子を孕まさせろ! (6)

「そも、妾が脱出用ポッドに入った時点で我が祖国の陥落は予期されておった。王族の血を絶やさぬための苦肉の策として見知らぬ遠い星へと賭けたまで」

 そういえば、ネクロダストって自身で蘇生ができないんだったっけ。元より、帰ることは想定していなかったということなのか。

「じゃが、ちと困ったこともあってのぅ。妾の蘇生が想像していたよりも早かった。まさか一年足らずとはな。本当は戦争沙汰もなくなった時代に目覚め、ゼロから建国する覚悟じゃった」

 現実は国は辛うじて形を残しているけれど、まだ戦争の爪痕は残したまま。あまりよいタイミングとはいえない。

 いくら事態が沈静化しているとはいえ状況も状況。下手したらまだ姫の存命を考えて今まさに敵国が命を狙っているかもしれない。ましてや、建国なんて大々的な活動してしまえば、宇宙の果てだってすぐにでも飛んでくるだろう。

 なんかビリアちゃん、ヤバくない?

 色々と状況が詰んでない?

 帰るにしても、帰らないにしても、過酷をそのまま形にしたかのような現実が立ちはだかっている。一体この状況下でどんな判断が下せるというのか。

「妾は未来を託されて宇宙に放たれた。それが何の成果もなくおめおめと帰還したのであれば王族として面目が立たぬ。じゃから、今の妾がすべきことは……」

 何故かそこでふとゼクの方に向き直る。何を考えているのか。そして、何を思ったのかゼクの瞳をジッと見つめて、次の瞬間ゼクの足に両手でしがみついていた。

「あーと……ビリア姫? な、何を?」

 困惑したようにゼクが問う。

「決まっておるじゃろう?今の妾に必要なことは、世継ぎじゃ。なあ、お主、名はなんと申す?」

「……名乗る名前は持っていないが、ここではゼクラと呼ばれている」

「ゼクラ。しかと覚えたぞ。ゼクラ、我が伴侶となってはくれんか?いや、まどろっこしい。妾に、子を孕まさせてほしい。いっそ、子を孕まさせろ!」

 ちょっと、思考が止まってきた。猫姫が何か唐突に色のついた声で何か言い始めた。

 世継ぎ? 孕まさせろ? 急に何を言い出すんだこの猫。

「ちょっと待ってくれ、話が急すぎる。なんだって俺なんだ?」

 そうだそうだ、言ってやれゼク。

「だって、この場にいる雄は主様だけじゃろう?それに、妾も何も無差別にものを申しておるわけじゃない。将来、我がブーゲン帝国を治めるには軟弱ものには務まらん。じゃが、主様ほどのものならば申し分ない」

 なんか既にゼクのことを主様とか呼び出しちゃったよ、この猫。まだ初対面で大した接触もしていないのに、ゼクの強さを見抜いたらしい。だけど、そんな言い分が通ってたまるか。

 さっきから薄々思っていたんだけれども、このビリア姫、姫という割には姫のイメージがない。おしとやかさもないし、妙に好戦的な野生を感じる。

 もっとこう、箸より重たいものを持ったことがないような華奢な、そんなもんなんじゃないのかな。いや、あたしの勝手なイメージなんだけれど。

「この妾を生身の肉体を持ってして退ける雄などいまだかつて会ったことがない。主様よ、よもや雌に恥をかかせるつもりではあるまいな」

「待った、待った待った。あいにくながら、俺と姫様では種が異なる。それに、姫様には相応の許嫁がいるんじゃないのか?」

 のらりくらりとゼクが引き剥がしにかかる。

「許嫁、許嫁か。おったことにはおったが、あやつは祖国に敵対したサンデリアナ国の王子じゃった。それに何より妾はあやつは好かん。妾よりも弱い。武装しても妾の隙をつくことすら敵わん。雄としての威厳も皆無じゃ」

 そういって、姫様がモフモフの中にあったのか、腕の中に隠れていた端末を操作する。ああ、やっぱりお姫様も普通にこういうの持っているのか。

 端末から映像が出力される。

「どうじゃ、こんなヤツじゃぞ」

 どうやら、これが許嫁の姿らしい。

 人間大の上背のある、二足歩行のトイプードルのようなものが映し出されていた。気品さを醸し出させているつもりなのか、装飾品がゴテゴテと身に付けられている。

 獣人のセンスはあたしには分からないけれど、半端に手足を刈り込まれた犬がカッコつけている格好は正直ダサい。しかも、それで顔が無駄に整ったイケメンだからむしろ逆に気持ち悪い。控えめにいって変態だ。

 会ったことはないからこの犬の王子様の性格は微塵も知らないけれど、この容姿で声を掛けられたらぶん殴ってしまいそうだ。というか、猫姫の許嫁が犬王子っていうのもどうなのよ。

 立体映像の犬王子がポーズを決めてウィンクしてきた。おえっ。気色悪っ。

「こんな写真を送りつけられた妾の気持ちにもなっておくれ」

 それはそれはお気の毒に。そこら辺は同情しよう。

 ゼクの顔を見やる。ああ、結婚するんだったら断然こっちだよなぁ……。

「種の違いなど些細なことよ。妾が求めるのは強き雄。清潔な血ではない」

 もっともらしいことを言っているのかもしれないけれど、それとこれとは話が別だ。いくらなんでもその理屈でゼクにすり寄るのは違うだろ。

「えっと、あのビリア姫様?ここはブーゲン帝国じゃないし、いくら高貴であったとしてもそんな唐突な申し出は流石に……」

 なるべくオブラートに包んで言ってみる。急に吠えられて噛みつかれても困るし。

「なんじゃ、ナモミ。そなたは主様の番いか?くんくん……確かに双方互いに匂いがついておるの。これはかなり最近か?なるほど、お盛んなのじゃな」

 んぎゃあっ!

 ちょ、ちょ、いきなりなんてことをナチュラルに。

「つが、つが、つがいとか、そういう、うぇ、ぁ、ぅぅぅっ」

 言葉がまとまらなくてバグってきた。

「そうか、そうじゃな。妾もはしたなかった。業に入っては業に従えという教えもある。このような一方的な婚約は取り下げじゃ」

 なんか分かってくれたらしい?

 なんだかんだ強引のようでいて物わかりはいいのか。

「妾も譲歩しよう。妾にとって必要なことは婚姻を結ぶことではない。世継ぎを得ることじゃ」

「は、はぁ」

「つまり、主様の子を孕ませてもらえれば他には何もいらぬ。なぁ主様。妾のためにどうか子宝を頼む。ごろにゃ~ん」

 とうとうごろにゃんと来たか。

 リアル猫撫で声。いや猫被りすぎでしょ! この泥棒猫姫!

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