第二十二章

夜更けの晩餐会

「じぃや!」

「お、おぉ……ひ、姫様ぁ……おひさしゅうございます。この爺め、また姫様にお会いできて、もう、もう、涙が止まりませぬ!」

 ビリア姫が老いた猫と感動の再会を果たす。幼い頃からビリア姫の世話をしていた側近らしい。けむくじゃらすぎて顔もよく見えないが、感涙していることだろう。

 さて、取り込み中のところ悪いが、こちらも切羽詰まっている。あまりのんびりもしていられない状況だ。

「ビリア姫、時間なら後で作る。一先ず今はこの現状を把握するべきだ」

「ゼクラのアニキ、この部屋にジャミング処理いたしやした」

「こちらもプロテクト強化しましたわ。これでしばらくは盗聴もされないでしょう」

 そうこうしているうちにもブロロとシルルがテキパキと仕事をこなしていく。手回しが早くてこちらとしても助かるばかりだ。

「そうじゃ、じぃや。今大変なことになっておるんじゃ」

「ええ、ええ、そうですとも。今やこの城もご覧の有り様、姫様がサンデリアナ国で保護されたと聞いたときには爺めも、この世の終わりを悟りましたとも」

「そ、その件についてなのじゃがの」

 交錯する情報を、なんとか丁寧に噛み砕き、この状況を互いに把握しあう。

 このブーゲン帝国にも噂が出回っているようだが、どういうわけか、サンデリアナ国がビリア姫を見つけだすことに成功し、そしてブーゲン帝国の即位式に併せてビリア姫とサンデリアナの王子との結婚式を挙げるのだという。

 すっかりサンデリアナ国はお祭り騒ぎになっており、俺たちがこの城に入ってこの場所にくるまでサンデリアナの見張りたちも浮かれ気分で完全にザル警備だった。こちらにとっては都合が良く助かったが。

 ブーゲン帝国がサンデリアナ国に襲撃され白旗を挙げてから、長らく行方をくらませていた姫様が無事な姿で発見されたというのだから無理もない。

 ただ、当のビリア姫はずっと俺たちと行動を共にしており、サンデリアナ国にも立ち寄っていない。一体、向こうの王子は何処の誰と結婚するつもりなのか。

 状況は混乱を極めていくばかりだ。

「よもやサンデリアナ国も痺れを切らし、偽の姫様を手配したのかもしれませぬな」

「むぅ、確かにそのくらいならやりかねないのぅ」

 一番分かりやすい線だ。何せ、サンデリアナ国は長いこと姫の捜索に明け暮れていた。即位式を目前にして成果をあげられず、苦肉の策として代役を用意した可能性は十分考えられるだろう。

「でも、本物がこっちにいるんだから問題ないんじゃないですかね?」

「そうかしら? 事は結婚式ですのよ? まともなら偽物かどうかなんて直ぐにバレるんでなくて? よほどバレない自信があるか、バレない何かを仕込んでいると考えるのが妥当かと思いますわ」

「この国では結婚の際にコードの確認は行うのか?」

「ええ、もちろん。王族であろうとも例外なく。ですが、向こうが偽物となればやや強引にコードのことをはぐらかすかもしれませぬ」

「ちなみに妾は本物じゃぞ」

 にこやかにそう言ってのける。

 それは今さっきこの場でコードの確認したから言わずもがな、みんな分かってることだ。キングナンバーなんて貴重なコードを持ってる奴は早々いない。

「向こうにも王族おるんやからコードの捏造なんかもあるんやない?」

「なくはないか。今回の即位式にせよ、結婚式にせよ、サンデリアナ国の主導で動かされている。小細工の一つや二つ、ない方がおかしい」

「っちゅーことは、仮にこっちが本物やーって言い張っても、むしろこっちが偽物扱いされてまうこともあるわけやな」

 もしそれを式典の最中にやらかした日には、国権に関わるだろう。多くの国民たちが見守る中で、王女を名乗る偽物が現れでもしたら、国の未来を左右する重要な瞬間を混乱によって潰してしまうこと他ならない。

 真実がどうであれ、現状、サンデリアナ国はビリア姫を見つけだしたことになっている。それが実は偽物だったともなれば、例え即位式を経て国が統合にまで至ったとしても国民は国を支えてくれるのだろうか。極めて際どい問題だ。

「じゃが、早い段階で本物の妾の存在を向こうに知らしめれば混乱をある程度は緩和できるじゃろう?」

「姫様、それはなりませぬぞ。もしやそれも向こうの計画の内やもしれませぬ。本物の姫様を誘い出す罠という可能性も」

 国民からしてみれば「見つかった」という事実が変わることもなく、水面下で事が進めば偽物が本物にすり替わったという事実を知られることもない。

「それにそないなことしたら、姫様、サンデリアナ国の王子と結婚させられることになるやんか」

 突き詰めると間違いなくそうなるだろう。

「事が収束に向かうのであればそれも検討するしかあるまい。妾とて、あやつとの結婚は不本意じゃが、ブーゲン帝国の国民たちに負担を強いることのない未来があるのならその選択をすべきじゃろう」

「それは、サンデリアナの王子が姫の意向を尊重することが前提の話だ。平和の条約を破り捨てて戦争をふっかけるような相手で、今は事実上、向こうの支配下に置かれているも同然の状況。姫が王族だからといってもその選択は希望的観測に過ぎない」

「にゃふふ、助言感謝するぞゼクラ。じゃがあいにくとこれは妾の国の話。どのような選択を経て、どのような結果を迎えるのか、そしてその責任は全てこのブーゲン帝国唯一の王族である妾の責任なのじゃよ」

 そう言われてしまえば身も蓋もない。元より、俺はこの国に関係のない者であり、関係してはいけない身だ。王族でも何でもない身分の俺達は場をわきまえなければならない。

「しかし姫様、この者の言う通りですぞ。あの王子が姫様の幼なじみだからといって全てが都合よく動く保証など何処にもありませぬ」

「どんな物事にも保証はありはせぬ。それにもう既にブーゲン帝国には負担を多く掛けすぎている。首都は戦争の爪痕を大きく残し、国民たちは疲弊し、じぃやにも大臣たちにも心配を掛けた。一刻の猶予もないのじゃ」

 ビリア姫の言葉には明確な間違いはない。

 ずいぶんと固い決意のようだ。それは単に王女としての責任の重さだけじゃない。ブーゲン帝国が今直面しているこの問題に引け目を感じているようにも思えた。

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