第十七章

やってしまった

 ここは一つ、整理しよう。

 確か、俺はこう報告を受けた。漂流していたネクロダストを回収したと。偶然でもなかなかない確率だ。今後の人類繁栄のための礎となるならば立ち会うべきだろう。そう考えた。

 あわよくば、男女比率の改善なども頭の片隅にあったかもしれない。新人を受け入れ、指導する立場になるかもしれない。期待や不安をかき混ぜていた。

 確か、キャナが蘇生されるときもこのようなことを考えていたような気がする。

 はたして、意図せず新たに回収されたネクロダストは蘇生が可能なのかどうか、その確認をすべく、収容所へと急いだ。

 するとだ、回収されたポッドはたった一つ。そして即座に蘇生が可能な状態だった。結果として、リフレッシュルームに運ぶ間も惜しみ、その場で蘇生は完了。

 随分とまた、円滑に事が進んだように思う。ところが、新たに蘇生された者はあろうことか、人類ではなかった。獣人と呼ばれる亜人。俺達人類とは別の進化を経た異なる種族だった。

 これだけでも大事ではあるのだが、この獣人。ビリアと名乗ったが、どうやら一国の姫なのだという。そしてさらに、聞くところによると、その国は既に壊滅状態だったという。

 それはあまりにも絶望的な目覚めだった。

 その場にいた誰もが、同情の眼差しで彼女を見ていたと思う。

 そう、思ったのも束の間だ。

 次の瞬間には、どういうわけか、俺に抱きついていた。祖国の世継ぎのために、子を授かりたいなどと懇願してきた。

 したたかな女だ。まだ、一国を背負うには幼い年頃だろうに。

 それで。

 それで?

 それで、どうなっているか、って?

 いや、だから、どういうわけか、姫様は俺に抱きついていた。

 今一度、もう一度、整理し直そうか。

 あのポッドの蓋が開いたとき、状況を把握できていなかったビリアは、酷く興奮状態にあり、周囲を警戒していた。

 その中で無防備状態だったナモミは恰好の的だったのか、直ぐ様狙いを定め、襲撃してきた。勿論そんなことをこの俺が許すはずはなく、弾き飛ばした。

 この時点で力量は計れたが、ビリアはここで何が起こったのか分かってなかったらしく、今度はプニカに爪を立てようとしていた。

 ここでエメラも反応し、その腕から銃器を構えるも、それよりも早く俺はビリアを蹴り飛ばしてしまっていた。

 俺が妨害していることに気付いたビリアは標的を俺にかえ、距離を詰めて引っ掻きを両手で三度、体当たりしながら頭突きを一回、避けられて回し蹴りに展開。

 流石に俺もあまり手傷は負いたくなかったので、いなしてビリアの背後を取り、羽交い締めにしてやった。

 その直後、後悔したのだが、ビリアが雌、もとい女性だとこの時点で初めて気付いた。そうとも知らず、あまり加減ができず、生身の人間なら悶絶必至の急所を何ヵ所かに打ち込んでしまった。気絶の手前で止めた、意図的な苦痛だ。

 可愛そうなことをしてしまった。腕の中でプルプルと震え、力も入らなくなったのか、動きもウゴウゴと弱々しく、腕の中で悶えていた。

 それが、よくなかった。

 仮にも、一国の姫に手をあげてしまったこともそうだが、何より彼女がブルートゥであったことが何よりも問題だった。

 力強き者に従う、力こそ全ての種族だ。その彼女を完膚なきまでに叩きのめしてしまった。ナモミやプニカに指一本触れさせまいと頑張った結果が、これだ。

 そう、強い雄である俺の子を授かりたいというわけだ。何かの冗談ではない。

 その証拠に、力も入らずヨレヨレであるにも関わらず、俺にしがみついて離れようとしない。無理矢理剥がそうと思えばできるのだろうが、瞳がもうマズい。

 潤んでいる。痛みに耐えているような、そんな顔じゃない。これは発情している。強い雄を見つけ、こてんぱんに惚れてしまった雌の顔だ。

 よりにもよって、一国の姫とは。

 よりにもよって、人外とは。

 やってしまった。これは、やってしまったと言わざるを得ない。

 先程まで深刻な空気が流れていたような気がしたが、一転して複雑な視線が刺さってくるようだ。

 何せ、足元には姫がしがみついて離れないはかりか、同じ言葉を壊れたスピーカーのように繰り返すばかり。

「主様、妾に子を孕まさせてください。妾には主様しかおらぬのじゃ」

 うるうると上目遣いで訴える。態度が違う。瞳の奥にハートが浮かんでいるようにさえ見える。

 その一方で、ナモミの冷たい視線が刺さる。嫉妬の色が強い、そんな針のような視線だ。直接口には出さないが、あの呆れた顔は目の前の姫ではなく、俺の方を見据えている。

 プニカもだ。無表情だが、あの顔を見れば大体分かる。自分もアプローチしなければ、と対抗意識を燃やしている目付きをしているように見えた。

 エメラもエメラで大層複雑な顔をしている。何せ、ビリアは絶滅危惧種ではない。祖国に帰れば仲間などいくらでもいる。今は敵国という立ち位置であっても、他にも同じ種族は絶滅を危惧するような状況下にはない。

 つまり、エメラにとっては完全に部外者、蚊帳の外、人類繁栄にとって邪魔になる存在として認識している。

 これはまずい。これは非常に気まずい。

 俺はこの状況でどんな選択をすればよいのだろうか。

 彼女は人類ではない。よって、現在人類が直面している絶滅の危機に関していえば、完全に無関係である。ビリアに何人、いや何匹か?子供を生ませたところで、何の貢献にもならない。

 彼女には彼女の国の事情もあるのだろうが、そちらもこちらにとっては関係のない話であり、むしろ事が大きいため、無闇に関わるべきではないことも明白だ。

「主様ぁん」

 猫撫で声でスリスリと身を寄せる。さっきまでそんなキャラだったか?

 これを蹴り飛ばせば、突き放せば解決するのか?相手は姫だぞ。すでに叩きのめした後ではあるのだが。

「どうするんスか? ゼクラさん。責任とるんスか?」

 一応人類側の意見は受け入れるという体制ではあるらしいが、エメラのジトーっとしたその目は呆れ果てた感情を拭いきれてはいない。

 なんでさっさと突き放さないんだ、と言わんばかりだ。実に面倒くさそうなものを見るような目で見ている。

「べ、別にいいんじゃない? ビリアちゃんの国のためなんだから」

 顔と言葉が一致してないぞ、ナモミ。

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