子供を産むのじゃ (4)
「こ……これはどうしてもやらなければいけない行事なのか?」
「なんじゃったらブーゲン帝国の女王としての命令とでも言った方がよいかの? 妾としてもこの国の繁栄のためには大きな動きがほしいのじゃ」
それは真っ向に否定の出来ない、一理ある話だ。
さっきの今までこの国はサンデリアナ国の支配下に置かれているも同然の状況だった。民衆は健気に生きていただろうが、それでもそれはブーゲン帝国の民の立場から考えてみれば、希望が絶たれていたということに変わりない。
今日の結婚式は、サンデリアナ国のラセナ王子によってブーゲン帝国の終わりが告げられるはずだった。それを俺は壊した。無論、もうあらゆる意味で。
まだ、城下町の方へ、引いては国中には、そこまでの情報は広まってはいないだろうが、それも時間の問題となるだろう。
今日を以てサンデリアナ国の支配は終わった。その事実がどれだけのことか。
まことに不本意な話だが、その全てのトリガーは調子に乗ってやらかした俺にある。その俺が今、この場で祭り上げられている、そういう状況だ。
突如降臨された救世主。その結婚式。
随分と強引に事を進められたものだとは思ったが、ビリアにはそういう面での思惑もあるのだろう。
ブーゲン帝国を復活させるための一大イベント。それは救世主となってしまった俺にしか担えないこと。
ナモミの顔を伺う。
カチコチに硬直してしまっている。
それとは別として、酷く疲れた顔をしているようにも見えた。いや、実際に疲れているのだろう。何せ、ブーゲン帝国の王女としてサンデリアナ国に囚われていたのだから。
向こうでどのようなことがあったのかは俺も知らないが、少なくともエメラたちに救出されるまでの間、途方もない孤独感に苛まれ、えもいわれぬ疎外感に打ちひしがれていたのだと思う。
そのナモミの心境を俺が代弁することは適わないが、心労を汲み取らなければ。
一応、なりゆきとは言えこの場は俺の結婚式。新郎としては気遣うべきだろう。
「ぁー……っとだな。ナモミも酷く疲れているようだ。あまり無理をさせたくはない。俺たち人類というのは思うより脆く弱い種族なんだ」
「ジニアさん、我々の船隊を単身で丸ごと墜落させた人が何か言ってますよ」
「へへへ、あれで実力の一パーセントも出してないだろうな。本気を出せばこんな星だって真っ二つにできたんじゃねぇのか」
うるさい、変なちゃちゃを入れるな。酒なら向こうで飲んでろ。
「うぅむ。しかし皆も期待しておるのじゃがな……ゼクラたちの子供を、そしてその将来を」
ビリアに渋い顔をされてしまう。そんな顔されてしまうのも仕方ない。
この場にいる犬猫がどこまでの話を理解しているのかは分からないが、少なからず共、救世主であったり神に匹敵する存在が子を成すというのは神聖なものだろう。
何より、ここまで準備を進めておいて、やりません、などと一方的に中止させてしまうのもなかなか心苦しいところではある。いや、準備については元々俺たちの結婚式ではなく、ビリアとラセナ王子のためだったわけだが。
「これは言っていいものか……ナモミ、いいか?」
「え? な、何? どうするの?」
「お前の話だ。隠す話ではない、よな?」
確認をする。その確認に意味があるのかどうかは分かりようもないことだが、下手な言い訳を束ねるよりかはその方がいいだろう。
「お前の身体のことが、心配だからな」
その言葉でナモミは察したのか、あるいは思い出したのか、ハッとした顔をして、顔を俯かせる。いや、自分の身体を見たんだ。そして、そっとその腹を撫でる。
「ぁー……、んー、と。まあ、別に誰にも隠してないからいいんじゃないかな」
照れ照れと顔をまた朱色に染めて、堪えきれない笑みを漏らす。
「どうしたのじゃ? ナモミ、まさか病気なのかの?」
勿論、ナモミは病気ではない。ここに来てからは精密な検査をしていないからもしかするとその可能性はあるのかもしれないが、そういう話ではない。
これは惑星『フォークロック』にくる前から分かっていた話。『ノア』にいたものなら既に知っているだろう話だ。
その証拠に、さっきから式場内をふわふわ浮かんでは女神様、女神様と崇められて遊んでいたキャナがいつの間にかこちらの方に向けて視線を送ってきている。ニヤニヤしているようにも見えるし、失笑しているようにも見えなくもない。
いつから話に聞き耳を立てていたのやら。
「説明が遅れてすまなかった。ナモミのお腹の中には、俺の子供がいるんだ」
そう。まだ何週間という状態ではないが、着床までは確認されている。ナモミは俺の子供を妊娠していた。
「なんじゃと……?」
思っていたよりも驚いた様子を見せた、かと思いきや直ぐに表情が切り替わる。
「それではしょうがないのぅ。その場合は添い寝ということになっておるのでな。妾としては残念なところじゃが、改めて祝福させてもらおう」
随分と臨機応変な対応だな、それは。そもそも
で、一方のナモミはといえば、ポーッとした顔をしている。やはり少し恥ずかしかったのだろう。ただ、こんな公衆の面前で性行為に及ぶよりかはマシだったと思うほかない。添い寝程度ならまだ許容範囲内だろう。
「ちなみに我々は知っていましたよ」
だろうよ。言及しなくていいから向こう行っててくれないものだろうか。
「ぐっ……ずずぅ。ゼクラぁよぉ、おめぇもとうとう親父になるんだなぁ。ちっと見ないうちに立派になりやがってこんちくしょぉ……うっうっうっ」
その隣のジニアは、また泣き上戸に入り始めていた。またうるさくなりそうだ。
「ナモミ」
「何? ゼク」
「こんな俺だが、末永く宜しく頼むよ」
「うんっ」
そう言いながらも、ナモミの体をそっと抱きかかえ、ベッドの方へと。
二人、見守られながら、祝いの言葉を浴びながらも、ベッドの上に腰掛け、今日で何度目になるのか分からない、何のこともない、いつも通りの口づけをする。
今日という日を忘れることはないだろう。俺とナモミは、今、確かに感じている幸せを噛みしめるように、お互いにはにかんでいた。
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