修羅場 (2)

「本当なら最小限の人数で行きたいところだったんだが」

 ゼクに渋い顔をされてしまう。効率的な話、合理的な話をすると、こっそり姫様を護衛しながら国まで送り届けるとなると大人数というのは確かに悪手だ。

 ちょっと辞退しようかと思ってしまったあたしがいる。姫のにやついた視線のせいでそこまで踏み切ることができないのだけど。

「ボクたちもいるッスから、ゼクラさん。そんな不安な顔してたら逆に皆さんに失礼ッスよ。女を残して寂しい思いをさせる男なんて最低ッスよ」

 エメラちゃんが横から切り込んでくる。フォローしてくれてありがとう。

 そう、身の安全の保証はされているといってもいい。エメラちゃん、ジェダちゃん、ネフラちゃんの三人がついてくるのだから。それは前回の『エデン』訪問の時に実証されている話だ。

「もちろん、プニカ先輩も一人にはさせないッスよ。『エデン』にもここにいる何人か派遣しておくので」

「ソレガシにお任せあれ!」

 金ぴかの大男が金属製の胸をバッコンと威勢よく叩く。あれはゴルルさんだ。前に『エデン』でも護衛してもらったマシーナリー。いつの間にか『ノア』にも来ていたのか。

 他にも、ミーティングルーム内には見覚えのあるマシーナリーが集結していた。今回の計画の重大さを物語っているかのよう。そうだよね、お姫様の護衛だもんね。

「なるべく、法律に抵触しないよう、細心の注意を払って計画を立てているであります。何せ、ことは秘密裏に運ばなければならないでありますからね」

「それでも既に数千単位で違反まみれでござる。今も秒間何十と処理し続けて上手いこと誤魔化しているでござるが、計画が開始したらこの比ではないくらい規約違反が発生する見込みでござる」

「細かいこと言ってたら何も進まないッスよ、ネフラ」

 いや、今、全然細かくない数値が出てきたような気がするんだけど。

「それをどうにかするのが我輩たちの仕事でもありますから。どうせ最終的には数万、数億にも上ると予測できてるであります」

 それって大丈夫なの? 本当に処理できているものなの?

「その程度で収まるなら許容範囲内ッスね」

 その程度、とは? 考えたら負けなのだろうか。エメラちゃんも妙に険しい顔をしてたのはこういうことのせいなんだろうな。口ではああは言っているのにあからさま納得のいっている顔ではない。

「すまんのう、妾のせいで。じゃが、妾も事の収束に努める。そなたたちだけの負担にはさせぬぞ」

 ビリア姫が威厳たっぷりに言う。ついさっきまでゼクに子猫のように捕獲されていた件については言及しないでおこう。威厳が崩れる。

 というか、こっちもこっちでかなりの修羅場だ。元々何の関わりもないのに、ほぼほぼ一方的に被害被っているようなもので、いわば歩く爆弾。

 お互いに余計なことをすればとんでもないことになるのに、触れざるを得ない厄介な関係だ。険悪なムード、とまでいかないにしても、友好的かどうかの境界線の上を揺らいでいるかのような関係だ。

 あたしたちが絶滅危惧種とかじゃなくて、エメラちゃんたちも保護観察員とかじゃなければよかったのに。などと思っても仕方ない。火花の散らないうちに事を済ませるしか道はないんだ。

「ということは、乗船するメンバーは俺を含め、ナモミ、キャナ、エメラ、ジェダ、ネフラ、ブロロ、シルル、そして、ビリア姫でいいんだな」

 なんか後半の方に聞き馴染みのない名前が混じっていたような気もするが、そういうことでいいらしい。

「お前たち、ソレガシの代わりにアニキやお嬢様たちを守るですよ」

「あいあいさー、任せてください隊長!」

「傷ひとつつけさせませんわ!」

 見覚えのあるマシーナリー二人が揃って敬礼する。どうやらゴルルさんの部下みたいだ。たのもしい屈強な格好をしている。

 『エデン』でも護衛してくれたマシーナリーさんのようだ。いずれもゴルルさんと似たような顔をしているから判別しにくいが、確かに一緒にいてくれた記憶はある。やはりどっちがどっちなのか分からないけど。

「出発は明日だ。各自それまでに英気を養ってほしい」

 珍しくゼクが取り仕切る。普段ならこういう場面ではいつもこういうのはプニーの役回りだと思っていたけれども。

ふと見てみれば、プニーは何やら向こうの方でマシーナリーの面々と重々しい感じに話し込んでいた。

「渡航申請に擬似的復路を構築し種族申請及び観光基準値に一定の免除化を進め不在時の正当性を主張できるよう調整し、検疫調査領域から検問領域までの中から虚弱性が規定水準未満の地点を割り出し、安全ルートの確保を……」

 あれは一体何処の世界の言葉だろう。何を言っているのか微塵も理解できない。

 ただ、物凄く深刻な面持ちで、目が回るほどの資料をプラネタリウムのように展開している辺り、とんでもなく重要なミーティングをしているということだけは辛うじて分かる。

 おそらくさっきエメラちゃんたちが言っていた違法をなるべく掻い潜る算段を練っているのだろう。あの会議にはとてもじゃないが、あたしには首を突っ込めそうにない。片足だって踏み入れられない。

 なるほど、プニーもただのお留守番ってわけじゃないようだ。空気が読めてないとか思ってごめんねプニー。あっちもあっちでまた別なベクトルで相当な修羅場だ。

「そうだ、皆さんにはこれを渡しておくッス」

 何やらエメラちゃんからプレートの差し入れがきた。受け取り、手元の端末にかざしてみると、例によって立体映像が出力されてくる。これはつい最近も見た、ビリア姫の国のある惑星『フォークロック』の情報だ。

 地名やら歴史やら、なんやらかんやらが溢れんばかりに表示されてくる。ブーゲン帝国のことや、サンデリアナ国との関係、はたまたまだ聞いたことのない都市の情報までかなり詳細までまとめられている。

 こんな情報を何処から仕入れていたのだろうか。

「そこまで必要になるとは思わないッスけど、参考として頭に入れておいてもらえれば少しは何かの足しになると思うッス」

 まあ、確かに、これから向かおうという土地のことを何も知らないままで突入するのはしのびないところはある。ある程度の知識は勉強しておいた方がよさそうだ。

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