搾取 (後編)
「我が輩は思うのであります。やはりエメラには足りないものがあるのかと」
何か思い耽るようにジェダがふむふむと呟く。
エメラは十分に頑張っていると思うのだが、一体これ以上、何が足りないというのだろうか。はひゅー、とエメラが恨めしそうに息を吹く。
「なんスか、それは」
呼吸を整えて、汗にまみれた身体を起こしてエメラが訊ねる。
「愛であります。
高らかに宣言される。ここで精神論をぶつけられるとは思わなかった。
「確かにエメラ殿、身体に任せっきりでゼクラ殿に対して情を抱いていなかったのでござる。ただの身体だけの関係では、いかに高性能なバイオメタルと言えど、その真価を発揮することができないのかもしれないでござる。心で拒むからこそ、身体もついていかない可能性もござるな」
身体は随分と正直だったように思うのだが。
「いやいや、ボクもゼクラさんには愛を持って接してるつもりッスよ?」
何やら話が変な方向に傾いてきた。エメラにも色々な面では世話になっているし、その点を否定することはできないだろう。
「甘い、甘いのであります。先ほどの行為の何処に愛があったのでありますか?」
そう言われると当事者である俺も何も言えることはない。アレは確かにただの搾取だった。当のエメラも快感に打ち上げられてばかりだったし。
エメラの方もぐうの音も出ないようで、何も返せそうにはなかった。
「しかしだな、愛と一言に言われても、それは解決策になるのか?」
そのような概念的なことを突き出されても、具体的な対策も思い浮かばない。
「バイオメタルは有機生命体としての性質を再現するものでござるからな。心理的な側面も考慮すべきかと。例えば、もう少しお互いの距離感を詰めていくのはどうでござるか?」
今でも割とエメラとの距離感は近い方ではあると思うのだが。日頃から身の回りの世話もしてもらっているし、無茶な相談事でも何度も助けられている。
エメラがいてくれたからこそ、俺も含め、『ノア』の住人たちは安心して暮らせているといっても過言ではない。
「バイオメタルというものはそこまで感情に左右するものなのか?」
率直な疑問だ。生きた金属だと言われても、なかなか釈然としないものがある。
今起きている不具合についてもよく分からないことばかりだし、本当に愛で解決できてしまうのかどうかも怪しいところだ。
「怒りや悲しみなど感情的なストレスによってバイオメタルボディに何かしらの影響があったという前例は確認されているのであります。考えられることはまず実行してみるのがいいのであります」
ますます持って半信半疑だ。科学的根拠があるのなら信憑性もあるのだろうが。
「じゃあ、ボクはゼクラさんと何をすればいいんスか?」
エメラがひょいと身軽に立ち上がる。先ほどまでグロッキーだったとは思えないほど、まるで疲労している様子はない。
一方の俺はもうくたくただ。口に出して言うことではないが、かなり絞られた。
休憩と言わず、このまま眠りにつかないと命に関わるかもしれない。
「とりあえず簡単なスキンシップはどうでござるか?」
「こう、ッスか?」
エメラが俺の肩に抱きついてくる。
さっき散々、肌と肌で直に触れ合ったばかりだというのに、今更この程度のスキンシップで何が変わるというのか。
そのまま、エメラが不意に顔を近づけてきたかと思えば、頬にキスしてきた。それはなんとも、優しい感触ではあった。
「えへへ……、どうッスか?」
エメラの宝石のような翠の瞳が俺の姿を捉えていた。
一体これは何の茶番なのだろう。
「ゼクラさん、ボク、赤ちゃん欲しいッスぅ……」
うねうねと肌をこすりつけながらも、わざとらしい仕草を見せつけてくる。
スキンシップとはこういうものだったのだろうか。
形としては確かに正しいように思える。ただ、何故かそれは形骸化されたものを形態模写しているかのような、何処とない違和感を覚える。
思い返してみれば、エメラたちは積極的な発言はすれども、貞操観念的な面ではややズレた発言が多かったように思う。まるで羞恥心を持っていないような。
しかし、かといって、当人達には羞恥心が抜け落ちているということはない。その辺に関して言えば人類と大差ない。怒ることは怒るし、恥ずかしいと思えば恥ずかしい。ごくごく普通に感情を持っている。
何かがズレている。これこそが、人類と機械民族との差によるものなのか。
愛という言葉を、愛という概念を、知っていて、理解もしている。だが、その本質的な情報を本当の意味でインプットされていないのでは。
徐に、ふと俺は、エメラの顔をもう一度見合わせる。
「な、なんスか? ゼクラさん。そんな見つめられるとちょっとハズいッス……」
「エメラ。お前には本当に助けられている。感謝の言葉もないくらいにな」
「きゅ、急にどうしたんスか、改まって」
「言葉にしても足らないくらいなんだ。これからもまた沢山迷惑を掛けるだろう。だから、これは俺からの本当の気持ちだ」
アゴをクイッと上げ、肩を寄せ合わせ、なるべく優しく、俺はエメラの唇を重ねる。舌を這わせるように、吐息を絡ませていくように、ディープに。
お互いの熱が伝わってくるかのようだった。名残惜しそうに、顔を離す。潤んだ瞳がそこにあった。
「愛している。月並みな言葉だが、この言葉には嘘偽りはない」
感情を込めた、そんな俺の言葉に、エメラは顔を赤く染めていた。
何か返事を口にする前に、ピピピ……、という単調な電子音が鳴った。
ポンッ、という破裂音が聞こえた気がした。いや、そんな音はしなかったが、少なくともエメラの顔が頂点まで達して、弾けたように見えた。
「ん? この音はなんでありますか?」
「ぁ……、ぇ……?」
呂律の回らない口調で、呆けた顔のエメラが自分のお腹を優しくさすった。
「ぁかちゃん……デキちゃ、った……ッス……」
頭の先から湯気を立ち上らせ、消え入るような声でエメラはそう呟いた。
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