ロード・イン・ザ・ヒッチバース

八木耳木兎(やぎ みみずく)

プロローグ - 【現在】無駄話

「スーパー戦隊シリーズでカレー好きがキレンジャーとバルパンサーの二人だけ、というアキバレンジャーでも言及された定説が未だに納得できない」

 突然、市川或真がまったく脈絡のない、四十年以上愛される子供向け特撮ヒーローシリーズの話を俺に振ってきたのは、とある計画都市の大通りを歩いていたある暑い夏の午後だった。


 その時俺たち二人は、陽光が不快な真昼間に、街中のある場所へと向かっていた。俺にとって今この瞬間は、自分にとっての重要な目的の手がかりをつかむ、重要な取引への道の途中だったのだ。

 ……そんな時に、こういうどーでもいい話を一方的にしてくるのがこいつの悪い癖だった。

「ジェットマンのイエローオウルや、カクレンジャーのニンジャイエロー、ボウケンジャーのボウケンイエローは大食いだ。大食いは食べ物全般が好きな人だから、当然カレー好きに含めていい。だから少なくともカレー好きのイエローは歴代でも四人いる」

 しかも話してることが強引で、共感しにくい。

 くだらないこときくな、と一蹴しようとは思わなかった。

 こいつが悪い奴ではないから、憎めない奴だから、では断じてない。むしろ俺は、一日に三回はこいつのことをぶんなぐってやりたいと思っている。

 くだらない話を一蹴する余裕すら、今の俺にはなかったというだけの話だ。

 今こうやって歩いている間にも、自分にとって過去に決着をつけないといけない時は迫っている。

「大食いだけどカレーだけは嫌い、っていう人もいるかもしれないし、大食いだからってカレー好きとは限らないだろ」

 以前この場所で行われた戦闘で無残に穿たれたアスファルトを飛び越えながら、少しでも緊張を和らげたい心から、俺は隣のバカとの会話を(意に反して)継続させた。

「戦後日本の人々の心を支えて以来の日本食を代表する名物料理だぞ。カレーが嫌いだったらそいつはもう大食いと言えるのか?」

 もはやこじつけだ。

「大体な、大食いな人は他人に比べて食べ物が好きだから大食いって言われてるわけだろう? じゃあ大食いの人はカレーも人より好きってことじゃないか」

 或真は畳みかけるようにそう続けた。

「カレー好きって、人よりカレーが好きな人ってわけじゃなくて、その人個人が他の食べ物よりもカレーが好きだから言われてるイメージなんだけど」

 横を歩く見るからに根暗な小柄の青年は、俺の言葉に見るからに根暗な表情でため息をついた。ちなみに十代の俺よりも、こいつはずっと年上だ。

「いいか、戦隊の他のメンバーと一緒に大食いのイエローが昼ごはんに出かけるとしよう。カレー屋に行けばそのイエローは大食いだからカレーをほかのメンバーよりもたくさん食べるわけだ。大食いであればカレー好きである、揺るがぬ証拠じゃないか」

 絵にかいたような誘導論法だ。

 ここまでこじつけが過ぎると、こっちからやり返したくなる。ほかにできそうな暇つぶしもない。

「……ちょっと話変わるけどさ、お前、ゴジラ好きだったよな」

「ん、第1作から最新作のハリウッド版まで隈なく愛してるシリーズだが」

「本当に隈なく、か?」

 陽光と影が交差する道を歩く俺たちを、しばしの沈黙が支配した。ふと見上げれば、宇宙生物、《鳥》の襲来以降市街に数多く配備されるに至った、二足歩行型ロボットLSPリスパーが、街の中を闊歩していた。装備から言って戦闘用ではなく補給・運搬用だが、おそらく近々行われる作戦に備えての訓練を兼ねた警備活動なのだろう。

「…………10作目は例外だ。あれは唾棄すべき駄作だ」

 なのに俺たちはこういう会話をしている。どこか現実感のない空気を肌で感じつつ、俺は或真に問い直した。

「怪獣映画が好きなのに10作目は嫌いなんだろ? だったら食べ物が好きと言ってもカレーが好きとは一概には言えないんじゃないのか?」

「…………」

 隣の奴が黙っている間に、二人して裏路地に入り込んだ。光と影の縞模様は、瞬く間に影だけになる。

 俺たちがここに来る理由となった電話での会話で、受け答えしていた人物が指定した待ち合わせ場所もその付近に存在していた。

「……そもそも、イエローオウルもニンジャイエローもカレーが嫌いだとは特に劇中で言われてないし……」

「……そんなこと言い出したら戦隊全員カレー好きだろーがッ!!」

 思わず声を荒げてしまった。

 正論で言い返しても感情で反応してくる。インターネットをやっているとよくいそうな、粘着質で厄介な奴だ。


「話は変わるけど、べつにボクはゴジラのあの10作目の全部が嫌いなわけじゃないんだぞ。ミニラはかわいいと思うし、フィクションの中の怪獣たちが子供に勇気を与えるシナリオは秀逸だと思う」

「じゃあなんで駄作なんだ」

「タイトル詐欺」

 それだけで評価ひっくり返すのかよ。

「それだけで評価ひっくり返すのかよ、みたいな顔をするんじゃない。キミは学がないからわからんだろうが、タイトルというのは作品の優劣を決めるための決定的な要素なんだぞ。映画に詳しければ詳しいほど海外映画の邦題に一喜一憂するのはそのためだ」

「うーんあくまでストーリーが重要であってタイトルとかはあまり気にしてないかな、俺……」

 どうでもいい話をしながら雑草が生い茂る裏路地を歩いていると、一軒の廃工場にたどり着いた。

 ここにつくまでに通り過ぎた数軒のビルも、テナント空きが続いている状態だった。ここの周囲は驚くほど人気がない。俺が軍にいて、LSPを毎日のように実技訓練で操縦していたころとは大違いだった。

「だから学がないと言ってるんだ。『スーパーヒーロー大決戦』みたいな映画で、少年少女の甘酸っぱい青春ドラマを見せられたらどう思う? ゴジラの10作目がやったのはそういうことだ」

「よっぽど思うところがあるんだな、その10作目に……」

「当たり前だ、9作目と11作目がシリーズの中でも屈指の傑作だったからな。あ、行き過ぎた」

「さっきの部屋だっただろ。タイミング忘れて言えなかったけど」

「ちゃんと覚えとけよ。ボクが忘れた時のために」

「うるさい」

 会話を断ち切りたい一心で、正面の両扉のドアをノックした。

「言っておくけど、ゴジラの10作目は決して悪い作品じゃないんだぞ。ただタイトルで全部台無しになってるってだけで」

「もういいよ」

 いつまで続けるんだ、とか思っていると、お入りください、という声がドアの向こうから聞こえてきたので、遠慮なくさびで開閉しにくくなったドアを半ば無理やり開け、迷わず室内に入り込んだ。

 

 何年も前に営業を停止した、部屋を飾るものが何も残っていない廃工場の一室。

 おそらくは十五年前のあの日、の侵入の被害に合ったのだろう。

 当時使用された機材やデスクは廃棄されているが、建物自体は解体の計画がなかなか実行されないまま、実質的放置状態で現在に至っている、といったところか。

 だからこそ、あらゆる場所に人が寄り付かなくなったここのような場所は、陰に生きる人間たちの集合場所としてはもってこいの場所となるのかもしれない。

 現に視線を正面に定めると、薄暗い部屋の中で、一人の銀縁眼鏡をかけた男性がこちらを見据えていた。

 歳は四十ほどで、高級そうなスーツと時計を身に着けている。こんな場所で落ち着いた佇まいをしているところから言って一般人ではない。


 或真が目線と顎だけで、キミが前に出て会話しろ、と促してきた。さっきまでの俺と会話してた元気はどこへ言った、と思うが、仕方なく前へ一歩出る。

「お待ちしてましたよ、畏崎鷹仁殿」

「……どうも」

 一見礼儀正しい優男だが、その態度も仮の姿でしかないのだろう。

 見た目通り真面目で賢い事務員であれば、俺たちのような人間を話し相手に選んだりも、こんな辺鄙な廃工場を待ち合わせ場所にしたりもしないはずだ。

「……例の情報とやらは持ってきてくれたのか? 消滅の女王クイーン・ヴァニッシーズの情報は」

 それはかつて大阪市梅田と呼ばれていた地域を占拠し、自分を崇める城を立てて現在その場に君臨している、ある女王の名前だった。もっともあのエリアを占拠している、というだけで、どの場所のどの建物に身を置いているか、までは割れていない。

 かつて梅田と呼ばれたエリアは、すでにここ―――計画都市・京都とは違う国なのだ。

 とある事情で、俺はその女王とどうしても話をしなければならなかった。

「こっちが情報をもらう前に、あんたらの交換条件を言ってくれると安心するんだけど」

 もちろん、情報をもらえるからと言ってすぐさま真に受けて信用するわけにはいかない。俺たち二人のような規模の小さい組織は、ひとたび嘘を握らされると死活問題となる。自分に情報をあたる代わりに相手がどのようなメリットを求めているのか、それを知ることが上表の信ぴょう性を裏付けると言えた。

「交換条件、ね。それはたった一つで十分ですよ、畏崎殿」

 銀縁眼鏡の男性は、こちらに向き直ると、こちらの要求に笑って応じて見せた。

 不気味な笑みを、ちらつかせて。

「……いや、《サイコ》の《ヒルカナ》殿」


 ――――――!?

 嘘と裏切りにまみれた、ろくでもない称号。

 それを意味する言葉を、目の前の取引相手は俺に向けて放った。

 横にいる青年以外の人間がその称号を口にすることに、俺は驚きを隠せなかった。

「……おい」

 或真が俺に何か言おうとしかけたのと同時。

 風穴があく感覚が、はっきりと胸から背中へと伝わっていくのが分かった。

 瞬間、水中にもぐったように視界がぼやけた。だが、目の前の男性が持っている銃器から、硝煙がこぼれている光景だけははっきりと見えた。

 直後、胸、そして口から熱い血が泥水のように流れていくのがわかった。

 死ぬかも。

 直感だけで、俺はその事実をはっきりと理解した。

 それは別に問題なかった。死に直面するという状況は、からだ。

 その時の俺の視線は、若者らしく未来に向けられていた。


 ―――戦いが始まる。


 今初めて直接会った他人が、俺をあの二つ名で呼んだこと。

 交渉相手の俺を、いきなり銃撃したこと。

 今現時点のような、自分の体が死に直面している事態。

 まだ成人にもなっていないこの俺は、確かにその物騒な状況に身を置いていた。

 LSPに乗って名誉のために《鳥》と戦う立派な兵士などではない。

 ただただみじめで、情けない人生を、それでもある目的のためだけに送ろうとしているのだ。

 消滅の女王クイーン・ヴァニッシーズ―――妹に、会うために。



「……そう言えばダイナイエローも大食いだったな」

「………………………………知るか」

 こんな状況で、なぜ俺は悪態をつけたんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロード・イン・ザ・ヒッチバース 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ