超常現象研究同好会
あれは十六日の夜だった。自室のテレビで『熱闘甲子園』を見ながらくつろいでいたところ、古川さんから『起きてるかー?』とLINEのメッセージが入ってきた。「はいはい、起きてますよー」と素早く送り返す。
『夜分遅く悪いな。十九日の件で姉ちゃんから伝言あるけど電話できるか?』
この日は河邑先輩が「ちょっとしたところに連れて行きたい」と言う日だったものの、詳しい内容までは知らされていなかった。私はもちろん「いいよー」と送信する。すぐさま着信が来た。
そして古川さんから聞かされた話に、私は頭を抱えてしまった。
*
何もかもが個性溢れる緑葉女学館。その中でも特に風変わりな部活が存在する。
超常現象研究同好会、通称超研。普段は何か活動をしていると聞いたことがなく、年に一度の文化祭でオカルトに関する雑誌を出しているのが唯一の目に見える実績である。
しかし今年、超研は何を思ったのか夏休みに心霊ツアーを開催することになった。県内にある心霊スポットに行き肝試しをする企画だけど、参加者を募った結果見事な「坊主」だったという。普通だったら中止という選択をするのだが、チャーターしたマイクロバスのキャンセル料を払いたくないのでどうでも開催したかったようだ。
そのとばっちりを私は食らうことになった。心霊ツアーに私が参加する羽目になってしまったのだ。超研代表である
『でもまあ、スリリングな一日になるんじゃね?』
と、古川さんはゲラゲラ笑いながら言ってきたけれど、もしも私の歓迎会に出られなかった先輩が必死に埋め合わせしようとしているという状況で無ければ、ソッコーで断っていただろう。私はホラーの類が苦手だから。
……というような経緯があって、十九日を迎えてしまった。岩彦駅から上り線を使って一つ隣の駅である
超研のメンバーはこの二名しかいない。ちなみに二人とも深緑色の生地に「緑葉女学館超常現象研究同好会」という、古印体フォント(漫画でよく見かける怖いフォントのことだ)で白抜き文字が印刷されたオリジナルTシャツを着ているが、正直言ってダサいことこの上ない。
一方、生徒会側で集まっているのは私と河邑先輩、下敷領先輩、古川さんと団さん。美和先輩はまだ実家から帰ってきておらず、茶川さんは声をかけて「行く」という返事だったが今朝になって唐突に「夏風邪をひいたので辞退する」と連絡が来た。
「あいつー、逃げやがったな?」
古川さんが悪態をついた。
「決めつけるのはよくないよ。本当に風邪ひいたかもしれないのに」
「いや、私にはわかる。あれは三年の修学旅行の頃だった。私は茶川と同じクラスでグループも一緒だったんだが、部屋のテレビでホラー映画見た後、あいつはビビって一人でトイレに行けなくなってた。あんな仏頂面だけど実は怖がりなんだぞ」
「そんな一面があったの? 無表情で『トイレについてきて』って頼む様子なんか想像できないのだけれど……」
「ねー、会長さんはまだ来ないのぉ?」
と、朝永さんがしびれを切らした様子で私に聞いてきた。集合時刻午後一時までまだ十分前だが、私も少し不安になってきた。
「確か会長の家の最寄り駅が三つ葉駅で、下り線使ってくるはずだから……」
「電話番号わかる? 聞いてみてよぉ」
「わかった、ちょっと待って」
私が電話をかける前に、団さんがスマートフォンを素早い指の動きで操作して時刻表を検索していた。
「えー? 大変だ。次に下りの電車が清和駅に着くの、出発時刻の後だよ」
「ってことは……遅刻確定?」
「全く生徒会長という立場にありながら、遅刻とは情けない限りだな! ムッハッハッハ!」
古川さんは
河邑先輩がハゲロン先生になりきった古川さんの肩を叩く。
「お生憎様。今着いたって連絡が来たわ」
「へ? どこに?」
ロータリーに「三つ葉タクシー」というステッカーが貼られた一台のタクシーがハザードランプを出して停車する。後部座席から降りてきたのは、紛れもなく我らが生徒会長、今津陽子先輩だった。
「おはよう皆の衆! 待たせたな!」
「お、おはようございます……」
「何だ何だ? 変な面して」
私は言おうか言わまいか迷っていた。今津会長の着ているTシャツには、かの有名な「二人の男に手を繋がれている小さい宇宙人の写真」がプリントされていたことに。超研Tシャツに対抗しているつもりなのだろうか……。
「いえ、まさかタクシーで来られるとは思ってなくて。お金かかったんじゃないですか?」
私はごまかした。
「いや、タダだよ。だって親父の会社のタクシーだし」
「お父さんのですか?」
運転席からサングラスをかけた男性が白手袋をはめた手でこちらにフレンドリーに手を振っている。会長も笑顔で手を振り返すと、タクシーはプッ、とクラクションを短く鳴らして去っていった。
「今の運転手は叔父さん。会社つっても小さくて運転手と従業員を全部今津一族で固めてる家族経営さ。本業は農家だがそれだけじゃ食っていけないからタクシーもやってるんだ。つっても客は爺さん婆さんか病院に行く患者か、終電逃した酔っ払いぐらいなもんだけどな。稀に物好きな観光客を乗せることもあるけど」
今津会長はそう言いながらも他のメンツを見渡して河邑先輩に「これで全員か?」と確認した。
「茶川さんも来る予定だったけど、急病ですって」
「あっそう。病気なら仕方ないな」
そう言いつつ自然な動作の流れで、古川さんのこめかみに拳をグリグリと押し付けた。
「あー、この感触久しぶりだわー」
「痛い痛い! 一体私が何したっつーんですか!」
「『生徒会長とあろうものが遅刻とは情けない』って言ってたわよ」
河邑先輩がニッコリ笑って告げ口した。
「おー? まだ集合時間十分前なのに遅刻と決めつけるとはふてえ野郎だな」
「一応野郎じゃないっす! ああああ痛い痛い痛い死ぬぅ! ただでさえ少ない脳細胞が死んじゃうぅぅ!」
「自分で言ってりゃ世話ないわな」
「ぎゃあああ!!」
頭蓋骨がメキメキと悲鳴を上げそうなぐらいに力を入れられた古川さんが絶叫する。会長のハードなコミュニケーションに耐えられるのは古川さんだけかもしれない。
「すいませーん、お取り込み中いいですかぁ?」
朝永さんが割り込んだ。
「これでもう全員揃ったんでしたらぁ、ちょっと早いけど行っちゃいましょう!」
マイクロバスはもうロータリーに着いていて、運転席でドライバーが退屈そうにアクビしている。狐塚先輩もベンチからゆっくりと立ち上がって頭をボリボリとかくと、
「それじゃ、参りますか」
と、ボソリと呟くように言った。
*
マイクロバスは20人乗りなのに9人しかいない。先輩たちには二列座席を使って頂いて空いた一つの座席を荷物置きにできるようにして、私達下級生は一列座席を使用した。
「その宇宙人のTシャツすっごく可愛いですねぇ! 鈴音も着てみたいですぅ~」
「そうか? 部屋着だけど場所柄合うんじゃないかと思って着てみたんだ。ハハハ」
会長は上機嫌になった。可愛いとは言い難いのだが、朝永さんのズレた発言が結果として会長をヨイショしている。
「で、どこに連れて行ってくれるんだ?」
「はいっ、それを今から説明しまぁす!」
朝永さんは立ち上がって、体勢を崩さないよう片手で座席を掴みながら通路に立った。
「はいみなさん注目~。今回、私達が向かうのは県境にある
「紫雲山!?」
叫んだのは河邑先輩だった。
「おやぁ? その様子だと正体をご存知のようですね~?」
「え、ええ。だって緑葉女学館にとって関係の深い場所でもあるもの」
「ならば話は早いですぅ」
しかし紫雲山について知っているのは河邑先輩だけのようで、私達他のメンバーは顔を合わせて一様に「知ってる?」「知らない。あなたは?」「知らない」といったやり取りを交わす。
「フフッ、知らざあ言って聞かせやしょう。でもここから先は鈴音より狐塚先輩の口から語ってもらった方が面白いと思うんでぇ、バトンタッチしちゃいま~す」
「え、私が話すのですか? しょうがないですね……」
狐塚先輩は気だるそうに立ち上がり、朝永さんと交替した。やはり朝永さんと見比べると、シャツから除く肌は病的に白く不健康に見えてしまう。
先輩がゆっくりと口を開いた。
「あれは遡ること八十と六年。昭和六年(1931年)の八月十六日、ちょうど今ごろの時期。緑葉女学館に互いを想いあった二人の女学生がいました。それはそれは友人関係というものではなく、恋人のように深くて、姉妹のように崇高な関係でした」
狐塚先輩は胸に手を当てながら、芝居がかった口調で語る。
「しかし彼女たちの親は二人の濃密な仲を知ってしまい、交際に反対しました。縁談をまとめて緑葉を中退させてお互いを引き離すことにしたのです。二人は決意しました。駆け落ちしよう、と。
そして夏休みに入り、二人は家を出ました。どこに行くというアテも無い逃避行です。ただ放浪を重ねて、二人だけの時を過ごしました。しかし両親の追手は確実に二人に迫り、逃走資金も底をつきようとしていました。
やがて、二人は追手に追い詰められます。そうして逃げ込んだのが紫雲山という、県境にある山でした。身も心もボロボロになっている彼女たちの耳に『出てこい、帰ってこい!』という親の怒声が届きます。
二人は結論を出しました。もうこの世には逃げる場所が無い、と。
そして二人は護身用に持ち出した小刀を取り出して、お互いの首筋を刺したのです!」
狐塚先輩の表情と首元に突き立てる仕草は迫真的で、寒気がする程だった。
「追手は二人を見つけましたものの時すでに遅し。血まみれの躯と化した彼女たちの顔は幸せそうに笑っていたそうです。
この女学生心中は地元はおろか、全国区でも有名になるぐらいセンセーショナルな事件となりました。しかし日本が戦争に舵を切っていく時代。直後に勃発した満州事変の煽りを受けて心中事件はたちまち忘れ去られてしまい、緑葉女学館においてもタブー扱いされることになりました」
「ん? ちょっと待ってくださいよ狐塚先輩。話の腰を折って悪いですが」
と、下敷領先輩が手を上げて敬語で話しかける。狐塚先輩は六年生だった。
「その心中事件は聞いたことがあります。だけど場所は校舎の裏山で、方法も首吊り自殺と聞きました」
「それは『緑葉女学館七不思議』の一つでしょう? 裏山から不気味な女性の呻き声がするという。これは私達超常現象研究同好会の研究により、紫雲山での心中事件を元ネタにした創作だと判明しています。呻き声の正体は音痴な生徒が裏山で歌の練習をしていたというもので、それが心中事件と融合して怪談になったものですよ」
「河邑、そうなのか?」
「ええ。確かに紫雲山の心中事件だけは事実よ。ひいばあちゃんが詳しい経緯を知っていて何度も聞かされたもの。タブー扱いされていたとはいえやっぱり伝わるところには伝わっていたみたいね」
「そういうことです。でも裏山の話はウソとはいえ、紫雲山には確実に幽霊が存在するのです。そのことについてお話しましょう」
狐塚先輩の口角がニヤリ、と上がり、私は思わず窓の外を見やった。
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