第11話 100%解決する殺人事件
「犯人は貴方ですか? 奥さん」
「え? いや……違うと思いますけど」
「そうですか。夜分失礼しました」
マンションの扉を開けた住人が、突然の問いかけに何事かと首を傾げている。二人の男達は頭を下げて素早くその場を立ち去った。ひょろ長のボサボサ頭の男の方が、くたびれた顔でため息をついた。
「おい伊達。本当にこのマンションに犯人が住んでるのか?」
「間違いない。一軒一軒しらみ潰しに、徹底的に行くぞ真田」
「それはいいんだが……このマンション、二十階はあるぞ」
真田と呼ばれた男が再びため息をついた。そんな二人の元に、向こうのエレベーターから一人の少女が駆け寄ってきた。
「先生! ジュース買ってきました!」
「おお! でかした助手君!」
忠犬のように駆け寄ってくる少女の姿を見つけ、途端に真田の表情がぱあっと明るくなった。天の恵みとばかりに水滴の付着したアルミ缶を受け取ると、真田はそれを一気に飲み干した。一方で、伊達と呼ばれた黒縁メガネの方は、そんな二人には目もくれず、何やら広げた模造紙にひたすらバツ印を書き込み、ブツブツと独り言を呟いていた。助手と呼ばれた少女が小声で真田に耳打ちした。
「どうですか? 聞き込み捜査の方は?」
「嗚呼。それがさっぱりだ。このマンションには約八十人が住んでいるんだが、六時間経って、今やっと二十九人目が終わったところだ」
「本当にこのマンションに犯人が住んでいるんですか?」
「分からん……。だが伊達は、聞き込み調査のプロだからな。彼が聞き込みをして、引き出せなかった話など無い。専門学校の頃から、伊達の聞き込み能力はずば抜けていたんだ」
真田がちょっと誇らしげに鼻を鳴らした。
ここにいる二人の男達、真田と伊達は、同じ『名探偵擁立専門学校』を卒業した同期のライバルだった。ムラはあるが目にも止まらぬスピード解決の真田と、徹底的な聞き込みで粘り強く事件を解決する伊達。彼らは学生時代から一際目立った存在だった。卒業してからはそれぞれ独立し、今では二人とも立派な『名探偵』に成長した。特に伊達は、未だに事件解決率100%を誇る日本屈指の名探偵だ。
「悔しいが、どんなに時間がかかっても彼奴に解決できなかった事件なんて無い。彼奴はホンモノだよ」
「なるほど、それなら安心ですね。私、ちょっと見学してもいいですか? 伊達先生が一体どんなすごい聞き方で犯人を特定しているのか、気になります」
「別に構わんが……一体いつ終わるのやら。俺はもう、ここらで調査打ち上げでも構わないんだがね……」
真田が疲れた様子で欠伸をすると、伊達がジロリと彼を睨んだ。
「さっきからブツクサと……全部聞こえてるぞ、真田。俺はそんなにノロマか?」
「冗談だよ。だけどな、お前の推理方法は少し慎重すぎる。私ならもっとパパッと解決してみせるね。『お前が犯人だ』って、まず第一声がそれくらいの勢いだ」
真田が凝り固まった体を伸ばしながら、伊達を指差して決めゼリフを放った。明らかに集中力を失っている同業者に、伊達はため息をついた。
「気に食わんな。そんな当てずっぽうみたいな推理で犯人が分かってたまるか。よぅし、そんなに言うなら次はお前の番だ。さあ、次の階に行くぞ」
「先行っててくれよ……ちょっと疲れた。下でパンケーキでも食ってくるよ」
「フン。呆れた名探偵だ。待ってるから、さっさと来いよ」
「分かった分かった」
眼鏡の奥を光らせる伊達から逃げるように、真田はそそくさとエレベーターに向かった。
□□□
「先生。そう言えばこの間の伊達先生との聞き込み調査なんですけど……やっと犯人が捕まったみたいですよ。今日の一面に載ってました」
後日。探偵事務所にやってきた助手の少女が、真田に駆け寄ってきてそう告げた。入り口から正面の机に陣取っていた真田は、ぱあっと明るい表情を浮かべ顔を上げた。
「おお。やっと解決したのか。伊達には悪いことしたよ……結局あの後、疲れてそのまま帰っちゃったもんな。それで、結局犯人はやっぱりあのマンションの住人だったのか?」
「ええ」
「誰だ?」
「伊達先生本人です」
「何だって!?」
椅子を斜めにして踏ん反り返っていた真田は、そのまま後ろにひっくり返った。机の向こうから、助手が新聞に顔を半分埋めたまま真田を覗き込んできた。
「大丈夫ですか? 先生」
「……ってぇ……! これが大丈夫なものか! 伊達が犯人!? ありえない! 彼奴は探偵専門学校首席だぞ」
「でも……読んでくださいよこの記事」
床にひっくり返ったまま、真田は助手から差し出された新聞記事を引ったくった。そこに載っていたのは、あの時の事件の紹介記事と、『容疑者』として写された伊達の顔写真だった。
「馬鹿な……!?」
助手が真田の方に回り込んで記事を覗き込んだ。
「こう書いてあります。【彼はその徹底的な捜査で解決率100%を誇る新進気鋭の名探偵だが……】」
「そうだよ! 何故彼奴が殺人なんて馬鹿な真似をしなきゃいけないんだ?」
「よく読んでください。【だが、彼にはもう一つ裏の顔があった。それは自ら事件を作り出し、気に食わない人物を犯人に仕立てあげることである】」
「何!?」
真田が絶句した。助手が真田を助け起こしながら呟いた。
「確かにそれなら、事件解決率は100%ですね……。何しろ自分で考えたトリックを、自分で解いてるんですから」
「その手があったか……」
呆然とする真田を、助手が冷たい目で睨んだ。
「そんな手はありません。ダメですよ先生、悪い人の真似しちゃ」
冗談だよ……と苦笑いを浮かべつつも、真田はショックを隠しきれない顔で椅子に座りなおした。確かに推理小説などでは、探偵役の語り手が実は真犯人だったなんてことは偶にある。だが、長年慣れ親しんだ同業者がまさかこんな裏の顔を持っていただなんて、真田には受け入れがたい事実だった。助手は続けて新聞を読み上げた。
「記事によると、伊達先生は今回も誰かに罪を被せるつもりだったらしいですよ。何故か計画が狂ったらしいですけど」
「気に食わない人物を犯人にする、か……」
「よかったですね先生。伊達先生に気に『食われ』てて……」
「……フン。どうだかな……とんだ食わせ者だよ」
消沈する真田の様子を見て、助手がそっと煎れ立てのお茶を差し出しながら優しく呟いた。
「先生、元気出してください。……今度パンケーキでも食べに行きましょうよ」
「……岡君。私達の事務所の解決率はどのくらいだ?」
「え? えーと、大体四回に三回は失敗してますから……25%くらいじゃないでしょうか?」
「ふむ。そっちの方が何というか……『ホンモノ』っぽいな」
自らの『ホンモノ』っぽさに満足したのか、真田は寂しげに少女に笑って見せるのだった。
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