狐と狼とウサギ

「おい、人間もどき目を覚ませ。起きないとお前の魂を食ってやるぞ。」


 しわがれた爺さんのような声が頭から降ってきた。確か、昨日は自分の部屋で寝たはずだ。それなのにどうして私を起こす声が聞こえるのだろう。まだ夢は冷めていないらしい。二度寝を決め込み、布団を頭からかぶって、声を遮断する。


「桜華があいつにやられたのはおぬしのせいでもあるぞ。責任をどうとってくれるのだ。」


 その声に飛び起きた。そうだ。こんな悠長に寝ている場合ではない。西園寺さんが瀧さんに殺されて子どもの幽霊にされてしまい、雨水君は行方不明となってしまうという大変な

出来事を経験したばかりなことを思い出した。


 改めて、声の主を観察する。声から想像して年寄りの老人を思い描いていたのだが、そこにいたのは狐の耳と尻尾を生やしたケモミミ少年だった。家にまでケモミミ少年が現れるとは。しかし、瀧さんの塾の生徒に狐の耳と尻尾を持った少年の幽霊は居なかったはずだ。いったい、この子は誰なのだろう。


「やっと目覚めたか。全く、神である我に起こさせるとはなんて無礼な人間もどきめ。さっさと支度をして出かけるぞ。」


 この状況を理解できないまま、私は少年の言われるがまま、出かける支度を始めた。


「行ってきます。」


 誰もいない家に向かって声をかけて家を出る。昨日が日曜日だったので、今日は平日の月曜日である。大学の授業どころではないので、そのまま少年の後を追うことにした。私の両親は仕事があって結局、今週一度も家に帰ってこなかった。



「さて、これからどうするかだが、我は桜華が死んでしまった今、それを桜華の父に知らせるべきか迷っている。桜華から話は聞いていると思うが、我は彼女の身代わりをしていた。しかし、彼女は昨日無残にも殺されてしまった。殺されて、瀧とかいう男にとらわれてしまった。お前はどうしたい。桜華はお前のことを気に入っていたようなので、意見を聞いてやる。我は桜華が死んだのでこれで晴れて自由の身となった。お主が望むなら、桜華の仇をとる手伝いをしてやってもよいぞ。」



 どこに向かっているかもわからないまま、とりあえず狐少年の後をついて歩いていると、 狐少年は嫌に年より臭いしわがれた声で私に問いかけてきた。この少年がいまだに誰かわからないが、私は西園寺さんたちを救いたいと思った。もし死んでいないのだったら、助け出したい。もしそれが無理ですでに死んでしまっていても、魂だけでも安らかに成仏させてあげたい。瀧さんが犯人だとしたら、瀧さんを捕まえてそれ相応の罰を受けてもらいたい。


「主の考えは大体わかった。だがその前にお前の能力と正体を先にはっきりさせておく必要がある。お主は………。」


 ここで狐少年は口を閉ざした。

 先ほどからこの狐少年は私のことを人間もどきと呼ぶ。もどきがついているのはなぜだろう。確かに私は普通の人とは違っている。しかし、人間の範囲内での違いだと思っている。それよりもまず、この狐少年は一体誰だろう。会話からうすうす予測はできるが、これからのことを考えると、ここで正体をはっきりさせておきたい。


「私の能力などはあとでいいですから、あなたの正体を教えてください。あなたは一体何者ですか。」


「われの正体を知らずについてきたとは思えないが、お主が思っている通り、私は西園寺家を守護している神だ。西園寺家の初代当主と契約して代々西園寺家を守護し、繁栄をもたらしている。その契約は血の契約。そのため、奴の子孫にもこの契約は反映される。しかし、その契約もつい先日終わった。我はもう西園寺家にとどまる必要がない。我が離れれば、西園寺家は終わるだろう。桜華が死んだ今、もうこの世に西園寺の直系は存在しない。西園寺の直系となる子は桜華で最後だからな。あの家から出られてせいせいするわ。人間の生は短いとは言え、こう何代も面倒を見ていると飽きて来るものだ。だから、本当のことを言うと、あの瀧とかいう男にはある意味感謝もしている。我は直接西園寺のものに手出しはできないからな。」


 狐少年は自分の正体を話してくれた。やはり西園寺家の狐の神様だったのか。自分の守るべき相手である西園寺さんが死んだことを嬉しがっているように見える。いくら神様だとは言え、不謹慎ではないか。

それにしてもかみさまにしては威厳がないような気がする。しかし、さすが神様なのか、私の心はどうやら読むことができるらしい。


「威厳がないとは失礼な。この姿の方が何かと便利だと思ってこの姿をとっている。普段は気高き狐の姿なのだ。それと名前だが、九尾という高貴な名がある。狐少年ではない。桜華が死んだことを嬉しがっているということだが、別にそんなことはない。ただ、死んでしまった人間を悲しむということを我はしないだけだ。人間はいずれ死にゆくもので、その時期が桜華は早かっただけだ。」


「まあ、早めた原因は我にあるのだがな」と最後にぼそっとつぶやいた。そのつぶやきは私の耳には入らなかった。

 

 九尾ということは尻尾が九本もあるのだろうか。とりあえず、この狐の正体はわかった。次は狐少年、九尾が話しかけていた私の能力だ。


「そうだ。お前の能力を説明せねばならないな。その前に腹が減った。朝ご飯が食べたい。ファミレスのランチで大丈夫だ。」


 神様もお腹が減るのか、新たな発見である。私もまだ朝食は食べていないのでお腹が減っている。話しながら歩いていて気付かなかったが、いつの間にか近くのファミレスの前まで来ていたらしい。ご飯が食べたくてここまで歩いてきたのか。そして、九尾がお金を持っているとは思えないので私におごってくれということだろう。

 しかし、あることに気がついた。九尾の姿は人に見えるのだろうか。もし見えているのだとしたら、狐の耳や尻尾は隠さなければならない。


 改めて、九尾の姿を確認する。身長は私より低く、中学1年生ぐらいだろうか。髪は白に近い金髪で肩までの長さで目の色は金色である。服装は意外にもパーカーに半ズボンという格好だった。パーカーで頭を隠して尻尾はパーカーの中にいれれば何とかごまかせるだろう。


「人には我の姿は見えている。耳や尻尾も当然見えるが、隠せば何とかなる。そのために服を現代のお前たちに合わせてある。」


 どうやら耳や尻尾の心配はしなくてよさそうである。


 ファミレスに入り席に着くと、九尾は朝からステーキセットを注文した。さらには追加でパフェとジュースも頼んでいた。朝からよく食べる神様である。私は朝食セットがあったのでそれを頼むことにした。パンと目玉焼きとスープがついているものだ。


「久しぶりに庶民の味を食したな。しかし、やはり肉は良いな。食べると力が湧いてくる。」


 鉄板に乗ったアツアツのステーキを器用にナイフで切り分け、口に運ぶ九尾。しばらく私と九尾は黙々と食事を続けた。


 ステーキを食べ終わり、九尾はデザートのパフェを食べ始める。そろそろ本題に入ってもいいころだろう。


「九尾は私の能力を知っているようですけど、いったいどんな能力があるか話してくれますか。」


「うむ。お腹も膨れてきたことだし、話を始めるとするか。」


 こうして、九尾による私の能力の説明が始まった。


「お主の能力は2つある。一つは予知能力。未来を見ることができる。しかし、見ることができるといっても夢で見ることができるだけだ。夢で見た映像と現実が重なったことはあるだろう。それともう一つは言霊を操る能力。これはまだ発動したことはない様子だな。簡単に言えば、言葉で他人を従わせる能力を持っているということだ。ただし、能力者や人ではないもの、幽霊限定で普通の人間には通用しないようだが。これは自覚していないと使うことはない能力だろうな。ただし、危機的状況陥ったり、感情のコントロールが制御できなくなったりすると発動することもあるようだ。ただし、お主はまだその状況に陥ったことはないようだな。」


 なるほど、予知夢を見る能力か。これには心当たりがある。最近、変な夢をよく見るのはそのせいか。もう一つの言霊を操る能力はわからない。九尾も言っていたが、まだ発動したことがない能力らしい。これはおいおい考えていこう。


「能力はこの二つだが、お主にはもう一つ特別というか特異体質があるだろう。これは自分でも気づいていると思うので、ここであえて言うことはあるまい。幽霊などの人に見えないものが見える体質は前からだ。霊感が強すぎて、普通の人には透明に見えるところがはっきり見えるから自分には霊感はないと思い込んでいるだけで、かなりの力があると思うぞ。」


 私の能力はよくわかった。特異体質については自分でもうすうす気づいているが、確かに瀧さんを捕まえるうえでは特に役に立つというものではない。


「以上でお主の能力説明は終わりじゃ。何か質問はあるか。」


 口にクリームをつけた状態の九尾は言った。これでは威厳も何もあったものではない。ティッシュで口に着いたクリームをぬぐってやる。九尾は咳ばらいし、話を続けた。


「まあ、質問があったらいつでも聞いてやる。さて、これからのことだが、どうも瀧という人物は人間の魂を捻じ曲げて子供の姿の幽霊を作り出している。桜華はその餌食となってしまった。まずはその方法を突き止めることが先決だな。」


「そのことなら、寺に行けばわかると思うよ。寺の床下に隠し部屋があるみたいでそこで殺人と幽霊作りが行われていると思う。」


「なんだ、すでに知っているのか。そうと分かれば寺に行けばいいということになるが、瀧も警戒しているだろう。慎重に行動することに越したことはない。お主と一緒にいると面白そうだから、これからしばらくお主の家に居候させてもらうぞ。」



 私といて面白いとは九尾も変な神様である。居候は仕方ないが受け入れることにしよう。瀧さんを捕まえるためである。それに両親は文句言うことはないだろう。私の意見に対して反論する口を持っていない。



 朝食を食べた私たちはまた私の家に戻ることにした。


 家の前には一人の少年が座り込んでいた。私を瀧さんから逃がしてくれた翼君だった。その隣にはもう一人男の子がいた。土曜日の塾にはいなかった子供だ。しかし、耳には犬のような耳と尻尾が生えている。しかし、犬というより狼のような雰囲気を持った子供である。彼も生前は能力者だったのだろう。


「こんにちは、朔夜先生。お話があってきました。瀧先生のことで。家に入れてくれますよね。」


 私も実は昨日のことで翼君には聞きたいことがあったので向こうから来てくれたのは会いに行く手間が省けてちょうどよい。


「私も翼君に聞きたいことがあったから、ちょうどよかったよ。私の家で話をしよう。」


 私は3人のケモミミ尻尾の少年3人を自分の家に引き入れた。狐とウサギと狼の子供たちである。

こうしてみると、私はロリコンの変態なのだろうかと自分をうかがいたくなる。普通の生徒でも十分に私から見ればかわいいのだが、それにケモミミ尻尾が加わると可愛さが倍増する。とてもかわいくて萌える。実は瀧さんはこの子たちのようなケモミミ尻尾の子をたくさん作りだして、ケモミミ尻尾少年たちのハーレムを築き上げたかったのではないだろうか。


 まあ、瀧さんのような真面目そうな人がそんなことのために人殺しをするとは思えないし、本当のことは瀧さんに直接聞くことでしかわからない。



 

 さて、3人を自分の部屋に引き入れたはいいが、これからどうしようか。まずは自己紹介でもしていこう。


「自己紹介しようか。私は朔夜蒼紗。「未来教育」で塾講師をしています。現在、大学1年生の学生です。よろしくね。」


「自己紹介か。まあ、初対面の奴もおるし仕方ないか。我は九尾。神だが、別に敬う必要はない。九尾と呼んでくれればよい。」


「僕は翼と言います。瀧先生によって殺されたと思います。そして、今の姿になってこの世に戻ってきました。生前の記憶は思い出せません。」


「俺は紅狼貴。俺は瀧の支配から抜け出して生前の記憶を持っている。この耳と尻尾は居ぬではなく、狼のものだ。」


 私も犬と間違えそうになったが、狼だったのか。どこかで見たことがあるような気がするが思い出せない。印象的なのは瞳の色である。両目ともに深紅のように真っ赤だった


「あんたには一度会ったことがある。電車の中で俺を見つめていただろ。」


 思い出した。電車に乗っていた時に見たあの少年か。


「これで一通り自己紹介が終わったな。本題に入ろう。瀧についてどれだけ知っている情報があるか、互いの情報を話していこう。」


 それぞれが瀧さんについての情報を話していく。


「僕は瀧によって、この姿の幽霊としてこの世に戻ってきたことしかわからないよ。でも、瀧の言葉に従っているうちにこれはなんだか危険だと思い始めて、でもそのことを相談できる相手がいなくて。そうしたら、昨日朔夜先生に寺で出会ったんだ。朔夜先生は瀧の正体を知ってしまった。だから僕はこの機会を逃すまいと思った。知り合いを殺されてしまった先生なら、仇を打つために動くだろうから、それに協力してついでに瀧から解放してもらおうと思っているよ。」


「俺は最初からだ。たまたまあいつの術がうまくいかなくて、幽霊となった姿で夢中で逃げ出してきた。あいつは許しておけない。この手で殺してやる。」



「そうあわてるな。私も最愛の娘である桜華を失った身だ。皆、それぞれ瀧には恨みがある。捕まえてからじっくり罰を与えよう。」


 

 九尾は西園寺さんが死んでよかったと言っていたではないか。西園寺さんのことを最愛の娘といっているのもおかしい。発言が矛盾している気がする。ただ、この時はおかしいとしか思わなかった。


 それにしてもなんだか物騒な話になってきた。私たちの話は夜が更けても続けられた。昼食は九尾も食べたいといったので、家にあるカップラーメンを一緒に食べることにした。幽霊の二人はそれを見ているだけだった。



 夜が更けてきて、翼君は瀧さんがいる寺に帰っていった。狼貴君は自分の居場所があるようでそこに帰っていった。

 私と九尾の二人きりとなったが、そのまま特に会話することもなく、私たちは寝てしまったのだった。


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