子供を産むのじゃ (3)

「実際にそうなんですよね。ここって小さい戦争も大きい戦争も頻発していて、まあ、退屈しないといいますか」

 普通に席について一息ついてるザンカが答える。その横ではジニアも既に酒をあおっていやがる。端から見ても図々しいことこの上ないわけだが。

「……ふぅ。そういう環境、風習ならば仕方ない、か」

 慣れているというほどではないにしても、認めざるを得ない。

 この惑星『フォークロック』では誰かが殺した殺されたということは珍しくない、そんな紛争地域が多いのは知っている。

 調べたところによれば、ビリア女王にも十人くらい兄妹がいたらしい。その話題はあえて避けてきた。何せ、皆戦死しているらしいからな。兄も姉も弟も妹も、戦争の中に消えていって最後に残った世継ぎだ。

 何よりも強い責任感を背負わされているに違いない。

 思えば、ビリアの眠っていたネクロダストも、一つしかポッドを使用されていなかった。それ以外全てが空っぽだった。アレはおそらくブーゲン帝国の王族用の緊急ポッドだったのだろう。

 家臣も護衛もいない、ビリアただ一人だけ乗っていて少しおかしいとは思っていた。今更戦争で誰か死んだところでいちいち悲しんでもいられない。そういう風に思っている。むしろそう思いたいのか。

「それよりもゼクラ。そろそろ次の準備が整ったようじゃ」

「ん……? 次の準備?」

 それは聞いていない。一体何の準備だろう。

 向こうの方で猫の従者と犬の兵士たちが何やら共同で大げさなモノを運んでいるのが見えた。あれは神輿か? いや、山車だったか? ガラガラと車輪を回しながら会場の群衆を掻き分けてソレが登場してきた。

 あいにくとこういうことには疎いのだが、神を信仰する部落がいることは知っている。おそらくはこの結婚式にもそういう習わしか何かがあるのだろう。

 そう思ってふと見てみると、過剰なまでに装飾を施された山車の内装は随分と簡素のように思えた。神を祀るものが置いてあるわけでもなく、ましてや誰かが乗っているわけでもない。この位置からでは、向こう側がそのまま見える。

 山車というよりもただの櫓か? あるいは、これからあそこに結婚式の主役である俺とナモミが乗せられて城下町へとパレードにでも繰り出すのか?

 目立ちたくないと思っている一方で、なんとも恐ろしく目立ってしまっている現状、これ以上目立つような行動は避けていきたいというのに。

「び、ビリアちゃん、アレ、何?」

 ナモミが山車を指さし訊ねる。

「あれは世嗣せいし車輛しゃりょうと呼ばれるものじゃ」

 聞いたことのない単語が出てくる。ナモミも分からないらしく首を傾げる。

「これから二人にはあれに乗ってもらうわけじゃ」

 そうこうしているうちに山車が俺たちの前に停まり、山車を引いてきた犬猫たちによって梯子のようなものが下ろされた。つまりは乗れということだろう。

「この土地での風習か何かか。だが、俺は相応の作法は知らないぞ」

 当然のようにナモミも知らないようで、戸惑った顔をしている。ブーゲン帝国の結婚式など立ち会ったことはないし、そもそも『フォークロック』へ訪れたのも昨日一昨日のことだ。何をどうするべきかなんて分かりようがない。

 そして、すぐに立ち去る予定でいたからそこまでの資料も読みあさってはいない。

「ん……? なんだこれは」

 梯子を登ってみると、そこにあるのはベッドのようにしか見えないモノだった。それ以外に目に付くものと言えば、片隅にお香が焚かれているくらいか。

 天井からは緋色の明かりが灯っており、このお香の甘い香りも合わさって、何やら妙にムーディな雰囲気に満ちている。

 何かが祀ってあるのかと思えば、あるのはこれだけのようだ。ここに新郎新婦が座るのか? 座るだけのモノにしては大きすぎる。クッションやソファの規模じゃなく明らかにベッドそのもの。

 一体これでこれから何をしようというのか。

「夫婦としての契り。それは神聖な儀式じゃ。あのバカ王子が欠席とはなったものの、そこに変わりはない。これは王族の繁栄のための場所なのじゃよ」

 ナモミがそこで察したのか「あっ」と小さい声を挙げて顔を赤くした。

「まさかこれは……」

「繁栄のために何をすべきか? そうじゃ。子供を産むのじゃ」

 きっぱりと言われてしまった。

「いや、ちょっと待ってくれ。この、世嗣車輛、だったか? 四方に壁も何もないんだが」

 柱という心許ない死角を除けば、遮蔽物は皆無。その中央に鎮座するのはベッド。二人が乗っていても余裕のある大きさのベッド。それはつまり。

「公開セックス、ですねぇ」

 ザンカが他人事のようにクスクスと笑いながら言いやがる。

「よく分からんが王族の世継ぎを産むんだからよ。ま、民衆に見守られるのがある意味では正しいんじゃねぇの?」

 ジニアが適当なことを投げかけてくる。アイツもまた酔っ払ってるな。

「おめでとうございます」

 ズーカイ。他に言うことはなかったのか。そこにある酒瓶を一本丸ごと飲み干しやがれ。

「いやいや、こ、これは……」

 どうして人前で、ナモミとセックスをしなきゃならないんだ。よりにもよってこんなにも無駄に注目を浴びている中で。

 周りには知人友人旧友だけに留まらず、ブーゲン帝国とサンデリアナ国、その両国の者もいる。観衆があまりにも多すぎるといわざるを得ない。

「風習なら仕方ない、のじゃろ?」

 ビリアが、これでもかというくらいに、にんやりと笑ってみせる。

 歴代の王族もこのような場を設けて性行為に励んでいたのか。理由を考えてみれば確かに理屈は通らないでもないのかも知れないが、俺にとってはあまりにも異文化すぎる。

「……」

 ナモミが顔を真っ赤にして思考停止している。それはもはや人形か置物か。硬直してしまってピクリとも動きそうにない。心なしか、頭の先から湯気が立っているようにさえ見えるくらい。

「さあ、ゼクラとナモミよ。この国のしきたりに則って、子作りに励むが良い。おぬしら人類の繁栄のために妾からのささやかながら助力じゃ。にゃはは」

 なんともはや、感謝の言葉を送りたいところではあるが、これぞまさしくありがた迷惑というものだろう。二人きりでならまだしも、こんな衆目を集めている中では流石に覚悟のベクトルが違う。

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