増殖 (4)

「え? プニーが二人?」

 ナモミが慌てふためくと、食堂の入り口に立っていたプニカがほんの僅かながらニヤリと笑みを浮かべたように見えた。さながらイタズラに成功した子供のように。

「皆様、おかえりなさいませ、お待ちしておりました」

 そういって何のこともなかったかのように無表情でプニカがまた出迎える。一行の真横には同じ顔をしたプニカもやはりそこにいたまま。

「クローン、か?」

 プニカは元よりクローンだ。かつては数百人はこの『ノア』で共同生活をしていたという話はプニカ自身から聞かされたことはあった。しかし長い年月のうちにたった一人を残して、他のプニカはいなくなったとも聞かされている。

 以前、実は寿命を超えたまま、無理やり生き長らえようとした生き残りのクローンプニカが『ノア』に潜伏していたこともあった。そのときのプニカは酷く衰弱しきっていて、面影はあれど見る影もない状態だった。

 今、目の前にいるプニカは、直ぐ横にいるプニカと比べても全く大差がない。それこそそっくりで、まさしくクローンそのものだった。

「はい、その通りです。驚かれましたか? 実は、皆様が不在の間に、クローン法の改正を申請し、また『エデン』からの協力も頂いて、新たにクローンを作ることに成功しました」

 そう説明するも、唖然とした表情で一同はプニカを眺める。

「そ、それは大丈夫、なのか? いや、クローンの製造が認可されたということは人類の繁栄という目的は果たされたということか?」

 不意を突かれた告白にどう答えていいものか悩んだ末に無難な疑問が出る。

「ソレガシからも説明させていただきましょう」

 食堂の中からスッと現れてきたのは金色に塗装された巨体を持つ甲冑男、絶滅危惧種保護観察員にして機械民族マシーナリーのゴルルだった。

「まあ、ここで立ち話もなんですから、食事をしながらゆっくり話すです」

 さあさあとゴルルに促されるまま、一行は食堂へと入っていく。

 すると、その先にはプニカ、プニカ、プニカ。

「「「皆様、おかえりなさいませ。お待ちしておりました」」」

 声を揃えて、無表情のまま、プニカたちが出迎える。

 果たして何人くらいいただろうか。恐ろしく異様な光景だった。

 同じ顔、同じ声、同じ容姿で、全てが同じ。並んでみてもその違い、差異を見比べることも適わない。やはりクローン。存在が全くの同一だった。

 その情景に唖然とし、呆然とする。対するプニカたちは自然に振る舞い、当然のように迎え入れてくれる。この状況に全然頭の追いついていないナモミに至っては思考が停止してしまっていた。

「プニーが一人、プニーが二人、プニーが三人……ぁゎゎ」

 むしろ思考が崩壊しかけていたといってもいいのかもしれない。

「さあさ、どうぞお好きな席へ。料理を運んでくるです」

 それぞれがテーブルに着くと、先ほども映像で見せてもらった料理がテーブルの上、高速スライドで配膳されてきた。コレは特に驚くところではない。元々そういったベルトコンベアのような機構がこのテーブルに施行されているから。

 完成した直後から時間が停止していたかのように出来たて同然の献立が美味しい香りを立ち上らせてくるも、やはりさほど驚きはしない。

 そんなことよりもプニカのことの方がよっぽど驚くところだった。

「それじゃあ、説明を頼もうか」

 さながらメニューでも追加するかのように問い訊ねる。

「先ほどの説明の通り、私は新たにクローンを製造する認可を得られました。その事自体は以前からもゼクラ様や他の皆様にも話をしていたと思います」

「あ、ああ、確かに」

 人類が絶滅の危機に瀕している。そしてプニカがクローンという存在である。そう聞かされた時点で真っ先にした提案がクローンの量産だったことを今、思い返したようだ。

 それに、プニカも『エデン』へ何度か足を運び、色々な支援の要請をしてきた。その中にクローン技術の提供も含まれていたことを、この場にいる殆どが知っている話だった。

 そして、それが酷く頓挫していたという話も。

「実は、皆様が『フォークロック』へ向かったことで警報が発令しておりました。これは想定内の話でした」

「何せ、絶滅危惧種とする人類が保護区内にたったの一人ですから。当然です。しかも公的機関にはその理由や目的を極力不透明として申請しておりましたですから」

わたくしは管理者として適切な対応をしてきたつもりだったのですが、やはり状況が状況。絶滅を危惧される種がそのような状態とあっては事が大きくなる可能性も無視できませんでした」

「それで、これまでダメだったクローン法の改正が通った、ってことか?」

「そういうことですな。無論、無条件ではないです。まさか無制限にクローンを量産し放題というわけにはいかないですから」

 倫理観は皮一枚残して繋がっているというような言い回しだった。

「私のこの身体はクローン個体。オリジナルのものではありません。特定措置としてクローンであればクローンを作れるということになりました。クローン法の穴といってしまえばその通りなのですが」

「ん? つまりどういうことだ?」

「現状のクローン法は新たなクローンの製造を取り締まるものです。既にできてしまっているものを取り締まるようにはできていないです。そうなったらプニカお嬢様は存在自体が処罰の対象となるですから」

「でも、なんでそうなるん? クローンの製造って意味ならオリジナルでもクローンでも同じ事やないの?」

「そもそもクローンというものは個体をコピーすることッス。クローン法の内容の殆どはコピー規制に関わるものッスから既にコピーされたものであればその枠から抜けられるってことッス」

「勿論こじつけの領域ですが、私もそこにすがり、何とか改正に至りました。まさか保護すべき対象を絶滅させたとあっては『エデン』側も沽券に関わりますからね」

「えぇと、つまり、どういうことかな?」

 目の中をグルグルとさせてまさに混乱した表情のナモミが質問を投げかける。

「つまり、クローンは私に限り許可されるということ。私のクローンしか製造できないということです」

 短くまとめる。

 それでもその言葉で全員が全員、納得しているという面持ちではなかった。

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