第29話 初めての敗北

 授業が終わるとすぐに、後ろから僕を呼びかける声が聞こえてくる。


「アラン! 昼休みは凄かったな。まさかお前が上級生に突っかかるとは思わなかったぜ? 見た感じお前は大人しそうだし」


 声の主の方に振り返った僕は、彼を視界に収める。するとゼベクトはどこかワクワクしているような感じだった。


「んー? そうかな? まぁ、いいじゃん。なんとなく気に食わなかったからって思ってくれてたらいいよ」


 ゼリオンたちとの関係を言うつもりもないし、もし説明するなら、昔小馬鹿にされたとかも言わなきゃいけなくなる。

 それにしても、彼はなぜにやにやとしてるんだ? そんな疑問を抱いた僕は、ゼベクトを訝しげに見る。


「本当か? あの子が可愛いからじゃないのか?」


 こいつはそう言ってフローラを指差した。それにつられた僕は、視線をフローラの方へ向けてしまう。

 その瞬間、彼女と目が合ってしまった。

 フローラは僕と横の列が同じだ。だから、たまたまこっちを見ていたのかもしれない彼女と目が合ったのか?

 軽い疑問が頭をよぎるが、そんなことよりも僕はフローラから目が離せなくなる。

 あの宝石のような赤い瞳に見られていると思うと、また心臓の音がやかましくなってきた。


「お、おい! アラン? マジか? 本当にそうなのか? 顔が真っ赤だぞ?」


 その言葉で我を取り戻した僕は、無理やり視線をゼベクトへ移す。


「べ、別に真っ赤じゃないよ! 僕はもう帰る!」


 何がなのかはわからないけど……何かが凄く恥ずかしく感じてしまった僕は、急いで席を立ち上がりドアへと走りだす。

 後ろからゼベクトが何か言っている声が聞こえるけど当然無視する。

 さらに、フローラが僕を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

 だけど、走りだした足の勢いが止まらない僕は、そのまま家へ向かう。


 帰り道にフローラとのことを考えていた僕は、なんであんなに心臓がドキドキしたんだろう? なんで顔が熱くなったんだろう? と自分で自分がわからなくなっていた。

 そんな状態でも、なぜか次々に彼女のことが頭に浮かぶ。

 明日からどうしよう? フローラに話しかけられると、僕が僕じゃなくなってしまうようで怖い。

 彼女が可愛いからなのか、目が合ってもドキドキした。うーん、フローラと模擬戦とかになったら困るかも――そこまで考えて僕は頭を振る。

 ダメだダメだ! 僕は立ち止まっていられないんだ!


 それにゼリオンたちのこともある。あっちは僕だって気が付いていなかったけど、全クラス対抗戦になったら僕の名前だってわかるだろうし、もしかしたらその前にわかるかもしれない。

 まぁ、僕のギフトをバラすわけがないから、それはいいんだけど。

 逆にそれをしてくれたら、あいつらが処分されるかもだから……それはそれで面白そうかも?

 うーん、僕って結構根に持つタイプだったのかなー? ああやって対峙して初めて自分の感情に気が付いたけど、うっぷんが溜まってたんだなぁ。

 目に物を見せてやりたいって気になったし、実際そうしようと思ってるのがいい証拠だ。


 そのためには……今よりもっともっと頑張っていかないと!

 明日は『身体学』があるって言ってたからそこで色々なスキルを見て自分のものにしていかないといけない! とはいっても、相手がスキルを使用してくれるかはまだわからない。


 学校ではギフトをバラすのが禁止だし、スキルはギフトを連想しやすくなる。そのことから、簡単にわかりそうなスキルだと、使わない人で秘密にする人もいると思う。

 まっ、それは個人個人で違うか。全員が全員使わないってこともないだろうし、ヒュージさんも冒険者学校に通ってた時は、模擬戦でスキルを使ってたって言ってたしそこまで深く考えないでいいかな?

 そんな風に考え事をしながら歩いていた僕は、不注意で人にぶつかって弾き飛ばされてしまう。


「いてっ」


「お、おい。大丈夫か?」


 な、なんだ? いくら不注意に歩いていたからといって、今のはまるでそこに壁があるような感じだった。

 よっぽど凄い人にぶつかったのかな? そう思い、僕は顔を上げてその人を観察する。

 すると、視界に入ってきたのは、短く切り揃えられた青い髪をした男性だった。

 その人は力強く全てを燃やし尽くしそうなほどの熱を感じる赤い瞳、鍛えに鍛えているのがわかるほどの身体付きをしている。

 さらに男性の観察を続けると、彼は非常に高そうな印象を受ける革の防具を着用しており、腰には剣そのものから何か力を感じるほどの名剣と思われる物を帯びていた。

 あれは……相当名のある武器なのだろう。


「お、おい! 大丈夫か? って返事がないけど、どこが打ちどころが悪かったのか? 俺も不注意だった。済まないな。てっきりお前さんが避けると思ってそのまま歩いちまったぜ」


 その男の人は人懐っこそうな笑顔を浮かべてそう言ってきた。

 すぐに立ち上がった僕は、その男性に謝罪する。


「僕の不注意ですみません。怪我とかもないので大丈夫です」


 被害を受けたのは僕の方だけど、もともとは僕の不注意だったからしょうがない。

 これからは気を付けないと。


「本当に大丈夫か? あの勢いでぶつかってどこも痛めてないとは。新しい防具も着用しているし、坊主は冒険者学校に通っているのか?」


「はい。そうです。今は冒険者学校の帰りですね」


「そうか、そうか。懐かしいなぁ。俺も昔は通ってたもんだ。おっと、こうしちゃいられない。今日は俺も用事があってな。お前は無事みたいだから、俺はここで失礼させてもらうぜ。学校頑張れよ! じゃーな、坊主!」


 その男の人はそう言うと足早に走り去る。その姿を見ていると、姿勢が綺麗で足運びに無駄がないなと感じた。

 うーん、あの人は相当強いんだろう。 僕なんてまだまだだ。

 ヒュージさんの息子のユーリオ君は、7歳で父親を余裕で超えていたっていうし、僕はもっともっと頑張って強くならないといけない。

 改めてそう決意を固めた僕は、しっかりとした足取りで家路に就いた。


◇◇◇


「ただいまー」


 家に入ってリビングに移動した僕を、ママが出迎えてくれる。


「おかえり、アランちゃん。初めての学校はどうだったの?」


「うーん、僕のクラスを担当してくれる先生は、試験の時に僕と模擬戦をした人だったよ」


「へぇー、そうなのね。模擬戦で戦って最後はあなたと武器同士がぶつかって、お互いの武器が壊れたって言ってたかしら?」


「うんうん、そうだよ。あの先生は強いと思う」


「それならアランちゃんのいい勉強にもなりそうね。よーし! 今日はアランちゃんが初めて学校に行った記念に、美味しいお料理を作ってあげる!」


 そう宣言したママは、僕に抱きついてくる。

 帰宅してすぐにおっぱい攻撃がなかったから今日はないと思ったんだけど、見通しが甘かったようだ。

 それを食らいながら僕が考えていたのは――フローラにこれをされたら僕はどうなっちゃうんだろうってものだった。

 しかし、すぐに自分を強く持つ。

 うーん、これはいけない。ダメだ! 僕は惑わされないぞ!

 こんなに僕を惑わすなんて……フローラはなんかスキルを使ってるのかもしれない! きっとそうだ!

 彼女にこれを聞かれたら、濡れ衣だとか言われるかもしれないけど……

 そうやってしばらくフローラのことを考えていると、僕はママの背中を叩くことをすっかり忘れてしまっていた。

 そのため、初めてママのおっぱい攻撃に敗北を喫することになり――そのまま意識を手放すことに。


「あ! アランちゃん! 大丈夫!」


 意識を手放す寸前に、ママの悲痛な声が聞こえた気がした。

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