文化祭に向けて

 今年の緑葉女学館文化祭の開催日は十一月十一日の土曜日と割と遅い時期に開かれる。本来は文化の日前後の土曜日に行われるのだけれど、今年この日になったのは一並びの日ということで見た目的に縁起が良いから、ただそれだけの理由だった。実際にポッキーの日とかサムライの日とか、いろんな記念日に制定されている日でもあるから、参加者たちの印象に残りやすいと言えば残りやすい日である。


 さて、文化祭での出し物は多岐にわたる。文化部はもちろん、運動部の一部も出し物を出すことになっているが、見どころはやはり学級ごとの出し物だ。いかに個性的な出し物にするかクラスのみんなは頭を捻り、時として突飛もないモノが出てくるがそこは自由な校風を謳う緑葉女学館、よっぽど公序良俗に違反するものでない限りはNGにならない。例えば五年東組は「緑葉温泉」という名で足湯をやるし、二年西組に至っては校舎の二階から流しソーメンをやるという。


 対して我が四年北組の出し物はうどんとなった。緑葉温泉や流しソーメンに比べたらインパクトは薄いように見えるが、作るのはやはりただのうどんではない。


「よっしゃ、できた」


 本多小春さんが私に差し出してきた紙製のどんぶりの中には、通常の三~四倍ぐらいの太さを誇る麺がたった一本だけ、出汁に浸っていた。


「おおー……これはなかなか……」


 麺を箸でつまみ上げてみると、さながら白い大蛇のように見える。


 これこそが四年北組の出し物「一本うどん」である。別件で料理同好会の部室である第一家庭科室に立ち寄ったら、本多さんが試作品を作るから是非食べて欲しいというのでいただくことになったのだった。


「こいつは見た目的に受けそうだね」

「肝心なのは味。食べてみて」

「じゃ、頂きます」


 私は麺を口にした。名前の通り麺一本が丸々入っているので途中で噛み切らなければならない。味は思っていた以上に良かった。


「うん、すごい。コシがあってなかなか歯ごたえがあるよ」

「麺は手打ちしたからね。そこら辺のインスタント麺なんかとは違うぞ」


 本多さんは鼻息を荒くして、力こぶを作った。彼女の力でないとコシは出ないだろう。これは名物メニューになりそうだ。


 向こうのテーブルではもうもうと湯気が立っている。


「はーい、こっちもお待ちどおさま!」


 頭巾とエプロン姿の部活モードの団さんを見るのは今日が初めてだった。彼女が持ってきた皿には、こちらも通常の三~四倍ぐらいのデカさの巨大餃子が一個、ドンと乗っかっていた。


「これが料理同好会の出す『ドデカ餃子』だよ」

「これもまた凄いなー……晩ごはん食べられるかな? まあいいや、頂きます」


 私はタレをかけて、箸で適当なサイズに切って口にした。


「ん! ショウガが結構効いてるね」

「にんにくの代わりに入れたの。ニラも入ってないから口臭は大丈夫だよ」


 その代わりキャベツと白菜をたんまり入れているとのことだが、それらの甘みがショウガとよく合っていた。


 うどんと餃子を食べ終えると、団さんと本多さんが同時に「どう?」と聞いてきた。


「文句なしのOKです!」

「やった!」


 私はバインダーに挟んであった紙の「四年北組」「料理同好会」の欄に"◎"をつけた。ちゃんと生徒会の仕事として準備の進捗状況をチェックするために料理同好会まで足を運んでいたのであって、つまみ食いしに来たわけではない。


 次の場所に足を運ぶ前、私は団さんに声をかけた。


「狩野さんとはどう? ちゃんと連絡取り合ってる?」

「んふふふ」


 団さんはニヤけ顔になった。一世一代の勝負に向けて、着々と地ならしをしているようだ。


「この前馬の画像を送られてきたんだ。凄く可愛くて待ち受けにしちゃったよ。見る?」

「見る見る。うわ、本当だ! かーわいいー!」


 画像の馬は首をかしげながら、クリクリお目々でカメラ目線をやっていたものだから胸がキュン、となった。


 *


「さて、問題はここだな」


 私が最後に立ち寄ったのは管理棟の情報処理室。コンピューター部の部室である。


 問題と言ったのは何も過去に美術部との諍いがあったから、というわけではない。出し物はいつものようにゲームだが、その他に今津会長と美和先輩が直々にコン部に依頼した、というか半ば強引に押し付けた仕事があった。ただでさえゲーム作成には時間がかかると聞くのに、さらに仕事が重なるとなればかなりの負荷がかかっているな違いない。


 私が懸念しているのは、コン部部長の杭田冴子先輩の抱いているであろう不満が私にぶつけられやしないかということだった。


 私は情報処理室のドアを開けた。


「失礼しまーす……ひっ!?」

「菅原さんか。待ってたぞ」


 杭田先輩が薄笑いを浮かべて突っ立っていた。目にはクマができていて頬はこけて、髪の毛は乱れている。「生ける屍」という表現がしっくりくるぐらいにやつれきっていた。


「あ、あの、進捗状況の調査に来ました」

「入りなさい」


 中に通されたが、杭田先輩は「♪眠れないよーるー、奴らのせいだよー」と、何かのアニメのエンディングだったと思うが替え歌を口ずさんだ。やっぱり不満を持っている。ただで帰れないことを私は覚悟した。


「美音ー、生徒会の菅原さんが来たよ。アレ見せて」

「はーい」


 隣の準備室から、副部長の長岡美音先輩が顔を出した。やはり杭田先輩ほどではないがやつれている。先月の体育祭で見かけた時もそうだったけれど。


 立ち上がっているパソコンの一つを操作して、「コン部」という名前のフォルダーをダブルクリックする。そこには「いまづ」という名前のフォルダーがあり、さらにその中には「北(組)の偉大なる会長副会長様へ」という、某独裁者を連想させる不謹慎かつ物騒な名前の動画ファイルがあった。


「冴子、何よこのふざけた名前! 生徒会が見に来るっていうのに……」

「♪眠れないよーるー、奴らのせいだよー」

「……ごめんなさい菅原さん。部ではなく杭田冴子一個人の意見として受け取って」

「え、ええ。わかっています」


 長岡先輩は「緑葉女学館紹介動画」と名前を変えてから、動画を再生した。


 テクノっぽい音楽が流れ出して、ドラムの効果音に合わせて北校舎にある時計、体育館、中庭と学校の施設の画像が目まぐるしく変わる。正門が映るとリズムがさらにアップテンポになり、生徒の登校する様子が早回しで流れた。


 曲が止まると同時に裏山を背にした校舎の遠景に変わり、じわっと浮かび上がった葉とペンの校章に続いて、『緑葉女学館中等教育学校』というタイトルが現れた。


 合計十五分の動画のうち前半は学校の概要で、オープニングと打って変わってクラシック調の音楽をBGMとして長岡先輩のナレーションが流れる。後半はポップミュージックに変わって、生徒のインタビューだとか部活の様子だとか、学校生活について映されていた。


「どう?」


 杭田先輩は一通り見た私に感想を求めてきた。


「凄く手が込んでて、見応えがありますね。学校紹介といっても砕けた感じがありますし、受験生に対して校風をさりげなくアピールできていると思います」


 文化祭には来年緑葉を受験する予定の小学生と保護者もたくさんやってくる。その人達のために紹介動画を流すのが生徒会の出し物だった。いろいろ弱みを握られている杭田先輩には気の毒だったけれど、良い出来だから会長も美和先輩も納得してくれるはずだ。


「あははは、そうだろうそうだろう。ただでさえ勉強とゲーム製作が大変な中なのに会長様副会長様がありがたいお仕事をくださったからね。この前の体育祭名場面集もそうだったけどねえ。おかげで中間テストの成績は大暴落するしゲームもまだ全然できてないし。二人に言っといてよ、お前らろくな死に方しないぞって」

「ううっ、本当に申し訳ないです……二人に代わってお詫びします……」

「冴子、後輩に八つ当たりするのはよくない」

「はーいごめんねごめんねー。さーバグ取りしよーっと。あーあー、誰か私の頭のバグも取ってくれないかなー。♪ちょっと気になるー、BAGBAG♪ なんてねあははは……」


 杭田先輩はうつろな目つきで準備室に入っていった。だいぶ壊れてるようだ。長岡先輩に何度も頭を下げられて、なおさら申し訳ないと思った。


 *


「何か思ってたのと違う」

「あいつ、本当にセンスねえな」


 ノートPCで動画を見た美和先輩と今津会長の評価は辛辣だった。


「そ、そうでしょうか? 私は面白いと思いますが……」


 杭田先輩の苦労を思い私は遠回しに抵抗を試みたが、


「選曲がダサい。インタビューも内容がありきたりすぎる」

「もっとこう、グワーッと来るもんがねえんだよな」


 美和先輩はズバズバ斬り捨てて、会長の批判は抽象的過ぎた。


「作り直しかな」

「作り直しだな」

「ええっ!?」


 文化祭まで残り二週間を切っている。ゲーム製作でヒーヒー言っているのに、このままじゃ杭田先輩が死んでしまう。


 私は勇気を出して、もう少し粘ることにした。


「あ、あの!」

「あ?」


 会長が横目で睨みつけてくるように見てきたからビクッとなった。そのタイミングで、隣の給湯室兼控室から電話のコール音が鳴り響いた。会長と美和先輩以外席を外しているから、私が電話を取りに行った。


「はい生徒会室、菅原です」

『あ、菅原さん。麗泉女学院生徒会の愛宕さんって方からお電話が入ってるんだけど繋いでいい?』

「愛宕会長からですか?」


 事務員さんに繋いでください、と頼むと、すぐに声色が変わった。


『もしもし、麗泉女学院生徒会の愛宕と申します』

「もしもし、緑葉女学館生徒会の菅原です」

『あら、ごきげんよう菅原さん。お元気してましたか?』

「はい。この前はお世話になりました」

『それは良かったわ。ところで高倉さんはお手すきかしら? お話したいことがあるの』

「はい、少々お待ち下さい」


 私は保留ボタンを押して美和先輩を呼びに戻った。


「愛宕さんから?」

「はい、お話ししたいことがある、と」


 まさか気が変わってお断りの電話をかけてきたんじゃないかと不安が頭をよぎったものの、美和先輩はすぐに電話を終えて戻ってきた。


「麗泉さん、四日の日に緑葉に行きたいって」

「え、愛宕会長たちが来るんですか!?」

「うん。顔合わせする良い機会だし、OKって返事しといたよ。それで良かったよね、陽子?」

「おう、気が利くなあ。あたごっちを歓迎してやろう」


 まだ顔を合わせたことのない愛宕会長のことをあだ名で呼ぶ会長はすっかりご機嫌になっていた。その機を見計らって、私は提案してみた。


「愛宕会長たちにこの紹介動画を見せましょうよ。その、お二人は気に入らないかもしれませんが、愛宕会長たちにはウケるんじゃないかと思います。第三者の評価を知る意味でも……」

「これをー?」


 会長は急にしかめっ面になった。やばい、失敗したかな……?


「良いんじゃない? 確かに第三者視点の評価は必要かもね」


 何と、美和先輩が援護射撃してくれた。会長は腕を組んで唸る。


「私は嫌なんだけどなあ……でも四日まで時間無いから慌てて作り直したら余計に酷いのが出来そうでもあるな。わかった、これで行こう」

「ありがとうございます!」


 私は杭田先輩に代わってお礼しただけだが、お前が作ったんじゃないのにとばかりにお二方に呆れ笑われたのだった。


「まあしかし何だ、狩野蓮も来るとなるとあいつ団六花もウハウハな気持ちになるだろうな」


 団さんが吹っ切れたことは彼女自身の口から今津会長の耳に入れていた。会長も「私も骨を拾うから思い切ってやれ」と激励の言葉を送ったものだから、団さんはますます気炎を上げているのである。


「そうだ。良いこと思いついた。すがちー、ダンロップに伝えとけ」

「何をですか?」


 *


 その晩、団さんはグループメッセージで絵文字を多用したメッセージを連投してはしゃぎ回っていた。狩野さんから直接「行く」と連絡を貰ったからである。


『本番はあくまで文化祭だから先走って自爆すんなよ~』


 古川さんが爆弾の絵文字を三つ並べて送信すると、団さんも『わかってる!』と、ウインクしている顔の絵文字付きで返した。


『みんなも余計なアシストはせず、さりげなく振る舞うこと』


 茶川さんは絵文字無しでアドバイスした。


『みんなありがとうね。涙出そう』


 団さんはメッセージの前後に嬉し泣きの顔文字を何個も羅列させてきた。ちょっと不気味だ。


 ここで、私は会長からの言伝を送ることにした。


『会長がね、仲を一歩先に進めるために特別な仕事を団さんに与えるって』

『何、特別な仕事って?』

『あちらさんにお茶請けを作ってさしあげろ、と。つまり、お接待の場を借りて手作りお菓子を狩野さんに食べさせろってこと』


 団さんが何か変なキャラクターが「ひょえ~」と叫んでいるスタンプを送信した。


『どうしよー。お嬢様育ちの口に合うものをつくれるかな』

『大丈夫だよ。心がこもっていれば』


 私は末尾にハートの絵文字を付け足した。


『よーし、やってやるぞ!』


 団さんは鼻息を荒くしている顔の絵文字をたくさんつけて意気を示してきた。私も同じぐらいの数のサムズアップ絵文字を送りつけて応えた。


 文化祭が終わった後にはみんなでサムズアップできるよう、願いを込めて。

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