Another

搾取 (前編)

「んっ……、ううっ、い、イク、イクッスぅ……!」

 これはあまりにも酷い状況なのではないか。疲労感に苛まれ、疲弊という名の熱に浮かされた思考は認識力を奪っていく。

「エメラ、この程度でへばってどうするのでありますか」

「効率が低下しているのでござる。殿方の扱いを何と心得てるのでござるか」

 どうしてまた、俺はエメラに跨がられて、さらにはジェダやネフラにその様子を注視されなければならないのだろうか。

 茹で上がるみたいに熱を帯びたエメラは、その反応こそメタメタに打ちのめされてメロメロになっているかのように思わされるが、全自動化オートメーションされた身体は驚くほどテクニカルな動きを見せる。

 これを、性行為セックスと呼んでいいのか。あまりにもアンバランスで、あまりにも一方的で、あまりにも相互の感情が別ベクトルを向いている。

 業務的というのか、作業的とでもいえばいいのか、この行為はどう考えても搾取といった方が適切なのではないだろうか。

「はぁ……、はぁ……、んぁ……」

 エメラの目は焦点が定まっていないように思えた。だらしなくよだれも垂らして、意識がハッキリしているようにも思えない。だが、それでも当人の意志に反するように身体はプロフェッショナルそのもの。

「正気を保つのであります。そんなではただの娼婦であります」

 なかなかえげつない言葉を投げかける。エメラの様相を見てよくそんなことを言える。外野は存外、無責任なものだ。

「ちゃんとゼクラ殿の陰茎おちんちんから精液サンプル採取なかだしされるのでござる。いくらバイオメタルのボディといえど使いこなさないと。オートに頼ってばかりではダメでござるよ」

 なかなか辛辣だ。そこまで言うなら代わってやればいいのでは、と思ったが、バイオメタルとやらはそうホイホイと気軽に取り扱えるようなものではないんだったか。

 使うにはそれなりの階級や権限が必要らしく、今のところ、その条件を満たしているのはエメラだけ。なかなか無情なものだ。

「そ、そろそろ休憩するか?」

 俺の方の体力が底をつきそうだった。

「そう……ッスね。ゼクラさんの負担を、ぁん、考慮して」

 エメラの精神メンタルも同じくらい限界に思えたが。

「やれやれでありますな」

 スイッチを切り替えるように身体の動きを止めたエメラを見て、ジェダが心底呆れた顔をする。それこそスイッチが切れたかのように、エメラの身体が俺の方に倒れてきた。機械の肉体とは到底思えないような感触。

 色づいた吐息が耳を刺激する。

 この、あまりにも不可解な状況はどうしたものだろうか。その事の発端こそ、今俺に跨がったまま、俺の身体に身を預け、疲れ果てた息づかいで今にも寝入りそうな状態のエメラにある。

 本来、バイオメタルは高性能なもので、今エメラが使っている繁殖支援用の子作りボディはあらゆる有機生命体との生殖行為を実現させた代物。対象の種族を問わず、適切な性行為の手段を弾き出し、効率的に繁殖を行う。

 そしてバイオメタルの真価は、金属の性質を持ちながら有機生命体としての性能を再現できるところにある。取り入れた精液から遺伝子情報の解析を行い、子宮や卵巣そのものをその生命体に対応したものへと作り替える。

 つまりは、どんな種族が相手であっても、妊娠ができる。

 ……というのが、謳い文句だったはずなのだが、現時点でエメラは受胎が認められていない。もうかれこれ、結構な回数にも及んでいて、一向にエメラが妊娠する気配にはなかった。

 当初の予定では既に数人は妊娠してもおかしくない計算だったとか。それはそれで異常な早さではあるのだが。

 俺自身、遺伝子情報を組み替えられて製造された人造人間であるため、解析に不具合が生じてしまったのではないかと思われたが、それが要因だとしても、既にナモミもプニカも無事に受精も着床も行われている。

 前例ができてしまったので、特異な人造人間だから妊娠させられないという前提が覆されてしまった。ともなれば後は遺伝子情報の解析を待つばかりだったのだが、時間が掛かりすぎてしまっている。

 絶滅危惧種保護観察員としてあるまじき事態だ。繁殖活動もまともに支援できないようでいては、その権限も剥奪されかねない。

 絶滅危惧種保護観察員の繁殖支援活動の存続を危惧して、今回エメラに加わり、ジェダとネフラが状況の確認にきたというわけだ。

 正直なところ、俺には何が要因なのかは分からない。まさかバイオメタルそのものが欠陥、それをベースに造られた繁殖支援用の子作りボディが不完全などといったことであれば、状況としてはかなりシャレになっていない。

 曰く、エメラ自身もバイオメタルのボディを手に入れてからの日は浅い。そもそも繁殖支援などという活動もこれまでやったことがないというのだから信憑性が薄れてくるというもの。当人は馬でも牛でも産めるッスとは言っていたのだが。

「どうでござるか、エメラ殿」

 意気消沈といった様子で、ベッドの上、はしたない恰好で仰向けになっているエメラに問い訊ねる。ネフラの言葉が聞こえてるのか聞こえてないのか、ぼんやりとした表情で、ゆっくりと下腹部辺りをさする。

「卵子……作動してないッス……」

 あふぅ、と吐息を漏らし、寝返りを打つように顔を逸らす。

 目に光が宿っていないように見えたのだが、大丈夫だろうか。

「メカニズムとしては正しいのか? 例えば健康な状態であれば生理現象というものがあるだろう? 大前提として、それらのメカニズムが何処かで間違っているから受精まで至れない可能性も」

 と、無責任な言葉を投げかけてしまう。

 普通に人間で考えてみれば、そんな直ぐに受精することもない。

「ボク……ウンチも出るッスから……、普通に、生理も、くるッス……」

 無気力に返されてしまった。内心、かなり絶望しているのだろう。

 そういえば新陳代謝もバッチリだと言っていた。そんな初歩の初歩的な話が破綻しているわけがなかった。繁殖支援と言っておきながら実は生理もないから妊娠できませんでしたなんて簡単な話ではないらしい。

 そうであったとしてもとっくに気が付いている話だろう。

「このままでは拙者たちもお払い箱でござるな」

 エメラがビクリと怯えるように身体を震わせた。追い打ちはやめてやれ。

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