

 今日という日のために、数え切れないほどの苦労を束ねてもらってきた絶滅危惧種保護観察員のみんなには感謝の言葉もない。

 最後の最後、議論を大きく動かすべく、俺は今、ここにいる。

 一石を投じる、重要なファクターなんだ。

 今頃、『ノア』はどれだけ平和なことだろうか。

 ナモミも安定期に入っていて、もう大分落ち着いてきた頃合いだ。おそらくは出産に立ち会えるかどうかくらいになるだろう。

 もし、今日、全てに決着がつけられなかったとき、生まれてくる我が子に、どれだけのものを残すことができるのだろうか。

 ああ、プニカとキャナの二人の子はきっと顔さえも見られないだろうな。それを思うと悲観的になってきてしまって仕方ない。

「ゼ、ゼクラのアニキ、精神安定剤をどうぞ」

 物凄い引きつった顔でブロロがそっとドリンクを差し出してきた。なんで態度を急変させてきたんだ。一体今の俺はどんな顔をしていたんだろうな。

「ブロロが余計なことを言うからであります」

 ジェダが横からブロロを小突く。

「ぁー、おほん。ゼクラ殿。我が輩たちがついているのでありますから。会議についても滞りなく、無事に改正にまでこぎ着けられるのであります!」

 力強く宣言する。

 が、心なしか、表情がやや歪んでいるように見えなくもない。

 緊張とかでもなく嘘をついているというわけでもない、それは絶対的な自信を持ちきれていないという顔だ。

 そう、最初から確約できる話ではない。可能性としては五分五分くらいだろう。

 ここしばらくは大量の資料を読みあさってきていて、色々と知識を蓄えてきてようやく分かってきたことだが、ここまで持って来れただけでも大したことなんだ。

 キャナが発案したクローン技術の応用法があって、ようやく可能性の芽が出てきたところだった。それが今、討論を進め、ようやくして五分五分。

 依然として苦しいところではあるが、実を結んでいることだけは紛れもない事実。


 ふと、遠方から殺気を感じた。

 空。ビル群。前方にそびえ立つ建物の一つから、こちらに対して明確な敵意、そして武器を向けているのが把握できた。

 そう思った矢先、直ぐさまその気配は、あたかも最初なかったかのように消えてなくなった。その理由は、ブロロとジェダの表情を汲み取ったら把握できた。

 なんとも形容しがたい、苦笑いだ。

「ゼクラのアニキは絶対に守るんで」

 たった今、俺は殺されかけたな。その確信がついた。

 殺気があったと思われるところに目を向ける。

 何かが飛んでいるのが見えた。

 まあ、おそらくは絶滅危惧種保護観察員の誰かだろう。検出されたコードに心当たりもある。

 前途多難。この期に及んでそう思うのは今更過ぎるか。

 今俺がいる場所、そして向かっている場所は紛れもない危険地帯。

 俺の周りを取り囲う護衛たちが一人たりとも無駄ではないことがハッキリした。

「皆、気を引き締めるであります」

 ジェダがおそらく俺以外にそう告げた。

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