第三章 After

うち、できるよ~ (前編)

「ほぉらぁ~、ナモナモぉ~」

「にゃひぃ~っ、らめえぇ~……」

 飽きもせず、ましてや人目を気にすることもなく、キャナはふわふわしながらナモミに絡み付いていた。

 絡み付いている、といってもやはり、見た目的にはただただキャナがナモミの周囲をふわふわ浮かんでいるだけなのだが。

 今、目の前で実際に何が起きているのかは俺には分からない。

 ナモミの衣服のあちこちがもぞもぞと不思議な力によって蠢き、それにあわせてナモミが喘ぎ声とともに奇妙なダンスを踊っている。

 これが人知による進化、サイコスタントとやらの力なのだと理解する他ない。

「お、お姉様、も、もうギブ、ギブ。これ以上やられたら死んじゃふ……」

「むふふぅ~ん、うちはまだまだ元気やで」

 ふんす、と鼻息をつく。そのドヤ顔はなんだ。

 その力を使いすぎると疲れるんじゃなかったのか。原理も何も知らない俺からしたらその辺はよく分からないわけだが。

 よく分からないといえば、キャナがナモミにお姉様と呼ばせているのもまるで分からないところではある。上下関係の示しか? 深くは考えても仕方なさそうだ。

「はぁ……、はぁ……、ね、ねえお姉様」

「なぁに? ナモナモ~」

「その、サイコスタント、っていうの? それって遠くのものを取ったり、浮かばしたりするだけなの?」

「んん~? どゆことぉ?」

 キャナが頭の上にハテナを浮かべている。

「べ、別に深い意味があるわけじゃないんだけど、いわゆる超能力者っていう人はあたしの時代では作り話、フィクションでは割とメジャーで、使える能力もバリエーションがあったのよ」

 フィクションの話と現実の話をごっちゃにするのもどうかと思うが、ナモミの中での架空の産物が目の前に存在するという状態なのだと思うと興味深いものだ。

「ほへぇ~、例えばどんな能力があるん?」

「ええと、火を起こすパイロキネシス」

「うち、できるよ~」

 リクエストに答えるかのようにキャナの指先に小さな火が灯る。

「ああと、口を使わず直接頭の中に言葉を伝えるテレパシー」

 それもできるよ~。という言葉がキャナの声で直接耳の奥に響いてきた。

「んんと、他のものに変身するメタモルフォーゼなんてのも」

「あ、ソレ無理やわ」

 あっけらかんと答える。

 無理だとか言いつつも、結構な無茶なリクエストに答えたもんだな。

 全く原理が分からないが、人為的にここまで進化できることにますます驚きだ。

「いやぁ、うちもまだまだやなぁ」

「いいえ、素晴らしいです。他にはどのような能力があるのですか?」

「ひっ」

 急にプニカが飛び出してくる。そういえばこういうのが好きそうだった。

 一方キャナは飛び出していった。そういえばプニカのことが苦手そうだった。

 飛び出したキャナはそのまま天井まで上がり、大の字で仰向けになるようにぺったりとくっついて、力強く見つめてくるプニカを見下ろしていた。

 俺としても興味はある。人為的に作られた進化というのはどのようなものなのか。

「ふみゅぅ、何ができるかとか言われてもなぁ、そら色々やし」

「大変興味深いです」

 プニカの目が輝いているぞ。純粋無垢な子供のようだ。

「是非、是非」

 心なしか、口調も若干うきうきしているような気もする。気合入りすぎてキャナがなんか引いているぞ。

「というか、プニカはサイコスタントそのものを知ってて、そういう知識を知らなかったのか?」

「はい。わたくしも知識としては超能力者サイコスタントにまつわる話を知っていますが、本物を目にしたこともありませんし、事象を観察した記録もありません」

 それはまた随分と半端な知識なんだな。

 いかにも「私知ってます」と言わんばかりに詳しそうなことを言っていたような気もするのだが。

 そもそもプニカ自身、このノアで何百年と生活していた記憶しかないわけで、自分以外の人類ないし、生き物すら見たことがなかったらしいし、持っている知識の全てが自分の経験に基づいていないからこそ他者に対する好奇心が強いのかもしれない。

 少し前にも面を切って、赤ちゃん欲しいと熱弁されたくらいだし。

「ナモナモぉ~、助けてぇ~」

 キャナがふわふわとナモミの前に降りてくる。

「ひっ、お姉様もう堪忍して。プニー助けて!」

 何かされるとでも思ったのか、ナモミは逃げるようにプニカへと。

「お願いします。是非能力についてもう少し詳しいことを」

 プニカもプニカでキャナを追いかけて……。

 一体なんだこの光景は。

 部屋の中を女の子三人がグルグルと回っている。

 なんと姦しいことか。奇怪で面妖な三すくみである。

 賑やかに越したことはないが、やはり少々騒がしい。

 キャナの加入によってますます男女比率が破綻してきたしな。

 あまり自覚したくはないのだが、この場でグルグルと愉快に回っている女の子たちを孕ませて人類滅亡の危機から救うというミッションを担っている。

 男一人というこの立場。実際のところ、かなり息苦しいのでは。

 古来より女性は嫉妬深いものだと言うが、それが三人だ。

 平等に接することがはたして俺にできるのだろうか。

 ましてや、子作りをしなければならないともなれば、人間関係的な意味で見てもあまり愉快なことになるような気がしない。

 俺の身はたった一つだ。同時に三人を相手することはできない。何処かで何かがもつれてしまうことも大いに考えられる。

 唯一の地球出身、ナモミ。

 地球出身なんて言われてもナモミからしても分からないことだらけだし、俺からしても何十億年前のデータなんてそうは持ち合わせていないし、共感できるところを探すのがまず難しい。強いていえば億年単位の時間旅行してきた仲間ってところか。

 最後のクローン、プニカ。

 クローンではあるが、今はたった一人。プニカは別段ごく普通の人間であることには変わりないわけだが、知識量や情報量ではどう考えても敵わないし、この時代のことも分からない俺も色々と頼りっきりになってしまいがちだ。

 人知の超能力者、キャナ。

 もはや何者だよ。俺の理解を超えている。おそらくキャナは三人の中では最も接しやすい部類の性格なのかもしれないが、一番何を考えているのか分からない。何もかもがふわふわしすぎて距離感がまるで掴めない。

 三者三様、よくもまあ変り種が集まったもんだ。

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