外伝2話 今後
夏という事もありそれなりに暑さは感じるが、それでももう寝苦しいというような時期ではない。
秋の虫がそろそろ鳴き始め合唱を聞かせてくれてもおかしくはなく、障子を開けて寝てしまったら腹を冷やしてしまうかもしれない。
そんな色鮮やかな紅葉の足音がすぐ近くまでやって来ている春日山にある屋敷の一室。そこに二人の男が久々の再開を喜び合っていた。
「随分久しぶりではないか。もしや
最初に話すのは
今年既に四十を超える歳にも関わらず肌はツヤツヤ瑞々しく、白髪も交じりの髪の毛すらも一つのファッションにすら思えてしまう程見た目とのギャップが大きい。唯一年相応と言われそうな点と言えば口髭ぐらいだが、それでも申し訳程度に生えている程度。
正直髭があろうがなかろうが、童顔であることに変わりは無かった。
「そんな事はござらんよ……たぶんでござるが。そういう
中条藤資の言葉に答えるのは
若々しい中条藤資に比べてその顔ははっきり言って老けている。まだ二十代にもかかわらず顔中髭だらけで少しは手入れしたらどうかと注意したくなるほどの毛もくじゃら。元々の顔が頬骨の張った顔であることもより一層顔から若さを奪いっているのだが、実はその事に本人が一番気付いていなかったりする。
二人の関係、それは叔父と甥の関係だ。
中条藤資の妻が高梨政頼の父親と兄弟という関係であり、家督を継いだ長尾(ながお)晴景(はるかげ)も中条藤資にとっては甥になる。
高梨政頼と長尾晴景は従兄弟の関係であり、中条藤資だけではなく長尾為景も叔父になる。
母が
つまり高梨政頼と長尾晴景の父と母は両方とも
二人には高梨氏と長尾氏の二つの血しか流れていないのだ。
複雑に入り組んだこれら血縁関係は全て長尾為景やその父である
「しかし、とうとう晴景様が府中長尾家の当主になりましたな。正直あれだけ床に臥せる事多くなっていた為に既に次期当主候補からも外れていたと思っておったが、相も変わらず為景様は我々の予想を裏切ってくれる」
過去の様々な出来事を知っているからこその中条藤資の発言。懐かしむような雰囲気すら感じさせるその言葉は裏切られて悲しむというよりも、裏切られて嬉しいと言った楽しんでいるかのように弾んでいる。
長尾為景と一緒に戦場を掛ける事三十年、多くの戦場を一緒に渡って来たからこその絆がそこにはあった。
「しかし拙者は正直不安でござる。晴景殿の体の調子もそうではござるが、それよりも心配なのが晴景殿の思想でござる。昔から優しい性格であったが、そればかりではこの
「ふむ……確かに晴景様はお優しい。他者に輪を掛けてしまう程にな、それが余計に越後国に波乱を招きかねんだろう。だが現状晴景様が嫡男という事や他の二人の兄弟も任せられる程の器ではない事から考えるに覆す事は難しいだろう」
「他の二人と言うと
長尾為景には四人の息子がいる。
嫡男である長尾晴景に加えて次男の
「他に誰が居るというのだ。おらんだろう?」
「四男の虎千代が居るではございませんか。そう言えば今日はその姿を一切見かけませんでしたが、何処に隠れてしまったのでしょうな」
不思議そうに首を傾げる高梨政頼に中条藤資は寧ろキョトンと驚いた様に目を点にするしかなかった。
必要ではない情報ではないと切り捨てられたのかもしれない。まあ先日の事であるから余計かもしれないが。
確かに考えてみれば他所の家の三男四男がどうなろうとあまり大きな意味は成さないのが普通だ。
「虎千代は寺に入門したのだ。この春日山城の麓に林泉寺という寺があってな、そこには曹洞宗で有名な高僧の天室光育という和尚がいるそうだ。為景様はその和尚に頼んで虎千代を入門させたと。つい先日の事だぞ」
「そうだったのですか、いやいや拙者としたことが後れを取るとは。情報はそれだけで十分な力になるのですがな……帰ったら少々家の者に聞いてみなくてはござらんな」
「まあ今回は戦ではないのだ。今後の反省として生かせば良かろう」
「ハハハッ、そうでござるな。此度の事は大きな反省点として今後に生かすとしよう。それよりも何故為景殿は虎千代を寺などに入れたのでござるか?こう言っては失礼かもしれませんが兄弟の中では一番将に向いていそうな性格だった気がするのでござるが」
そう言うと高梨政頼は最後に、小さいの頃の話ですがと付け加えた。
言われてみて思い出すと、確かに中条藤資自身も長尾為景の
幼少の頃から非常に活発で誰よりも丈夫だった。病弱な兄たちに比べたら度胸もあったろう。
だが虎千代は長尾為景には疎まれていた。何故なら。
「実はここだけの話なのだがな、虎千代の事を為景様は自分の御子とは思うておらんようなのだ。家臣たちの間でも有名なのは原因が五十を超えてからの御子と、あまりにも高齢な時に産まれた事だ。まあ分からん理由でもないがな」
「
「言うように似ている所も確かにある、それは認めよう。だがそれだけでは為景様を納得させるに足る理由にはならん。それに為景様も虎千代もお互いに癇を持ち合わせている、だからこそ余計に上手くいかんのだろう」
はっきりと言い切る中条藤資の言葉に高梨政頼は大きなため息で答えた。
あまりにも残念、そんな気持ちがありありと出ている。
「そんなバカな事を……それでは一体誰が戦場に出るというのでござる。当主であったとしても晴景殿が長期間遠征に出かける事など体の負担が大き過ぎる。とても耐えられまい」
「かと言って景康様や景房様に出ていただくにしても兵を率いた経験も少ないせいでまともな戦が出来るかどうか……。初陣は為景様がずっと御傍に置いて面倒を見ていた。父親である為景様であるかその言葉に耳を傾けたのだろうが、他の家臣が注意した所でとても素直に聞くとは思えん」
「そ、それは流石に言い過ぎでござるよ
「おっと、これは悪かった。つい口が滑ってしまった、ハハハッ」
眉を顰めながら明らかな嫌悪感を隠そうともしない中条藤資に流石の高梨政頼も注意を促したが、反省の弁は述べても心からの言葉ではなさそうなのは直ぐに分かる。
どれ程中条藤資が長尾晴景、長尾景康、長尾房景の三人に期待していないのか。それが分かった瞬間だった。
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