第6話 台本通り殺人事件 前編
『「犯人は貴方ですね、奥さん」
探偵は台本通り広間に集まった関係者の中から、台本通り啜り泣く貴婦人を指差してそう告げた。トリックを見事にバラされた犯人が、台本通り観念したように首を垂れる。
「その通りですわ……」
小鳥の囀りのように小さく呟かれたその言葉に、その場にいた全員に台本通り衝撃が走る。崩れ落ちる犯人を、そばにいた白髪の執事が台本通り慌てて支えた。
「そ、そんな……まさかあんなトリックが……!」
「何て台本通りな女なんだ!」
驚いた顔で犯人を取り囲む関係者達。その輪から抜け出すように、探偵はそっと広間の隅へと移動した。台本通り見事事件を解決し、一息ついている彼の元に、向こうから助手をしている若い少女が台本通り駆け寄ってくる。
「やりましたね真田先生! 今回も台本通り一行目で事件を解決しましたね!」
「嗚呼、助手君。最早何も言うまい。台本通りに事が進んで、怖いくらいだよ。『犯人は貴方だ』……こんなにも早く、この台詞を使うことになるとはね」
ぼんやりと上の方を見上げながら、真田と呼ばれた男は得意げに笑った。』
□□□
『「一体動機は何だったのですか、奥さん。何故貴方があれ程までに台本通り愛した夫を……」
「うぅ……それは……」
床にしゃがみ込み、執事にしな垂れかかった貴婦人が、目を潤ませて話し始めた。
「私は……私は夫を愛していました。しかし彼は『仕事だ』と嘘をつき、隠れて若い女と台本通り毎晩逢瀬を重ねていたのです……。悔しかったの、悪いことをしているのはあの人の方なのに、何故私だけが独り涙を流すのかと……!」』
「長い、長い」
退屈そうな顔をして台本を読んでいた真田が、手を上げて彼女の話を遮った。
「実際の犯行現場では、そんなに理路整然と犯人は喋ったりしませんよ。まるで台本があるみたいだ」
「あ、はいすみません……」
「でも先生。これは実際に台本がある殺人事件なんですから、それで合ってるのでは?」
台本を片手に、助手が慌てて貴婦人役の学生をフォローした。真田が顔をしかめた。
「ダメだ。私が監修を務める以上、この学芸会は何としても台本以上のものに仕上げなければ。折角の助手君の晴れ舞台じゃないか」
「ハァ……。もう……何で先生にパンフレット見せちゃったんだろ」
張り切る真田を尻目に、助手の少女は小さくため息を漏らした。
「あれが絵里のタイプなん?」
「違うってば!」
後ろでニヤニヤと笑う学友に、絵里と呼ばれた少女は慌てて反論した。
二人が今いるのは、絵里が通う近隣の高校の体育館だった。その高校で近々行われる学園祭で、演劇部の彼女が『ミステリィもの』の劇をやると知った真田は、『自分も見たい』と言い出した。やはり、最近仕事が無く暇していた真田に見せるべきではなかった、と絵里は後悔した。
そして案の定、探偵役の学生が風邪でダウンし劇の練習ができないことを聞くと、真田はすかさず代役を買って出たのだった。本物だろうが作り物だろうが、目の前に謎があると目を輝かせるのがこの真田という男だ。挙句いつの間にか『監修をしてやる』と言い出す真田に、流石の絵里も辟易としていた。
友達のクスクス笑いに、必死に気づかないふりをしていようと、顔を赤らめる少女。そんな彼女には目もくれず、真田は学生達に張り切って指示を出していく。
「それから動機も何かありがちだな。もっとセンセーショナルな、訳わかんねえ奴に変更してくれ。それじゃ観客の関心を引けん」
「いいじゃないですか別に! そこは口出ししないでください」
「助手君。ミステリィの醍醐味といえばやはり『トリック』。それに『犯行動機』じゃないかね。人と人が織りなす、愛憎絡み合うドラマ。いくらフィクションとはいえ、ここを作りこまないでどうする。そういえば、肝心のトリックの方は、もう出来上がってるのか?」
「ええ」
真田の言葉に、絵里の隣にいた眼鏡の大人しそうな女子高生がおずおずと手を上げた。自ら手がけた分厚い台本を覗き込みながら、女学生が真田に熱心に説明し出した。
「一応この劇は学園祭の開催に合わせて前編、中編、後編に分かれてます。昨日練習した前編の事件編では、【演劇部が学園祭で『ミステリィもの』の催しを練習している最中に、本物の殺人事件が起こってしまう】……という内容になっています」
「なるほど。『劇中劇』という訳か」
「劇は中編で次の話に進んで……【登場人物にも観客にも最初の台本通り殺人事件が起きていると思わせておいて、実は『犯人によってシナリオライターが事前に殺され、その台本自体が書き換えられていた』】というアリバイトリックを用意しています。台本は二冊あったんです」
「ほお……それは、複雑だな」
真田が曖昧に返事をした。そんな真田を見て、絵里は女学生に聞かれないように、こっそり真田に近づき小声で釘を刺した。
「別にいいでしょう? 学生の出し物なんだから……どっかで聞いたことあるようなミステリィでも」
「私は別に何も言ってないぞ。それに、『なぞらえ殺人』は最早ミステリィの伝統芸だよ。古くからその土地に伝わるわらべ唄や伝説になぞらえて、殺人事件が起こる。今回の劇はそこに、そのベースとなる『なぞらえ元』自体を書き換えるという捻りが加えられている。中々良い台本じゃないか。次はどうなるんだ?」
「えっと。それは、次の話に……」
「嗚呼。早速台本を捲ろうじゃないか」
自分の書いた台本を褒められ、頬を赤く染める眼鏡の女学生。彼女に促され、真田は早速次の話に進んだ。
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