無を嘆く

彼は悲しんだ。街中のショーウィンドウも綺麗に飾りつけた手鏡も、嘘ばかりだ、私が見たいのは私自身の真実だと、強く願い続けてこの泉へ導かれた。馬鹿らしい都市伝説であっても、見てみればあるいはという可能性を信じこんでようやく時が来た。今、待ちわびた希望とも言うべき鏡には、冷然かつ判然と事実だけが映る。叩いても砕いても翻ることなく、どこまでも追いかけてくるドッペルゲンガーはそれこそ質の悪い都市伝説のように、いつか彼を取り殺すのではないかと思われた。もうこの世の何処にも自分を映すものはないのだと悲嘆に暮れる頬を、冷たい水が流れ落ちる。

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