1-3『名探偵羽村さんの夢』
探偵事務所に戻った俺は、一目散に仕事机に移動し、椅子の背もたれに身体を預けた。
今日受けた依頼は大変だった。猫探しという実に探偵らしい仕事だが、頭脳より体力を使うのだから。しかし、いつも俺が遭遇してしまう殺人事件と比べれば平和な事案である。猫は見つかったし、依頼主も大喜びだった。
探偵の喜びとは難事件を解決することではなく、依頼主を満足させることなのだと改めて認識することが出来たのは収穫だと言えるだろう。
とはいえ、久々に体力を使う仕事をしたためか、身体は明らかに休息を求めている。まずは肉体労働の褒美として、紅茶の一杯でも嗜むこととしよう。
「助手、いつもの紅茶を用意してくれたまえ」
「あぁ? 面倒くせぇなぁ、テメーでやりゃぁいいだろうがよぉ」
「えっ?」
俺が身を乗り出すと、声の主は来客用のソファーで寝転んでいた。
それは、我が家の居候であるぽんすけだった。三人分座れるだけの広さを持つソファーを、たった一匹で占拠出来るほどに成長している。全長は恐らく成人男性と同じくらいだろう。なんということだ、俺が甘やかしたばかりに、気づけばこんなに肥え太ってしまったのか。
「このボンレスハム! そんな贅肉が付くだけ投資してやったんだから、所長のために少しは仕事してくれよ!」
「オイラみたいなエリートハムスターはなぁ、お茶汲みなんてやってらんねぇんだよぉ。大体
「仕事が雑だったら怒るのが普通なの! というかお前さんは、何やるにしても仕事が適当っていうか……」
「この間テレビで見たけどよぉ、適当っていうのはちょーどいいって意味だって先生が言ってたぞぉ」
コイツ、余計な知識ばっかりテレビで付けやがる……。
というか人が仕事で奔走してる間に、コイツはソファーに寝転がってテレビを見てたって、居候としての恥はないのか!
つーか、なんでこんな奴を俺は助手にしているんだ!
「まぁとにかくよぉ、オイラより羽村が自分でやったほうがいいと思うぞぉ」
「あのさ、一応お前は助手なんだからさ、もうちょっとこう俺の役に立とうって気はないの?」
「ぐぅー、だからよぉ、ハムスターにお茶とかは毒だって言ってんだろぉ」
話の最中で寝てやがる! いくら日溜まりの名探偵と呼ばれるほどの仏心を持つ俺でも、限度があるぞ……。
こうなっては仕方ない、怠け者を起こすよりも自分で全てやってしまうのが早いだろう。
俺は台所へ行き、以前依頼主から貰った高級な紅茶を取り出す。そして、水を入れたケトルを火にかける。
その途端、コンロの火が天井を突き抜けるように吹き上がった。
「おわぁぁぁ! なんだこりゃ!」
炎はどんどん勢いを増していき、探偵事務所を焼き尽くそうとしている。
大事なケトルは既に消し炭になっていた。ああ、勿体無い。
って、そんなものよりまずは命を守らないと。でも消火器なんて用意していたっけ? このままじゃ事務所どころか俺達も丸焼けだ。
「くそっ。ぽんすけ、早く逃げ……」
と、振り返って助手を呼ぶと、贅肉の塊が行く手を遮っていた。
「ぐぅー、ぽんすけ様の華麗なダーイブだぁ」
「いっ、ぎゃあああ!」
寝相による回し蹴りを受けた俺は弾き飛ばされ、業火の中に放り込まれていった。
日溜まりの名探偵は、まるで太陽の熱に焼かれたかのように燃え盛り……。
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