10

 空白の刻は、怠惰性のイトスにとっては非常に長いものに感じた。長椅子の上で寝そべるように体勢を楽にしながら、時折打って変わって真剣たる面持ちで、先程の手紙や積み重なった中から分厚い本を手にしては、ミドセが目を通している姿を眺めていた。


 ――何度欠伸が出ただろうか。


「なぁ、ミッチー」


 沈黙に耐え切れなくなったイトスが口を割る。ミドセの目線がそれに伴ってイトスに向いた。


「場所なんかさ、そこに書いてあるのか? 最初から来てほしくないのだったら移動した場所なんか書かないだろうよ」

「いや、書いていたよ。まったく遠回しに書いてくれるから面倒だったけど」


 間髪いれず返ってきた言葉――イトスは不可解な面持を見せた。


「ってことは……まあお前の話が長くなっても面倒だし簡潔に聞くぜ? お前の言ってたなんかの目星はついたのか?」

「そうだな」


 ミドセはそういいながら、椅子の手すりを枕にして寝息を立てていたリィノを小突くように起こす。


「一応ついているよ。僕としては、少し必要なものを用意していただけ……君も含めて他に任せるには頼りないもの。時間を掛けた分のことはやったから、大人しくついてきて」

「ああ……どうにでもなるならそうするぜ」


 イトスはそれにひらひらと手を泳がせて合図したあと、ようやく重い身体を起こした。準備とは何をしていたのか。イトスには到底わからないことだが、ミドセは見合ったことをやったのだろう。と他力本願な安堵感を若干ながらもっていた。


「で、俺なんだけど、何か要る奴あるか?」

「そうだな……武器は何か持ってる? 万が一に備えての話だけど」

「いつも持ってる銃くらいならとりあえずは」

「そう、じゃあそのくらいで恐らくは事足りるさ……ほらリィノ、行くよ」


 ミドセは目線を特にイトスへは合わさず、リィノの身体を揺さぶっていた。しかし半覚醒なのか、開いた青紫の目の焦点はあっていない。


「あー……えっと?」

「リィノ、君が責任持ってくれないと進まないんだ」


 ミドセはとりあえずで立ち上がらせたが、覚束ない足取りと、再度床に崩れた姿に呆れて息をつく。そのまま無言でリィノを背負うと、何事もなかったように一つだけある扉へと歩を進めた。


「珍しいな、いつもは痛めつけてでも起こすっつーのに」

「あのね、何でも武力行使するほど、僕は馬鹿じゃないから。それにどうせ時期がきたら起きないといけなくなるよ、嫌でもね」


 イトスはそれに続くように後ろから数拍遅れて歩きながら、そのミドセの言葉に首を傾げる。しかし考えても無駄だと判断したのか、すぐに思考を振り払って、開けられた扉から廊下へ出た。


 清潔とも言えない、瓦礫が転がる廊下を横切るように歩き、突き当たりにある両開きの扉の前まで進む、ミドセが扉横の装置に入力をすると、重みのある扉の音が、それでも僅かな音を立てて左右へと開いた。このエレベーターも随分と馴染みがある。そのまま三人を乗せると、いつも通りゆっくりと、下降を始める。


「とりあえず、簡単にこの後のことを説明するよ」

「おう」

「まず、アシュロだけどこの時間に来ると言っていた。運が良ければ合流して彼女も連れて行く。そのあと転移装置でセドやクノンが行った場所に移動する。あとは環境が変わってなければまた指示する」

「相変わらず慣れてんな。環境が変わってなければ……ってことは行ったことある場所ってことか」

「うん。……何、その時の話でも聞きたい?」

「いや、遠慮しとく」

「そう……事前知識を頭に入れるだけでももう少し聡くなるものなんだけど、残念だよ」


 ミドセは見下すように笑いながら肩をすくめた。


「あら」


 最下層に着き、扉が開いたと同時に声をかけた主は、予見していた通りアシュロであった。アシュロは一通り面子を見回したあと首を傾げる。


「皆揃ってどっか行くの?」

「あぁ、君に聞くまでも無いんだけど、着いてきてくれない?」

「もちろん、どこ行くかはわかんないんだけどね!」


 アシュロの返事は、快諾と言わんばかりの明るい表情だった。一拍、扉が閉まったことを確認し息をついた後、ミドセは背負っていたリィノをアシュロに抱えるようにして渡した。


「その前に、これ起こしてくれない?」

「いいわよ、ちょっと待ってね!」


 アシュロはリィノを抱え直した後、彼らに背を向けて何かを口にし始めた。相変わらず遅れた反応を見せつつイトスはミドセに口を開く。


「俺さ、少し疑問があるんだけど」

「何について?」


 イトスからみて背をむけたままのミドセは、身体すら向けないまま言葉を促した。


「手紙に場所、書いてあったんだよな? クノンと最後に会ったのはあいつより俺が早かったから、どう考えてもそんな時間ないと思うんだ、だから」

「推測だけど、僕が伝えたことに偽りがあったんじゃないかって、君は思ったのかい?」

「ま、そんなとこだな」

「君が珍しく思考したことについては誉めてあげるよ。……そうだな、君は確か外界への降り方を忘れているんだと思う。あの装置の入力画面には履歴が残るんだ。もちろん基本的に個々が利用するのは個別認識した上でのものだから他人から履歴も見えないものなのだけど、セドが解ったとするのなら、共用の物を利用したんじゃないかな。まあ推察にすぎないんだけど」

「外界に行ったことがあったかすら忘れてたぜ。それならいい」

「ああそうだ、忠告しとくよ。折角優秀な同胞が味方についているのだから、あまり揚げ足をとらないで欲しいな、敵に回したら面倒でしょ」

「おう……そうする」


 イトスが納得したかはともかく、話の区切りを締めた時期と、リィノの悲痛そうな声が聞こえたのはほぼ同時のことであった。

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