第123話ルップの街・後編

「ダビド……? そう言えばここ数日、毎日街にいたよね? 何で? それと、『先導』ってなに? あと、手伝うってのは、そのチラシを配るってことだよね? それはいいけど、私も手伝ってほしいことがあるんだけど?」

よく見ると、背中に背負った袋からも、そのチラシの束らしきものは見えていた。


「そうなんっすよ! 店長の『ミッション』っすよ。いきなりで、毎日大変だったっす! って言っても、もう慣れっこっすけどね! でも、さすがっすね、ヴェルドさん。何も聞かずに手伝ってくれるなんて! やっぱり店長の話は本当だったんすね! じゃあ、準備しに行くっす!」

荷物を下ろして、チラシを差し出そうとするダビド。

だが、その動きは一瞬止まっていた。

おそらく、私の質問に全部答えてない事が分かったのだろう。あいている手で頭をかきながら、その続きを話しだしていた。


「すんませんっす! 理由っすよね。配る日はさすがのヴェルドさんも分からないっすよね。えっとっすね。前から店長に言われてたっす。『朝きて、地竜がいなかったら、仕事はいいから、そのままこのチラシを配るように』って。このチラシも大量にあるっすけど、配り方や、配る順番も言われたとおりにしたっす、結構楽だったっすよ。あと、店長はこうも言ってたんす。『スーパー最後にどうでもいい区画を配る時には、魔法の鞄はスーパー使わないように。そしたら、スーパーヴェルドさんがスーパー手伝ってくれるから、スーパー大丈夫だ。スーパー何も心配ない』って。ちょっと大荷物になったすけど、ヴェルドさんは魔法の鞄持ってるからって意味っすよね? ほんと、ありがたいっす。正直言っておれ、ここの区画苦手なんすよ。ありがたいっす! ヴェルドさん!」

笑顔で差し出されたチラシの束。およそこの世界のものではないような、絵をふんだんに使用したものだった。


――なんじゃ、こりゃ?

そのチラシを見た瞬間、たぶん私の感情が表に出たのだろう。

でも、ダビドはそれを違うことに理解してくれたようだった。


「字が読めない人や子供もいるっす。でも、絵は雰囲気で伝わるっす。これ見てると、なんだかワクワクするっすよ!」

確かに、書かれている内容に即した絵が書いてある。しかも、どの文字の後ろにも駆け出すあの姿が描かれている。


――これって、いわゆる非常口のどこにでもいるあの人だ。

みどりの世界から白い世界に抜け出している、あの緑の人までやってきた……。

いや、連れてきたんだ、あの人が!


急げというメッセージにもとれるが、真の意味は避難しろという事か……。


(ヴェルド君……。ボク、あの人がちょっと怖くなったよ)

優育ひなりの怯えた声は、私の気持ちを代弁している。


――店長……。アンタはこんなことまで用意してたんだ……。


これだけのことは、すぐ準備してできるものではない。それは、このチラシを見ればよくわかる。


コピー機のないこの世界。


絵はスタンプの要領でやったのは間違いないけど、大半は手作業だ。

ひょっとしたら魔法で似たこともできるかもしれないけど、あいにくそんな魔法を私は知らない。


「ねえ、ダビド。このチラシって、一体どのくらい前から作ってたんだ……」

考えてもしょうがない。たぶん、ダビドなら知ってるだろう。


「あれ? ヴェルドさん、知らないんっすか? 店長があんなだったすから、てっきりヴェルドさんがやらせてたんだと思ってたっす。ひどい人だなって思ってたっすよ」

本当に意外だという顔つきで、ダビドは私を見つめている。


――ていうか、なんだかひどい誤解をさらりと言うな、この男。


何も伝えない私の言葉。それがダビドに真実を告げていた。


「じゃあ、ヴェルドさんじゃないんっすね。よかったっす。ちょっと残念だったっすから! じゃあ、あの文句は誰に言ってたんすかね? まあ、店長の交友関係ってかなり幅広いっすから、気にしてもしょうがないっすね。そうそう、こんなに言っておいて、なんだかって感じっすけど。実はおれも最初しか知らないっす。だけど、ほんとに多かったんっすよ? 店長があんなに文句言うのって珍しいっす。『こんなことまでさせやがって!』って、ずっと言ってたんっすから。普段と違う口調だったすから、おれもびっくりしたっす。でも、文句言いながらも、ほとんど自分でやってたっすよ。ちょこっと手伝ったのは、最初だけっす。でも、これ見て思うんすよ、店長って、ほんとえらいっすよね」

少しテレが入っていたのだろう。鼻の頭をポリポリとかきながら、ダビドは視線を逸らせていた。


「そうだね、店長は凄いと思うよ。ところで、それはフラウも手伝ってたの?」

あの時、地竜を解き放ったのはフラウだ。その時の様子は明らかにおかしかった。翌日、何事もなかったようにふるまってたけど、ぎこちなさを隠しきれてはいなかった。ダビドは詳しくは知らされなくても、重大な指示をもらっている。じゃあ、フラウはどうなんだろう?


――店長……。あなたは一体、どこまでが……。


「フラウっすね……」

私の思考を遮ったダビドの言葉の響き。

だがその口は、そこで続きの言葉を繋げなかった。

それどころか、当のダビドがどこか遠くにいってしまっている。


だが、それも長くは続かなかった。ようやくどこか知らない世界から帰還したダビドは、重たそうな口を開けていた。


「もちろん、フラウにちょっと手伝わせてみたっす。ええ、やってもらったっす……。多かったっすから……。おれ一人じゃ、あまり手伝いにならないっておもったっす……。でも、おれは後悔したっす。たぶん、店長も同じっす」

ため息をつきながら語るその顔は、無性に疲れはてていた。


――何があった!?


「もともと細かいことはフラウには無理だってしってるんす。でも、本人がどうしてもって言うから……。まあ、本人は手伝ってるつもりっすから、余計にたちが悪いっすよ。あえて言わせてもらうっす。やろうとしてできる邪魔じゃないっす! だからっす。店長はおれ達がいない時間にやってたっすよ。たぶん!」

その時のことを思い出したのだろう。疲れた表情の中から、情けない自分が噴火していた。


――優しい男だ。きっと最後まで店長の手伝いがしたかったんだろう。だが、フラウの事も悪くは言えない。何もできなかった自分自身に対する憤りが、ダビドのチラシ配りに現れてるんだ。


その様子をじっと見つめていると、おもむろに自らの荷物の中から、一束のチラシを取り出していた。


「でも、さすがに捨てるのはもったいなかったんすかね? この束はフラウの作ったものっす」

差し出されたチラシを手に取ると、チラシが私に語りかけて来たような感覚に襲われた。

まるで、『その気持ちだけは認めなければならないですよ、ヴェルドさん』、そう店長に言われた気分になってきた。


なるほど……。

確かに一枚一枚、違うアレンジを加えて、店長のチラシよりも華やかに描かれている。

なにより、チラシの一枚一枚が確かに違っている。


ダビドの言う――本人は手伝っているつもりだけど、邪魔している――、その言葉の意味は、これを見ればよくわかる。

特に、あの緑の人。 開け放たれた白い世界への扉を前に、走って行く緑の人!


――いきなり、休んでるじゃないか! 走れよ! 逃げろよ! 何故そこでくつろいでる!? 窓開けて涼んでいるんじゃないんだからな!


しかも、書いてる内容間違ってるし!

店長が書いてるのは、『ぱりっしゅのまち』に集合だろ! なぜ、『るっぷのまち』になる! それじゃあ、街から出てないし!


――いや、もういい。フラウの事でいろいろ突っ込んでも仕方がない。悪気があるわけじゃないんだ、悪気が……。


でもきっと、ドヤ顔でこのチラシを店長に見せてたんだろうな……。店長も、たぶん笑顔で受け取ったんだろうな……。


――ああ、なんだか少しだけアンタに同情するよ、店長……。


(ねえ、ヴェルド? それどころじゃないんじゃないかな?)

春陽はるひの呆れ顔が目の前に迫っていた。ダビドには見えないが、私のすぐ目の前で頬を膨らませている。


――そうだった。今はそれどころじゃなかった。

フラウの手作りチラシは、とりあえずルップ伯爵のところに放り込んでやろう。


「なあ、ダビド。毎日配ってたって言ったけど、どのくらい配った?」

フラウの作ったチラシの束をしまいこんで、あらためてダビドの荷物を確認した。


この街の人口はたぶん四万を超えている。

世帯平均四人としても、最低一万部を作ったことになるだろう。


それを、ほぼ一人で……。

膨大な時間と労力の結晶がそこにあった。


「街の四大区画のうち、三つまでは終わったすね。あと、この一番区画だけっす。もっとも、全部一軒一軒配ったわけじゃないっすよ。一定区域ごとに寄合があるっす。だから、そこで配ってもらってるっす。代表者に必要枚数渡して、あとはそこでやってもらってるっすよ。それぞれの代表者には、前から店長が話してたみたいっす。だから、たいして説明はいらなかったっす」

その晴れ晴れとした表情。やるべきことを成し遂げた男の顔がそこにあった。


「じゃあ、この区画を最後にした意味ってあるのかい?」

今いる一番区画は、街の有力者がいる区画だ。富裕層も多くいる。そして貴族の屋敷もこの区画にある。

店長が指示して最後に残したこの区画。その意味って、ひょっとして?


「よく知らないっす! でも、この区画はちょっと違うっすね。店長曰く、『別に配らなくてもいい区画』らしいっすよ。だから言ってたっすよ。『最後にスーパー手伝いに来てくれるから、スーパー丸投げして準備をすすめるように』って。おれも半分疑ってたっす。でも、本当にヴェルドさんがいたから驚いたっす!」

そう言いながら、もっていた荷物をすべて私の前に積み上げていた。


――店長め……。アンタ、いい性格してるよ、ほんと。


しかも、スーパー丸投げって……。露骨に失礼じゃないのか?

でも、このチラシを見てしまった以上、私は断る事が出来ない。


(でもすごいね、これ)

春陽はるひの感嘆の声で、私の意識はそこに向く。そうだ、これだけのものを、あらかじめ用意するのも大変だったんだ……。


(地竜といく、トロッコ列車? ヴェルド君、これってどういう意味?)

いつまでも感激している場合じゃないと言いたかったのだろうか? でも、声かけてきた優育ひなりの顔には、そんなことは微塵も感じられなかった。


優育ひなりの瞳は好奇心に満ちている。

そう、その疑問は当然のことだろう。


少なくとも私が見てきたこの世界に、列車という概念はない。


――うまく伝えられるか?


つい、そんなことを思ってしまうほど、優育ひなりの瞳は輝いている。私も詳しく知っているわけじゃないから、優育ひなりにうまく説明できる自信はない。


でも、伝えなければ伝わらない。


そう考えて、私の知識を出来る限り伝えてみた。半分伝わらないと思いながら……。


でも、優育ひなりの理解力は、私の想像をはるかに超えていた。


(じゃあ、その荷車のようなものを繋げて人をのせるんだ。それを地竜が引くってことだよね。馬じゃなく、地竜のように大きな力が出せるから、つなげることでより多くの人を運べるんだね。それだと、繋いだところがしっかりしてないとダメだろうね)

優育ひなりの理解の速さには脱帽する。そして、その事で精霊たちも理解している。


(そうなると、先着千名ってすごいね。地竜も大変だよ。日付は最初が今日の夜で、出発するところは駄菓子屋なんだね。あれ? でも、その下には臨時便も出るよって書いてあるね。いつ出るんだろ?)

春陽はるひはその下の日付よりも人数の方に驚いていた。


確かにそうだけど、私が今朝立ち寄った時に、駄菓子屋に地竜は帰ってなかった。


ていうか、千名!? それって、単純に地竜が一人で引ける数じゃない。それも日付から考えて、何往復するものじゃない。しかも、臨時をだすってことは、最初の千名以外ってことになる。


でも、ここまで用意した店長のことだ。何か準備してるのだろう。

あの地竜が夜中に出立したことも、意味があるに違いない。


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