王子、邂逅す (後編)
いやぁ、ちょっとは淡い希望を抱いてはいたのだけれど、やっぱりこのワンワン王子はダメだ。あまりにも自分本位すぎる。あれで良いことをしたと思っているのだからタチが悪い。まだ何かの嫌がらせだった方がマシなレベルだ。
しかも、ビリアちゃんの王子に対する態度を見ても、これこのように自分に好意を寄せている雌だと信じて疑わないだなんてことが信じられない。一体全体どういう神経をしているんだか。
「それじゃあ、次は何にするかな。ま、こんくらいなら余裕で答えられるだろ」
そういって王子の質問責めが続く。
幸い、ビリアちゃんから聞いていた話で十分答えられる範囲のものばかりだったが、王子と王女のエピソードが掘り返される度に、なんだかこちらまで気分が悪くなってきてしまう。
もっとこうさ、王子と王女の思い出話なんだからさ、ロマンチックな感じにならないものなのかな。どれを聞いてもビリアちゃんが可愛そうな目に遭ってる話ばかりなんだけど。こりゃあ嫌いになるわ。あたしも嫌いになったわ。
「どうですかな、王子。この者はビリア王女に相違ないですかな?」
「んー、そうだな。俺様とビリアの秘密をここまで網羅しているということは、つまり俺様の愛をここまで理解しているというビリアに他ならないということだ。そう、まさしくコイツはビリアに違いないのさ」
仮にも幼なじみの許嫁をコイツ呼ばわりするんじゃない。
自分に酔いしれるってこういうことなんだろうな。言葉の半分も何言ってるのか理解できないし、したくもない。ただ、とりあえずこの場は凌げたようだ。
バカ王子は本当にバカだった。それをよぉく理解した。
「皆の者、聞いての通りである。この者はビリア王女に間違いない!」
ブルドッグな大臣がそう高らかに宣言すると、歓声のようなものが上がる。半信半疑だった答えがその一言によって明白になり、祝福のムードが仕上がっていく。
あ、ヤバい。ってことは、あたしこのまま王子と結婚しなきゃならないのか。いやいやいやいや、いやいやいやいや、ないないないない。それだけは勘弁してほしい。
「それでは急いで結婚式の手配をしなくてはな。これから忙しくなるぞい」
うわぁ、急ピッチで物事が進んでいやがる! こっちの意見聞く気すらないのかコイツらは。国を奪うことしか考えてない感じだ。
間もなくブーゲン帝国では即位式が行われる。そうなったら王が替わる。話によると向こうの大臣か誰かへ一時的に王位を継承して、実質的な国の実権をサンデリアナ国へ譲渡する流れになっているらしい。要は国を丸ごと乗っ取るということだ。
そこへビリアちゃん、つまりあたしが紛れ込んでしまったことにより、王位はあたしに継承されることになり、この王子との結婚という形で両国は合併という名の乗っ取りに切り替わってしまうわけだ。
どういう法律作ってるんだか知らないけど、正統な王族の血を引いている方が当然権力あるし、民衆も納得せざるを得ない。両国の王族同士が結婚し、二つの国は一つに、とかいうキレイな話に仕立て上げるつもりだ。とんでもない。
「妾はまだ結婚するなどとは言っておらんぞ!」
「何を言います王女。貴女様と王子は昔からの許嫁ですぞ。早かれ遅かれ、二人は結ばれることが約束されておったのだ。ふぉふぉふぉ」
うわぁ、このブルドッグ殴りてぇ。そりゃまあ帝国を丸ごと手中に収めるってんだからこっちの都合なんて知ったこっちゃないわけだ。サンデリアナの兵士たちも喜んでワンワン言うのも当然ということか。
「ブーゲン帝国にいる者たちにも伝えるのだ。王女は見つかった。即位式と共に、王子と王女の結婚式を挙げるのだと!」
ひぇぇ、まずい、まずいよコレ。
こんなバカ面ぶら下げたアホ犬なんかと結婚するのもイヤだし、結婚が成立してしまったらビリアちゃんの国が本当になくなってしまう。
どうしてこんな状況になった。
今頃、本物のビリア姫は何をしているんだろう。多分『フォークロック』に着いている頃合いだとは思うんだけど、今のこの状況を知ったら混乱しそうだ。
何せ、王女の偽物が出ちゃったわけで、それが実はあたしでした、なんて知る術もないわけで、下手をしたら向こうの計画にも支障が出てしまうのでは。
こっちではこんなバカげたやり取りで本物と偽物の区別もついていないくらいだし、本物のビリアちゃんの方が偽物扱いされちゃっててんやわんやなんてことになったら申し訳なさすぎて泣きたいくらいだ。
「さあ、ビリア。俺様と一緒に来るのだ」
そういって王子に腕を引っ張られる。アンタさぁ、女の子の扱い方、下手すぎじゃない? エスコートの仕方としてあり得なくない?
「わ、妾に気安く触るでない。こ、この痴れ者が!」
「ははは、相変わらず照れ屋さんなんだな、ビリアは」
コイツいつもこんな調子でビリアちゃんに接しているのか。
「こんなみすぼらしい姿では笑いものにされてしまうだろう? 俺様が良い衣装を取りそろえてやろうと言っているんだ」
向こうからしたらモフモフの姿が当たり前で、人類の格好のイメージなんてそういうものなんだろうけれど、いちいちカチンと来る言い方をしなくてもいいだろうに。この服だってフローラブランドで気に入っているんだからね。
一発二発お見舞いしてやりたい。
そろそろこの拳のうずうずが我慢できなくなってきたぞ。
でもこんな、見渡す限り兵隊に囲まれたこの状況。下手に暴れたらどうなるか考えなくても分かることだ。というか、みんな犬顔だから正直この場にいるだけでも結構怖いんだよね。
しかも、このアホ犬の掴む手。獣人だからなのか、それとも鍛えてあるからなのか、意外と筋肉が付いている。ゼクには及ばないだろうけど、ゼクには到底及ばないことは明白だけど、あからさま喧嘩売っちゃダメだということを察せる。
こんな、いつ正体がバレるかも分からない綱渡りの最中、余計な騒ぎを起こして被害を被るのはあたしだけじゃない。今頃この『フォークロック』の何処かにいるであろうゼクたちにも迷惑が掛かってしまう。
「あとは若い二人に任せるとしましょうか。ふぉふぉふぉ」
あたしは王子にさらわれるように、その場を後にするしかなかった。
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