赤ちゃん産ませてください (4)
正直なところ、プニカを侮っていた、あるいは幼稚なものとして見ていたことは認めよう。それは体格的なもの、容姿的なものも含まれる。性格から言っても、プニカを一人前の女として俺は認識していなかったのだと思う。
何処か背徳を感じていた節もある。いかに何百年分の積み重ねがあるとは言え、今ここにいるプニカは生まれたばかりの少女と変わらない。それは彼女自身が語った通りのことが全てだ。
いつだったか、誰かに言われた気がする。俺はこの『ノア』において、女性陣に対して優劣をつけてしまっているのでは。そして、それによって耐えがたい苦痛を与えてしまっているのかもしれない、と。
俺自身、思い悩んでいた。しかし、つもりになっていた。無意識のうちに人類繁栄のための行為を、形式的なもの、事務的なもののように考えてしまっていたのではないだろうか。
俺は、プニカを子供扱いしていた。きっとそのことでプニカもずっと思い悩んでいたに違いない。その積もり重なった結果がコレなんだ。
さながら、性教育に失敗した親の心境のような複雑な気持ちだ。いや、そう考えていることが間違っているのだが。
プニカは任務として人類の繁栄を目的としていた。
そして、その任務を全うできないまま、延々と時間を費やし、何人ものクローンが消えていった。その中で、任務として考えていた生命の営みに強い関心を抱くようになっていったのだろう。
そうして、俺とプニカは出会った。
子供を産むという欲求を叶えてくれる、その存在に。
子供を作るという行為。営み。性行為。それを何百年の時を経て、経験するにまで至ったソレが、プニカの中で大きな変化となってしまったのかもしれない。
プニカ本人は、性行為に依存してしまっている、とそんな言い方をしていたが、まあ実際そういうところは否定できないのだが、そこに伴う自分の感情に気付いてしまったんだ。
プニカとは付き合いが短いとはいえ、理解できないわけがない。
プニカは、俺に依存しているんだ。俺に対して、いつからか特別な感情を抱き始めていたんだ。きっと、それが、その感情が今、プニカ自身を苦しめている。
プニカは、自分では割り切っているつもりでいたんだろう。ただ、この『ノア』で生活している内に芽生えたその感情を無視することができなくなった。
「ゼクラ様、
涙に崩れた顔で言う。またえらく違う一面を見させられているようだ。
俺が大きく誤認していたこと。プニカは時折、精神的にはまだ幼い面を覗かせる。しかし、プニカはけして子供ではないということだ。
俺は大きな勘違いをしていた。プニカのクローンたちが歩んできた何百年という蓄積をたった一人のプニカに集約されて、それが何の支障もないはずがなかった。
「人類の繁栄のために、ナモミ様が懐妊されたことはとても喜ぶべきことのはずなのに、どうして私は心の奥でこんな気持ちになってしまったのでしょう」
プニカがグイグイと締めてくる。
「赤ちゃんが産みたいです。ゼクラ様。私も、赤ちゃんが、欲しいのです。ずっと焦っているんです。赤ちゃんが産みたくて、
この場をどう収拾していいものか、
そんな矢先、何かの音が何処からか聞こえてきた。
ピピピ……、ピピピ……。
それは電子音のようだった。しかしアラームのソレとは違う。誰かからの通信というわけでもない。あまり聞き馴染んでいない、しかし聴いた記憶のある音。
それが何だったのか、思い返そうとしたそのとき、プニカが突然悲鳴にも近い甲高い声を挙げた。
「―――ッッ!!」
「ど、どうしたプニカ?」
明らかに声になっていない声だったぞ。
興奮気味に手を震わせ、何かを確認するように端末に触れる。
「――ィヤったああああぁぁっっ!!」
……やったぁ? 今やったぁと言ったのか? プニカが?
あまりにもプニカらしからぬ渾身の叫びだった。
いつもの無表情からは想像できない、とんでもない笑顔が出た。
突然、別の誰かの意識データがプニカの脳にインストールされたのかと思うくらいに激しい変貌っぷりだ。一体何が起こったというのか。
「お、おい……プニ、カ?」
目の前にいるソレを本当にプニカと呼んでいいのか、俺は少し戸惑ってしまった。それくらいにプニカは今まで見たことのない様相をしている。
「やりました! やりました! ついについについに!」
プニカが、壊れた。
そうとしか俺は表現しようがなかった。誰だ、コイツは。
見たことのない笑顔で、飛び跳ねている。誰だ、コイツは。
俺の記憶の中に該当する人物が出てこない。誰だ、コイツは。
「ゼクラ様! 私、私、私! ついに、妊娠が認められましたぁ!!」
誰だ、コイ……ん? なんだって?
そこで、ようやく思い出した。
さっきの電子音。アレは妊娠を知らせるものだ。ナモミのときも同じ音を聴いていた。あのときのナモミもとても喜んでいたが、こんなにも激しい情熱的なダンスは踊らなかったと思う。
「ま、まさか。さっきの今だぞ? さすがに早すぎるんじゃないか?」
「そんなわけがないでしょ。冷静に考えてくださいよ。今日ではなく以前の
お前が冷静になれ、プニカ。口調もだんだん乱れてるぞ。お前、最近自分のキャラを見失いすぎじゃないか?
「ふわぁぁぁ……ぁはは、あはははははは!」
プニカ、壊れてる。
「ゼクラ様、どうしましょう。私、私、私、とっても気分がおかしいんです。なんだか凄い、込み上げてくるんです。とめどなく溢れてくるんです」
とびきりの笑顔を浮かべながらプニカは、同時に涙も流していた。
色々と言ってやりたいことはあったが、今はいいだろう。水を差すのもよくない。
それに、プニカの爆発する感情に全部持っていかれてしまったが、今の吉報は俺にとっても最上級の喜びでもあるのだから。
「おめでとう、プニカ。これでお前も立派な母親だ」
「はいっ! ゼクラ様、ありがとうございます!」
そういって、満面の笑みのプニカは勢いのまま俺に抱きつき、まるでそうすることが当然のように俺に口づけをしてきた。
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