増殖 (3)
一先ずは、プニカに先導されていくように、一行は宇宙空港を離れ、居住区へとと続くリフトに乗り込んだ。後は自動的に目的の場所までほんの一瞬で移動することができる。
何十人単位と乗れる大型のリフトでもあってか、それなりの人数ではあったものの、密度はそれほどでもなかった。その代わり、ズーカイを中心に、妙に警戒状態となっており、これから食事に向かうような雰囲気が少々削がれていた。
「あの、ゼク……あたし、あの人のことよく知らないんだけど、ここまでしなきゃならないの? なんかちょっと可愛そうっていうか……」
堪らずナモミがひそひそと横から疑問を突きつける。
「アイツもこうなることは分かっていたし、俺も忠告はしたんだが、それでもいいと了承してきているんだ。まさか警戒を解くわけにもいかないしな」
そういって目配せする。返ってきた目線は、こちらのことは気にしなくていいですよ、と言っているようだった。
そうされてしまっては、ナモミもこれ以上何か言うわけにもいかなくなった。
ナモミからすれば、相手はかつて自分を拉致した組織の仲間の一人。その一件で一言では言い表せないほどの酷い目にあったのも遠い記憶ではなかった。振り返れば時系列的にはついほんの先日のことだ。
それでも、あまりの扱いに同情せざるを得なくなってきたのかもしれない。そもそも何故彼が今この場にいるのかもナモミは分かっていない様子だったが。
かといって、今のこの疲れている状況から詳しい話を聞こうという気力もナモミにはなかった。せめて食事を摂って落ち着いてからにしたかった。
「ぁーっと、そういえば、プニー。あたしたちがいなかった間に『ノア』で何か変わったことでもなかった?」
話題を逸らすように、ふと思いついた言葉をそのままプニカの方に振る。プニカはやはりそれほど表情を変えることはせず、別段唐突な話題振りを疑問に思うわけでもなく、答える。
「そうですね。以前からナモミ様に要望されていた改築の方が完了いたしました。
一瞬だけきょとんとした顔になったナモミだったが、記憶を遡り、自分の言った言葉を思い出したかのようにハッとする。それと共に疲れた顔もやや明るくなった。
徐に、プニカも手のひらをその場で動かし、宙で端末を動かす。
ディスプレイが展開され、その先に何かの映像が流れてくる。
そこに映っていたのは、紛れもなく家だった。少し広いスペースができており、その周りには芝が青々として、庭のようだった。簡単な花壇も出来上がっていて、色とりどりの花を咲かせる花畑もキレイだった。
その中央に建つ三角の赤い屋根で二階建ての家は、『ノア』においては随分と不釣り合いで、それでもナモミにとってはイメージぴったりのソレだった。
「すごい、あたしのイメージの通りだ。ありがとう、ありがとうね、プニー。正直ちょっとワガママすぎると思ってたんだけど」
「これは、なんだ……?」
当然の疑問を振られる。
「えっと、あたしの部屋っていうか、もうおうち? 七十億年前の建築物っていえばいいのかな。前のは一部屋だけプニーに再現してもらってたんだけど、無理いってあたしの要望とか情報を添えて丸ごと一軒お願いしてたの」
軽く言ってのけるが、部屋一つと家一軒では規模が違う。それも庭付きの一戸建てともなると尚のことグレードが違う。よくぞコロニー内の居住区にそこまでのスペースを確保したものだと言わざるを得ないくらい。
「そ、それは随分とまた思い切った要望だな。見たところ広そうな家だが、ここにナモミが一人で住むのか?」
そう言われると、ナモミは急に顔を赤らめて、そっと俯いてからどもるようにごにょごにょと言葉をひねり出す。
「……あたし、もう、一人じゃない、し」
その回答の意味を汲み取られたのか、伝播するように顔がカーッと赤くなる。
「ナモミ様に共同生活スペースの提案をしたのは私です。そこで要望を確認したところ、このような形となりました。ちなみに、ナモミ様からは完成するまではゼクラ様には内密に、とも」
「そ、そうだったのか」
「あ、あーっと、気に入らなかったらまた違う部屋にしてもらうし、そういう場合もちゃんと考えてあるから……」
しどろもどろになりながらも、ナモミは何かを払拭するかのように、やはりごにょごにょと言葉を絞っていく。やや早口加減でだんだん後ろの方が聞き取りづらい。
「いや、そんなことはない!」
思いの外、強めの口調で返される。思わずナモミも、ヒクン、と身をすくめた。
「俺ももう少し配慮すべきだった。ナモミが、その、妊娠していると知って、ただただ浮かれていたのかもしれない……」
「いやいや、ゼクがそんな思い詰めるところじゃないって。むしろ、浮かれてたのはあたしの方っていうか……あはは」
なんとなしに、空気がほぐされていく。つい今しがたまで、妙に緊迫した空気だったが、ゆったりとかき消されていくようだった。
ただ、そこにただ一つの視線が刺さってくる。
「ゼクラさん、幸せそうで何よりです」
普段、必要最低限のことしか口にしないズーカイから思いもよらない一言に、悶絶させられるかのように吹き出した。
状況からするとズーカイは
「さあ、食堂に着きました」
そうこうしているうちにリフトは目的地へと到着する。一行はリフトを降り、プニカに先導されるまま、温かい香りのする食堂に進む。
そこでふと、目に付いた。食堂の入り口に佇んで待っている人物がいた。
それは機械民族ではなく、ましてや
「え……? あれ……?」
ナモミの首がくるり、くるりと動く。頭の上にハテナを浮かべながらも、その不思議な感覚にただ苛まれていた。横を見る。そして、前を見る。どうなっているのか、混乱するばかり。
そこに立っていたのは、プニカだったからだ。
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