第122話ルップの街・中編
(ヴェルド君、やっぱり考えておくべきだよ。あの貴族はバカだけど、勝手な計算するバカだったとしたら……)
あの時、店番してた時の話だ。少しだけ仮説として話していた事を
(とらぬ狸の皮算用……)
自然とその言葉を思い浮かべてしまっている。
(それって、どういう意味なのかな?)
聞きなれない言葉に、
(ルップ伯爵があの街を破壊することを考えてるってことだよ。そして、見返りとしてパリッシュの街を手に入れることを夢見ている)
(え!? なんで? どういう意味なん?)
普段はそれほど積極的に会話に参加してこない
そう、冷静に考えるとその通りだ。それは十分に考えれることだった。
真っ先に裏切った貴族だし、それなりに計算はできるのだろう。
たしかに、仮に単なる保身だけではない。その先を見据えた行動をとっていると考えていると見るべきだ。
あくまで、自分に都合のいい解釈をしたままで……。
メシペル王国に寝返ったとしても、ルップ伯爵はガドシル王国貴族だ。
その事実は、消えない。
そうすると、メシペル王国貴族社会では元ガドシル王国貴族という肩書が付くのは間違いないことだろう。
貴族社会がどういうものかは知らない。
でも、新参者を快く思わないのは、どの世界も同じだと思う。
そんな中、貴族として自らの勢力を誇示し続けるためにはどうすればいい?
(自分が新しい貴族社会でのし上がるためには、実績がいるってことだよ。多分、したたかに準備しているんだろうね。そのためには、パリッシュの街が必要なんだと思い込んでいる)
相変わらず、
真剣に聴き入る精霊たち。いつしか
一つ一つ丁寧に、
確かに、そのための準備を整えているのだろう。あの老紳士が言っていたにもかかわらず、この区画には冒険者風の人間が
そんな事は、昨日までに行った他の区画にはなかったことだ。
多分彼らは、この区画だけを守るように指示されている。
ルップ伯爵は戦力を温存しているだけじゃない。おそらく国境防衛の名目で、たくさんの冒険者を集めているのだろう。
ひょっとすると、その費用も王家に出させているのかもしれない。
夢見るルップ伯爵にとって、すでにガドシル王国は無いものと考えていることだろう。
そして、メシペル王国が次に狙うのはデザルス王国。
(そこに新参者貴族が積極的に関与することで、その存在を確かなものとすると考えているんだろうね)
(功を焦っているのは分かった。でも、それとパリッシュと何の関係があるのだ?)
(前の戦いがあったからだよ。ガドシル王国の戦いの傷は、まだ全く癒えていないんだよ)
土の精霊である
――そう、確かにデザルス王国が攻めてくる前のパリッシュなら、重要な街とはいえ、功を求めるルップ伯爵が目をつける街ではなかった。王都に攻め入り、そのまま街道を南下すればソンパークの街がある。そして、その先はすぐデザルス王国との国境だ。
パリッシュは港街であり、その先には海が広がっている。
整備された陸路と軍船のない海路。
あの戦いがなければ、その違いは明らかだ。
(デザルス王国の侵攻で、ソンパークの周囲は砂漠だからね。大軍で砂漠を行くのは危険じゃないかな? 普通、違う道を通るはずだよ)
これまでの
――さすが、
私の中で、それは当たり前の事となっている。
そう、デザルス王国との戦いで荒れたソンパークを経由するとは思えない。王都からあの街だけでなく、あの街の周囲も砂漠化が進んでしまっている。
デザルス王国の
その勇者サファリの手により、突然広がったガドシル王国の新砂漠。
そこを進むよりも、パリッシュ経由で海を渡る方が早くて確実な進軍となるだろう。
(あの貴族は、デザルスに攻め込むときに役に立つことが必要と考えたんだよ。だから、何としてでもパリッシュの街を得るために、ルップの街を壊すんだよ)
精霊たちの頭の上には、またもや『はてなマーク』が浮かんでいた。
――
でも、さすがは
(あの貴族は、ルップ伯爵からパリッシュ伯爵になろうと考えているのだと思う)
精霊たちの頭の上には『はてなマーク』はまだ消えない。というよりも、新しい『はてなマーク』に変わったように思える。
再び、順を追って説明する
(海を渡るには船がいるよね。でも、軍船はすぐには作れないよ。でも、パリッシュは貿易港だから、商用船はかなり多く停泊しているよね。船で戦う訳でなく、人を運ぶだけならそれでも十分だとおもうよ)
――その調子でよろしく、
そう、ルップ伯爵の中では、あるシナリオが出来ていると考える。
ルップの街はメシペル王国に対して、無血開城を告げている。
そんな中で、ルップ伯爵が自分の街を勇者に破壊されたことを文句言うとどうなるか……。
それほど強く言えるわけではないと思うが、メシペル王国としても可能な範囲は聞き入れる事があるかもしれない。
港湾都市として王家直轄だったパリッシュの街。その支配を交換材料として、ルップ伯爵が持ち出したらどうなるか?
(でも、そんなことできるの? ううん。するのかな? 普通、しないよね?)
タイミングがいいとはこのことだ。いつの間にか
そう、
いくらなんでも、そんなことをメシペル王国は飲まないだろう。
確かに、今のルップの街はかなりの戦力を持っている。国境の街として、通商の要として重要な街なことは明らかだ。
――その事実は、ルップ伯爵の頭から消えることはないだろう。多分彼のプライドがそれを許さない。
だが、それはガドシル王国が存在し続けた場合の話だ。
王都があるから、ここは交通の要となっている。しかし、王都が落ちればどうなるか?
しかも、肝心の王都の周囲は砂漠化により、荒廃が進んでしまっている。王家がなくなれば王都も衰退していくことは明らかだろう。
そうなると戦争後、ルップの街の重要性は著しく低下し、広大な穀倉地帯をもつものの、単なる街道の街になるだろう。
そんな街と、交易上重要拠点となるパリッシュの街を交換するとは思えない。でも、ルップ伯爵にはその計算はないだろう。
――もし、理解できていたなら……。
宣戦布告の前に帰属を願い出て、メシペル王国の一部にすればいい。そうすれば、メシペル王国の勇者たちを招き入れる事が出来るだろう。そこから共に王都に攻め入ればいいだけの話だ。それでも十分武功は上がる。でも、それはしていない。
貴族というのは、まったく度し難い存在だ。
でも一方で、それは違う計算で動いている証拠となる。
(そう、できないと思うよ。でも、問題はそこじゃないよ。その考え自体が問題なんだよ)
――そう、結果的にそうなるかどうかは問題ではなく、そうなるようにルップ伯爵が動くことだ。
現に住民の避難はおろか、店長からの情報すら流していない。
(ククック。ほら、異臭じゃろ?)
したり顔の
(でも、ヴェルド君。これからどうする?)
(とりあえず、声がかかるのを待つとするよ)
あと数分もすれば、後ろからやってくるだろう。暫らくお互いに顔を見合わせていた精霊たち。やがて、その存在に気付いたのだろう。誰とはなしに、口をつぐんで見守っている。
「あれ? ヴェルドさん!」
「やあ、ダビド」
声をかけられ、初めて気が付いたことを装いつつ、振り返って挨拶をする。
――やはり見るのと感じるのは別ものだな……。
感じた時には、その持ち物までわからなかった。でも、たしかにそこには大量のチラシを抱えたダビドが、人懐っこい笑顔を浮かべてたっていた。
「もう、感激っす! 本当に最後に手伝ってくれるんっすね! ありがとうございまっす! じゃあ、一足先に先導してくるっす!」
それは私に驚いたというよりも、私がいたこと自体に驚いたのだろう。
――私の知らないところで、何かが確実に動いている。そして、ダビドはそれを知っている。
だから、ダビドの驚きは一瞬だった。
そしてすぐに、その後の行動に結びついている。
笑顔のダビドのその背後。誰もいないところに、あの男の顔がちらつく。
今もスーパー行方不明のあの男が、多分何かを動かしているに違いない。
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