うち、できるよ~ (後編)
もしこの三人の中で痴情のもつれがあって一番恐ろしい結果が予測されるとしたら間違いなくキャナだろう。何を起こるのか分かったものではない。それが一番気がかりなところである。
見た目、かなりの美人だ。スタイルの良し悪しで見てもダントツ。そっちの方面でも人類として進化しているのかとさえ思えるくらい。
性格もトゲっぽいところもなく、ふわふわしている。特技のサイコスタントとやらもなかなか興味深いし、悪いと思えるようなところはない。
総合的に見ても、魅力的と言わざるを得ないだろう。
だからこそ、そういうところが危ういように思えてくるわけだ。
例えるなら何だろうか。
もろい土台の上に金属製の凶器が載せられているかのような不安感。一見して保っているように見えていても、ちょっとバランスを崩したら全てが崩壊してしまいそうな不安定さ。
何故このように感じるか?
人為的に遺伝子改造されたという境遇にしては、あまりにも表面上が明るく見えるからだろう。人体改造がメジャーな時代なら納得できるが、どうも言うほどそうでもないらしいし、ともなればその明るさに裏を感じざるを得ない。
まず、どうなんだ。
自分の体を改造されるということがどういう気持ちなのか。
それはまともでいられるものなのか。
キャナも明るく振舞っているだけで実際のところは相当無理をしているのではないだろうか。今こうして目の当たりにしているキャナがありままの姿であるのなら杞憂にすぎないし、無駄に深く考えすぎているだけで終わる話。
ひょっとしたら自ら志望してサイコスタントなる力を得た可能性だってあるしな。
「ゼックンも見てないで助けてぇ~」
ぼんやりとしていたらキャナが文字通り俺の胸に飛び込んでくる。ふわふわしていたのでキャッチは容易だった。
というか、まだやっていたのか、この不毛な追いかけっこ。
さすがのキャナも力を使いすぎてか息遣いも荒く、俺を止まり木のようにしてふぅふぅと休んでいる。
思いのほか軽いのは見た目よりも痩せているのか、あるいはサイコスタントの能力によるふわふわ効果なのか。前者だとするならば、サイコスタントの消費カロリーは相当なものだと予測される。
「プニカもその辺にしてやれ。……ん? ナモミはどこいった?」
見ると、少し離れた位置で大の字、大また開きで気を失っていた。ちょっと目を離した隙に何があったのか知らないが、なんともはしたないことだ。
「やれやれ……、キャナも少しリクエストに答えてみたらどうだ? さっきのナモミみたいな」
「是非お願いします!」
「ぇ~……」
そこまで露骨に面倒くさそうな顔をされるとは思わなんだ。これだけ立派な体格しておいて精神は子供か。
「今ちょぉっと疲れたから休みたい」
確かに、ひぃひぃふぅふぅ言ってる。そんなに疲れるくらいなら普段から無駄にふわふわ飛んだりしなければいいのに、と思ってしまうのは無粋だろうか。
「ナモミほどじゃないけど、俺もちょっと気になるしな。サイコスタントの力」
俺からしてみれば何もかもが未知の力だしな。
「はふぅ~……、じゃあちょっとだけ」
プニカの目に無垢な少女、むしろ幼女のような輝かしい光がパァーっと点った。
「さっきもちょっと見せてもらったけど、火を出すのってどのくらいまで出力を上げられるんだ?」
「ん~……、今まで本気出したことないから分からんけど、ここの天井くらいまでの燃え上がるくらいの火力なら出せるかも。……見る?」
「いや、いい。それはちょっと後が大変だ」
「で、では先ほどのような意思を伝達する能力はいかがでしょうか? あれを使えば端末を使用せず通信することも可能なのではないですか?」
「あ~、それは無理やわ。うちの考えてることを送ることはまあできるけど、相手の考えてることは分からないんよ。いっぽーつーこー」
「そうなのですか……」
「しかもあんまし離れてると声も遠くなるんよ。あと相手に受信させることを意識しないといけないから見えてない人には送れんしなぁ」
そう聞くと割と不便に思える。
それでも十分凄いと思うのだが。
「ていうか、プニちゃんだったら別に
急に振ってくる。どういうことだ。
「そうですね。火を起こすくらいならこのように」
ボゥ。
プニカの指先から小さな火が灯る。
「あと、通信機器の設定を操作すれば……」
このようにメッセージを直接送信することも可能ですね。という言葉が頭の中に響いてきた。
「重力装置へアクセスすれば体を浮遊させることも」
「いやいやいや、プニカ。そんなことできたのか?」
「ええまあ。しかし、私の場合は
「できたことに驚きだよ」
「そらまあできるやろなぁ」
「私はこのノア内において端末アクセス権限を持っていますから機能拡張申請も多少認可されておりますので、簡単な事象の再現であれば可能ですね」
よくよく考えてもみれば、このノアにおいて、プニカは様々なことをしてきたように思う。端末操作一つで食事も用意できるし、必要な道具もポンと作れる。それを思えばそこまで不思議ではないのかもしれない。
「そこまで自由にできてキャナに言い寄っていたのか……」
「だって生身ですから。生なのですよ? 生だなんて興奮するではないですか!」
何を言っているんだ、このプニカ。
また珍しく声を荒げる。前々から思っていたことなのだが、プニカはどうもナマモノに対する執着が強いようだ。
プニカは自分以外の人間ないし、生き物というものを観察した経験や記憶がないのだから生のデータほど垂涎なものはないのだろう。
俺としても人工の進化は関心深い。
「生でできるなんて羨ましいです」
だからといって少々理性を飛ばしすぎなのではないだろうか。
にじり、にじりとプニカが距離を詰めてくる。その視線の先が俺ではないことが分かっていても恐怖を感じずにはいられない。それほどの気迫があった。
「お願いです! キャナ様!」
「ひぃっ!!」
俺の手元からキャナがふわりと飛び立っていく。
どうやら追いかけっこ第二回戦の開幕のようだ。
「キャナ様!」
「や、や、や、堪忍してぇ~……っ!」
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