王女狼狽す (後編)

 通りすがりに犬の兵隊さんたちの視線を浴びつつも、ようやくしてバルコニーへと続く階段へとたどり着く。そこからは冷たい風が下りてきており、まるで冬のような肌寒さを感じられた。

 あの分厚いドレスをもう一枚くらい羽織ってくればよかったな、と今さらのように後悔。だからといってまたあの長くて広い廊下を、視線浴びながら戻って帰ってくる気にはなれない。犬王子が待っているのなら尚更だ。

 階段を上りきったその先は、夜だった。もうそんな時間になっていたのか。思えばあちこちに振り回されていたけれど、改めてそう認識すると疲れもどっと出てくるというもの。

 星空は異様にキレイだったが、何処を見回しても月は見えなかった。それもそうか。ここはあたしの知ってる地球ではない。惑星『フォークロック』だ。全く違う星なのだから空模様もガラリと違っていて当然か。月の概念もないのかもしれない。

 そこまで天体観測に明け暮れたことはないけれども、星座すら知識にない模様を描いている。何処をなぞっても知らない夜空だ。ここではここの星座の呼び方もあるのだろう。

「ビリア王女、只今手すりに手をついて夜空を眺めている」

 せっかくロマンチックな気分に浸れているのにぶち壊すのは勘弁してほしい。こんな様子さえも監視されているのか、あたしは。

 夜空から視線を落として下界を見やる。サンデリアナ国の城下町が輝いてみえた。栄えているのだろう。視界の端まで町々が続き、都会を思わされる。さすがは首都といったところか。

 あまり高い建築物はないように見えるが、その少し上空を小型の飛行機のようなものが車のように行き交っている。不思議な光景だ。以前にも機械都市『エデン』でも似たような光景は見たことがある。でも文明のレベルが不釣り合いだ。

 江戸時代に宇宙船を持ち込んだみたいな、そんな妙な感じがする。

 おそらく元々『フォークロック』にあったものではないのだろう。少なくとも『エデン』よりかはレベルが低いという印象だ。何かそういう感じのことが歴史資料に載ってなかったっけ。あまりあの内容、覚えていないんだけど。

 だけど、それはそれでしっくりこない。何せ、あたしは『エデン』の技術の最高峰ともいえる護衛艦に乗ってきて、それで今こうしてあろうことか、さらわれてきてしまっている。

 つまり、『エデン』を凌ぐ計り知れない技術や文明を持った何者かがいるということだ。しかも、このサンデリアナ国の何処かに。

 そうなったらどうしたらいいのだろう。あたしは無事に助かるのだろうか。このままなすすべもなく王子と結婚させられちゃったりしたら本当にどうしよう。

「ビリア王女、今、頭を抱えています。何か悩んでいる様子。マリッジブルーかもしれません」

 違うわ。変な憶測を通達せんでいい。

 今頃、ゼクは何をしているのだろう。もし『フォークロック』に着いていたなら同じ夜空を眺めていたりするのかな。

 夜景を超えて、山の方まで見やる。何やら視界の先にも大きな街があるようだった。方角も知らないし、土地勘があるわけでもないけれど、多分アレはブーゲン帝国の首都だと思う。確か、国境に隣接してるとか言ってた気がする。

 うろ覚えの一夜漬けな知識になってしまうが、ブーゲン帝国とサンデリアナ国は元々一つの国で、それが独立することになった。それでも友好条約を結び、お互いの国の首都が隣接する位置にある……とかだったっけかな。

 まさか戦争にまで発展する関係になるとは誰も予測できなかっただろう。こうなってしまうとお互いに攻めやすい環境になってしまう。信頼関係が崩れた途端、ブーゲン帝国が陥落させられたのはそういう側面もあるのかな。

 傭兵を味方に付けて戦力差を付けたのが主な理由みたいなことは言ってたけど。

 そういえば、惑星の破壊者スター・ブレイカーって結局誰だったんだろう。なんだかんだはぐらかされてしまったけれど、本当にそんないかにもヤバそうな人、実在したのかな。

 案外身近にいて、既に会ったことあったりして。

 ちょっと見回してみる。

「ビリア王女、何やらきょろきょろとしています。何かを探しているのでしょうか。あ、今こちらと目が合いました。どうやら視線が気になっていた模様」

 あんま変な行動しないでおこう。あの中の誰かがソレだったとしても別にあたし、顔知ってるわけでもないし、何ができるってわけでもないのよね。

 見回してみた感じ思った感想。サンデリアナ国の兵士は犬だけじゃないっぽい。そこまで多いわけでもないけれど、完全に人型の兵士がチラホラいる。そうか、あれが王族親衛隊か。元々は他所からやってきた傭兵さんだったんだよね。

 いるとしたら、あの中の誰かか。

 ある程度の距離は置いてあるとはいえ、四方八方いい具合に囲っている。将来のサンデリアナ国の王妃として警護してくれているんだろうなぁ。

 これはこれで怖すぎない? 星そのものを破壊してしまうような、とんでもない強靱な何者かがあたしの周りにいて、視線を送っている。しかも、ひょっとすればあたしが偽物の王女かもしれないと睨んでいる可能性だってある。

 何これ怖い。ヤバい怖い。

「ビリア王女、狼狽しています。少し警護の数が多かったのでしょうか」

 少しというのか、これを。常識で考えてよ、街の雑踏の中、行き交う人全員がたった一人の対象に視線を集中させている光景を。怖いでしょうが。しかも、みんな武器を装備してるってんだから尚更。

「王女、いかがなさいましたか? 随分と落ち着きがないようですが」

 とうとう向こうから話しかけてきた。背中にデカい銃を背負ったワンワン兵士が。

「銃器を携えた輩が睨み付けておる中、ゆったりと星を見られると思うのかの?」

「はっ! それは大変失礼いたしました。少し警戒を緩めましょう」

 ビシッと敬礼すると、偉そうな人が指揮を執り始め、何匹かの犬がバルコニーから散っていった。さっきよりかは大分マシになったが、根本的にソレで解決したとはいえないだろう、これ。

 でも、こうやって鶴の一声で動かせるのは王族の特権みたいで優越感に浸れなくもない。今、この一時だけは、お姫様でいよう。

 いつか誰か、素敵な王子様できればゼクが助けに来てくれるのを待つ、お姫様で。

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