第3話 四千年前殺人事件

「犯人は貴方ですね、奥さん」


 探偵が静かにそう告げると、それまで祈るように彼を凝視していた女性が、ゆっくりと瞳を閉じる。犯人と名指しされた彼女はふう……っと小さく息を吐くと、観念したように首を垂れた。

「مع السلامة」


彼女の罪の告白に、周囲はどよめく。どうやら一件落着のようだ。

「なんてことだ……まさかそんなトリックが……」

「何て奇妙奇天烈摩訶不思議な女なんだ……」

 探偵の推理が終わると、待機していた警察が犯人を取り囲んだ。部屋の片隅で固唾を飲んでその様子を見守っていた女子高生が、嬉しそうに探偵の元へと駆け寄った。


「やりましたね先生! また一行目で事件を解決してしまったんですね!」

「助手君。『で』じゃない。『が』だ」

 長身の探偵が、呆れた表情で少女を見下ろした。


「ところで先生。犯人は最後なんて言ったんですか?」

「フフフ……要約するとだな、『観念しました。さすが名探偵・真田一行目先生。やはり貴方には何もかもお見通しなのですね』ってところだ」

「要約の方が長くなってません?」


 不思議そうに首をかしげる小柄な栗毛の少女の頭をポンポンと撫でて、名探偵・真田一行目は上の方を見上げながら得意げに笑った。


□□□


「かんぱーい!!」


 その日、二人は事件解決のお祝いに、近くの割烹料理店を訪れていた。ここのところ何かと金欠の真田だったが、今回ばかりはそんな心配も無用のようだった。何せこの事件を解決すれば、依頼人から莫大な追加報酬をもらえる予定なのだ。一週間前に探偵事務所にやってきた依頼人は、見たこともないカラフルな民族衣装を着た、中々怪しげな人物だったが、金に困っていた真田はこの依頼をあっさり快諾した。そしてあっさり解決してしまうのだから、やはり名探偵と自ら名乗るだけのことはある。小綺麗な個室で、運ばれてきた熱々のホッケを頬張りながら助手が尋ねた。


「それにしても先生、今回の事件。被害者も加害者もどこか異国めいていたというか、絶対日本人じゃないですよね? ほぼ九割言葉通じてなかったし」

「嗚呼。今思うとボディランゲージと一方的な日本語のゴリ押しだけで、よく解決できたもんだ。彼らはきっと、エジプトとか、アラビア系の人間なんだろう」

 助手が首をかしげた。

「うーん。それ以上に何か振る舞いが異質というか。犯人なんか連行される時もずっとツタンカーメンのお面被ってたし。ただ単に外国人って以上に変な人たちでした」

「そうだな……面白い話をしよう。君は『トローンマン』というのを知っているか?」

「ドローン……少年?」

「違う!」

 真田が口からホッケを発射した。追加で頼んだ麦酒を一気に飲み干す。


「『トローンマン』というのは、紀元前四世紀前に生きていた男性の遺体だ。一九五〇年、デンマークのユトランド半島で遺体として発見された彼は、そのあまりの保存状態の良さから、『最近の殺人事件の被害者なんじゃないか?』と疑われたほどだったんだ」

「なるほど」

「その原因は湿地帯に沈んでいたため。『トローンマン』の正体は自然と屍蝋化し腐らないでいた、超古代人の『湿地遺体』だったというわけさ」

「それと今回の事件に何の関係が?」

 助手の不思議そうな顔に、真田はにやりと笑みを返した。

「つまり、今回の事件の関係者はもしかしたら外国人じゃなくて、超古代人だったんじゃないか……という話さ」

「はぁ?」


「思い出してみろ。彼奴らのいた現場のことを。どこか古い遺跡を思い出させるような異質な建物に、よく分からない言語。今回の依頼人だって、怪しげな男だったじゃないか。きっと何らかの形で冷凍保存されていた彼らが、現代に蘇って殺人事件の続きを始めたんだ」

 饒舌に語る酩探偵を、呆れた目で助手が睨みつける。

「先生。相当酔ってますね。大体何故彼らが、数千年の眠りから覚めてまで人を殺さなきゃならないんですか」

「ハッハッハ。まぁ、ロマンじゃないか。数千年前の遺体と容疑者を、現代の私達が解決するなんて」

「ありえないですよ。それより依頼人からの追加報酬はまだなんですか? ここで待ち合わせているんでしょう?」

「失礼。もう来ている」

「うおッ!?」


 いつの間にか横に座っていた民族衣装の肌黒い人物に、真田が飛び上がった。依頼人だ。さっきまではいなかったはずなのに、どうやってここに座っているのだろうか。助手が口からホッケを発射した。

「ミスターサナダ。事件を解決していただきどうもありがとうございました」

「ど……どうも」

「流石名探偵。おっしゃるとおり、彼らは四千年前のここで殺人事件を犯したのです」

「はぁ?」

 真田は首をかしげた。突然現れた彼の言葉が、一切理解できないようだった。

「私、実はタイムパトロールのアローンマンというものです」

「え?」

男が差し出した見慣れない名刺を受け取り、真田は酔った頭をより一層混乱させた。

「彼らは四千年後…つまり六〇一×年の人間なのです。彼らはこの時代で言うところのマフィア、ギャングです。過去に遡れば法を逃れると知った彼らは、あろうことか『時空殺人法』が曖昧になっている二〇〇〇年代にまでタイムスリップし、そこで証拠隠滅も兼ねて殺人を犯したのです」

「はぁ」

「ウカツに我々が顔を出せば、危うく歴史の流れを変えてしまうところでした。ありがとうサナダ先生。貴方が未来を救った!! 貴方は時をかける名探偵だ!!」

「そうなんですか……」


 アローンと名乗った男はひたすら涙を流し真田に頭を下げると、しばらくして襖を開けて店を出て行った。唖然とする真田は一歩も動けず、同じくぽかんと口を開けたままの助手と目を合わせた。

「追加報酬……」

「……四千年払いなんですかね?」


□□□


 その後依頼人が見つかることはなかった。名刺に書いてあった住所は、調べてみると木星あたりだった。四千年後には木星にも住めるようになるのだろうか。店の代金はローンで払うことになった。こうして名探偵・真田一行目の四千年『前』の殺人事件は、騒がしく幕を閉じたのであった。

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