第三十章

ずるいやん

 奇妙、という言い方をしては失礼なのは百も承知だが、不気味などという言い方も無礼千万。

 とはいうものの、非常に、そして極めてどのような態度を示すことが適切であるかどうかに今、悩まされている。

「ぅへ……ぅへ……」

 本人はきっと、頑張って堪えているつもりなのだと思う。必死に堪えようとしている、その努力を俺は評価しよう。

 油断すると、またほら、顔が溶ける。にやにやにやにやと、原型とどめないほど崩落している。

 熟して、熟し尽くして、今にも破裂しそうにまで至っている果実のごとく、赤く赤く紅潮したその表情の奥には、感情が嵐のように激しく錯綜しているに違いない。

 目の前にいるコイツは一体誰だ?

 ああ、プニカだ。きっと、おそらく、多分プニカなのだと思う。俺の知るプニカではないのだが、プニカであるはずだ。

「マスター・プニカ、マゼンタココアをお持ちしました。どうぞ気を落ち着かせてください」

 α4が飲み物を持ってくる。

「ぁ……りがとうございましゅ……」

 舌ったらずな言葉を添えて、受けとる。こちらのクローンの方がよっぽどプニカだ。いや、どっちのプニカもプニカで、どっちにせよクローンのプニカなのだが。

 俺の中でプニカらしいプニカという概念が凝り固まってしまったのか、今のプニカをプニカとして認識することが難しい。

 先程まで、謎のプニカダンスをプニプニ踊っていたプニカだったが、急に我に帰ったのかこのように顔を赤くして冷静ぶる態度になった。

 相当嬉しかったのだろう。そして相当恥ずかしくなったのだろう。忘れてください忘れてください、と叫ぶように連呼して今に至る。

 赤ちゃんができた。その事実はプニカにとって何よりも嬉しい報せだ。少し前にナモミの報告を聞いたときも喜びの言葉は述べたが、無表情で、いやむしろ無感情で、狂喜乱舞するほどではなかった。

 それの意味するところは深くは掘り下げないが、何にせよ、今、プニカはクローンたち含めた何百年にも及ぶ人生の中で最大の幸福に包まれている。

「ぅへへぇ……」

 ほら、また気がゆるんだ途端、顔面が崩壊している。直ぐ様、しゃきっと取り戻すが、正直俺の中のお前のイメージは粉微塵になったまま戻りそうにない。

 しばらくの間は奇声を発しながら躍り狂うプニカの夢に悩まされそうだ。

「ジェ……ゼクリャしゃま……、あのこのことはみな、皆さんには内密に……あ、いえ、赤ちゃんのことではなく、あの、そのぅ……」

「ああ、分かってるよ。そこのところは黙っててやる。だから、赤ちゃんのことはみんなに報告しにいかないとな」

「すみません……私はちょっと、皆様に顔向けできるような、顔、ではないといいますか……」

「私が代わりに行きましょうか」

「はい、そうしていただけると、助かります」

 α4が率先してくる。

 元々そういう役回りとはいえ、プニカの代わりにプニカが出ていくというのは何ともモヤモヤしてしまうところだ。

 むしろ、クローンの使い方としては正しいのかもしれないが。

「では、ゼクラ様。定例ミーティングに向かいましょうか」

「あ、ああ。よろしく頼む」

 そうして俺とプニカはプニカを部屋に残しプニカの代わりのプニカを連れてプニカの報告へと行くことになった。プニカとプニカは同じ顔をしているとはいえ、流石に今のプニカとこのプニカを見間違えることはないだろう。

 それにしてもプニカも随分と変わったように思う。それはこのプニカを見て思うところなんだが、いつものすました感じの無表情なプニカもまたあのプニカのようになるときはくるのだろうか。

 そんなことをふと考えながら廊下を歩いているとプニカとすれ違った。厳密に言えばプニカとプニカの二人だ。今俺の横にいるプニカとの違いが分からない。

 プニカもプニカも、そしてプニカも、やはりプニカと同じ顔をしているのだから当然と言えば当然だが。

 ゴーグルを付ける。コードが検出され、表示される。ようやくしてこの場のプニカの区別がつけられるようになった。

 俺の隣にいるのはα4で間違いない。そして、今丁度目の前からやってきているプニカはα1のようだった。あれは俺の身の回りを担当しているプニカだ。

 どうやら俺の様子を見に向こうから迎えにきてくれたようだ。

「ゼクラ様、そろそろミーティングの時間です」

「ああ、すまなかった。これから向かうところだったんだ」

「そうでしたか。ところで、マスター・プニカは一緒ではないのですか?」

「マスター・プニカは不調により欠席するとのことです。私が代行することになりました」

「なるほど、分かりました。では、ミーティングルームへ向かいましょう」

 プニカとプニカが無表情、無感情に淡々とした会話をしている。 端から見たら、鏡の前で独り言を呟いているようにも見えなくもない。

 何やら変な気分になってくる。かつてはこの光景が当たり前だったなんて思うとなおのこと拍車が掛かるというもの。プニカたちに直接言えはしまいが。

「どうしましたか、ゼクラ様」

 この感じ、本当に出会ったばかりのプニカのようだ。感情が表に出てこない、人形のようなソレ。

 だが、プニカがプニカであることには変わりない。その無表情は「もしかしてゼクラ様も体調不良ですか?」と言っている。

「「もしかしてゼクラ様も体調不良ですか?」」

 α1とα4がステレオに尋ねてくる。やっぱりプニカだ。なんて分かりやすい表情をしているんだろう。

「いや、大丈夫だ。今しがた、良い報せがあってな。ついついぼんやりしてしまっただけだ。その報告についてはミーティングで話す」

「そうでしたか。それは期待しておきます」

 そういって踵を返す。

 このきびきびした感じ、懐かしさを覚えてしまうところだ。別段、俺もプニカとの付き合いが長いわけでもないのだが。

 出会ったばかりの頃は本当に何を考えているのかも分からず、コンピュータによって思想ごと管理されているものだと疑ったくらいだ。無論これも本人には言えない。

 あのプニカも最初はこのプニカと同じようなものだったはずだが、何処からあのように変化していくにまで至ったのだろう。

 やはり人間、日々変わっていくのが常か。それとも、他にも何か変わるきっかけがあったのか。

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