第二十章 After

アイツは誰だ? (前編)

 何処ぞの宇宙を人知れず矢の如く走る、宇宙船の中。乗組員クルーたちは疲れた顔を隠さずバタバタと慌ただしく動き回っていた。随分と長いこと休息というものに縁がなかったように思える。

 そして、ようやくありつけた一握りの安息の時間も一つまみにもなる前にあっさりと砕かれてしまった様子。一体何事かと言えば、長いこと行方を眩ませていた何処ぞの王女様が発見されたのだという。

 もうそろそろ諦めに入っており、王女様は帰ってくることはないだろう、そういう結論にも至って、最後の最後、どうせ現れないだろうがたかをくくって休憩感覚でいたら、現れてしまったのだからまあまあ一騒動にもなる。

船長キャプテン、ちょっとよろしいでしょうか。あの王女様のことで少しお話が」

 王女を発見した乗組員の一人が訊ねる。

「ああ? なんだ? やっぱり偽物だったのか?」

 船長と呼ばれた男が気怠そうに聞き返す。偽物だったらならそれはそれで問題だ。

「いえ、そうではなく、あの容姿が気になって調べてみたところ、こんなものが出てきました」

 そういって端末を操作すると、何やら映像が出力された。

『ヘローヘロー、こんちゃっちゃ、ナモミでーす』

 見たところ、妙にテンションの高い女が妙にテンションの高い挨拶を交わす。どうしてまたこんなにも妙にテンションが高いのかは分からない。

「なんだこりゃ、コレ、王女様じゃねえか。何やってんだ?」

 厳密に言えば先ほど会ってきた王女の容姿だ。世間一般に出回っているデータ内の王女とは似ても似つかない全くの別物になる。

「比較的最近このようなモデルの歴史文献教養放送が配信されているようです」

「はぁー、歴史の教養ねぇー……、何か関係あんのか?」

「このモデル、人気がとても高いようなのですが、モデルの製造元が不明。オリジナルのものと思われますが、知識の裾野が恐ろしく広いんですよ。我々でも知らないような古代の知識を豊富に持っており、国家クラスの権限を持っているのかと」

「ふぅん……?」

 情報というものは貴重なものだ。それが正しいものだというのなら尚更。誤った情報など宇宙中いくらでも拡散している。ことに歴史のデータともなればその希少性は高い。ならば情報源が国家クラスであったとしても不自然はない。

「流行に乗じて似たような複製コピーモデルもファンの間で作られているみたいですが、このオリジナルモデルのものと、あの王女様は細部が一致しています」

「するってぇと、どういうことになるんだ?」

 考えることを放棄したかのような面倒くさげな顔で訊ねる。

「もし王女様の容姿がカモフラージュによる偽装だとすると、あのモデルのオリジナルを保有しているものはとても限られます。そして、この放送の配信元はマシーナリーコードが検出されているのです」

「もっと具体的にまとめてくんねぇかい?」

 面倒くさそうに鼻くそをほじりながら言う。

「つまり、王女様があの姿を借りられているということは何らかの手段でマシーナリーに取り入っているということですよ。しかもかなり高い権限を持つ上層部に。下手なことをすればこちらとしても多大なリスクを背負いかねません」

「リスクなんざ最初っから分かってることだろよ。こっちだって国背負ってやってんだから。それにしたってよ、わざわざなんでこんな目立つようなことしてるモデルなんて使うかねぇ」

「こちらは解析したから分かった情報ですし、複製モデル自体がかなり出回ってますから、攪乱できると考えたのではないでしょうか。普通に考えたらこのモデルは一般的に普及しているありふれたものですしね。匿名性は高いかと」

「そこでオリジナル使ってちゃ世話ねぇな。こうやってバレてんだから。カモフラージュするんだったら複製でいいじゃねぇか」

「だって整形でしょう? 種族も分からなくするレベルとなると精密度が問われますし、そんじょそこらに出回ってるモデルなんて怖くて使えないじゃないですか」

「そういうもんなのかねぇ。結局自分の形を変えるんだから本物でも偽物でもいいんじゃねぇの? ケガするしない以前に身元バレるリスクのが大事だろ」

「そもそもこのモデル自体はこっちの方では知名度はそんなでもないですし、わざわざ解析しようとするものなんていないでしょう。モデルを知っていてもこの通り、メジャーなモデルなわけで、且つオリジナルと複製の差異を精密に解析しようなんて早々思いませんよ」

「未だに王女様のコード、確認できないんだろ?」

 コードとは個人を認識するためのもの。それが確認できれば、相手がどんなものであろうと正体が明らかになる。原型の留めていないような液状になっていたってコードさえ一致していれば同一のもの。

 ただ、どういうわけか、件の王女はいくら調べ上げたところで見つからなかった。コードを持たない生物がいるのかどうかといえば、まずいないと考えるのが常識で、そうなれば何らかの手段で隠していると考えるのが一般的だ。

「ええ、まあ。さすがにもう諦めましたよ」

 散々調べ上げた結果の結論のようだ。くたびれた顔、くたびれた声でそう答える。

「そんだけ手の込んだことしといて、そんな手抜きあるか?」

「そんなことを言い出したら、ここまで重点的なカモフラージュしといて、こちらのオートシステムのトラップに引っかかって容易に捕捉されていますけど」

「ああー、そういやそうか。肝心なとこ抜けてんだ。王女の護衛も大したことねぇんだな。護衛の連中、どんだけ無能なんだって話だ」

「そうですよね。普通ならコードの隠蔽偽装よりも、もっと根本的に位置の特定できないような偽装をするべきですよね」

「おい、ちょっと待った。じゃあなんだ。あの王女は偽物の可能性がまだあるってことじゃないのか? 二重の偽装の線ってのはないのか?」

「その線は、まあありうると思います。ですが、先ほどオートシステムの履歴を辿ってみたところ、どうやら船の乗組員と王女様との位置情報の関係から脆弱性を認めたようです。簡潔に言いますと、王女だけ隔離された位置にいたということです」

「隔離ねぇ……。なんだか餌をチラつかされたみたいで怪しいもんだ。だとしたらよ、アイツは誰だ? って話になるんだが」

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