第二十二章 Another
王女狼狽す (前編)
どうしよう。そんな言葉がメリーゴーランドのように駆け回り、延々とループし続けている。どうしよう。
明らかに質の高いゴージャスな布生地で、息を忘れそうなほど美しく仕立てあげられたドレス。触ると後光が差しそうな宝石の数々と、それらを惜しげもなく鏤められた装飾品。
そんな百人分の人生を歩んでも稼げなさそうな品々を目の当たりにして、あまつさえ身に付けている。さながらお姫様。いや、まあ、実際にお姫様として扱われてしまっているのだけど。
それにしたってこれはやりすぎなんじゃないの?小林幸子か。このまま一体どんな舞台に立てばいいんだろう。ドレスとアクセサリーが重すぎて身動きがとれないなんて経験は早々にない。もはやただの拘束具だ。
どうしよう。本当にどうしよう。
「どうだい、気に入っただろう?」
バカ犬がこれでもかというくらいウザい顔を見せてくる。もし、あたしが少しでも喜んで見えるようなら度のキツい眼鏡を掛けてほしい。いっそレーシック手術もオススメだ。そして腹が破裂するほどブルーベリーでも食ってろ。
この犬を王子と誰が決めたのだろう。
この犬を許嫁にしたのは何処の誰なんだろう。
何の因果があって、あたしはこんな奴と結婚することになってしまったのか。一体、誰に問いかけたものだろう。
サンデリアナ国の城に招待されてしまったあたしは今、ビリアちゃんと取り違えられ、王子との結婚を控える身。あまりの待遇の良さにめまいを覚えるところだ。
王女じゃないってバレたら処刑だけで済まされるのかどうか。考えるだけで血の気が引いてくる。
むしろ、なんでバレないのかが不思議なくらいだ。ちょっとでも調べれば違うことなんて分かるはずでしょうに。
「妾をもてなすつもりなら少しは放っておいてくれんかの」
ふん、と言ってみる。正直、ずっとビリアちゃんの真似しているのも限界なんだけど。ただでさえボロが出そうなのに。
「何を言う。間もなく俺様と結婚できるのだぞ。それはつまり二人は一つ。俺様あってのお前、お前あっての俺様。ワンフォーオール、オールフォーワンだ」
相変わらずワンワンと何言ってるのか分からないけれど、とりあえず気色悪いということだけは確かだ。
「それなら妾あってのおぬし、おぬしあっての妾じゃ。妾のなすことに不満があるというのなら、おぬしに不満があるということじゃろう」
自分でも何言ってるんだか分からん。
「そうか、それもそーだな」
何故納得した。コイツ、頭で物事を考えることができないレベルでバカなのか?
「妾は少し、この城を見ていきたい。それくらいいいじゃろう。久々に来たのじゃ。ゆっくりさせろ」
「おう、それなら俺様もついていくぞ」
「たわけ。結婚を控えたメスの気持ちも汲み取れぬようでは王として、いいや、オスとして失格じゃ。おぬしは貧民生まれのメスなのか?」
「そ、そ、そんなわけあるもんか! 俺様は偉大なる王となる、王たる雄。気高き雄だ。将来の王妃の気持ちなど百も承知! さあ! 我が城を存分に堪能するがいいさ!」
本当コイツ、バカ。間違いなくバカ。どうしようもないバカだ。取り合ってるこっちがバカバカしくなるほどのバカでしかない。
「ならば、妾は行くぞ」
とりあえず、この着ぶくれたドレスから脱出する。ずりずり、ずりずりとまるで脱皮するサナギみたいだ。服なんて下着の上に一枚あれば十分だっての。
後ろから気持ち悪いほど熱い視線を送ってくる王子を後にし、扉を抜けて、ようやく解放された気分になる。
とはいってもここはサンデリアナ国のど真ん中。首都にある城の中だ。ここに来るまでも見てきたのだけど、周囲は高い壁に仕切られており、外部からの侵入者はもとより、あたしも出られそうにない。
まさか顔パスで通ることもないだろうし、ただでさえ兵士がそこら辺を徘徊している。というか、今出てきた部屋の扉の真横にすら二匹ほど犬が立ってた。
「ビリア王女、いかがなされましたか? 王子はご一緒では?」
見つからずに動くのはまず無理だ。これこのように、秒で見つかる。
「王子ならまだ部屋の中じゃ。妾も少し一人になりたくてのう」
「そうですか。では、バルコニーなどいかがでしょうか。この廊下の突き当たりを右手に曲がった先、二つ目の階段を上ると見晴らしのよいバルコニーに出ます」
この犬、優しいな。あたしが王女だからなんだろうけれども。
「ふむ、善きにはからえ」
とりあえずバルコニーに出てみるか。周辺を見渡せればここから抜け出す何かのヒントになるかもしれないし。
じゃあ、まず突き当たりを。そう思った矢先、ふと、前を見て足が止まりそうになる。
そういえば、ここ物凄く広いんだった。廊下でさえとんでもない。ここは巨人でも徘徊するのかというくらいだ。天井も高いし、壁から壁までも遠いし、なんでこんな構造にしてしまったのやら。
バルコニーまでの道のりは長そうだ。
「只今、ビリア王女がバルコニーの方へ向かわれました」
何やら後ろの方から何かしらの連絡を取り合っている声が聞こえる。そりゃそうか。完全見張られている。ちょっとでも変な動きを見せたら吠えられるかもしれない。
視線を感じる。ああ、ダメだこれ、すんごい警戒されちゃってるよ。王女の警護なんだからそうなんだろうけどさ。
なんとかしてここから抜け出そうとは思ったけれども無理な気がしてきた。
廊下の突き当たりが見えた辺りで、そこに立っていた犬の兵士がこちらを見て、右手方向へと手を突き出す。ああ、はいはい、バルコニーはこっちですよね。統率も取れている。
ここまで丁重に扱われてしまうと、本当に王女様になった気分になってしまう。
いやいや、それはまずいまずい。あの王子と結婚させられるのは本当に勘弁してほしい。
「ビリア王女をバルコニーの方へ誘導しました。寄り道はしていない模様」
また後ろの方から連絡を取り合う声が聞こえてくる。細かいところまでよく見てるのね。これ本当に怪しい動き一つできないじゃないの。
すれ違う兵士の視線が何とも刺すように痛い。
ひょっとすると「大臣はああ言っていたが、アレは本当に王女なのだろうか」と疑問に思っているものも一定数いるのかもしれない。怖すぎるってば。
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