第120話幕間メシペルの勇者達後編

「もう助けるひつよーもねえですが、めんどくせーから、さっさと言うです。どうせ、ろくな話でもねーです。聞くだけでもありがたいと思うです」


相変わらずだるそうに寝そべりながら、クジットはジュクターの方を見つめていた。

言葉とは裏腹に、その瞳の奥には興味の色が灯っている。


「ここはクジットの顔を立てるとしましょう。子供の話を聞くのも、大人の務めです」

「ひひっ、じゃあ大人のあたしも聞くし、お子様のクジットとジュクターだから仕方ないし。ひひひ」


だが、その話はクエンも興味を持っていた。驚いて呪いを中断したアメルナにしても、何故か聞く姿勢になっている。


「ほら、さっさと言うです! めんどくせーけど、まってるです!」


クジットだけが寝転んで、興味を示していない態度をとっている。だが、それは表向きの態度だろう。

さっきまでとは違い、全員が聞く姿勢を見せていた。


「くそ! オレって、こんな役ばっかりだ……。 これでも賢者だってのに……」

この部屋の出来事しか知らないが、おそらくこういったことは普段からあるのだろう。

すっかり被害者意識が芽生えているジュクターには、クジットの瞳に宿っている興味の色には気付いていない。


「ひひっ、ガラクタ使いのポンコツ賢者。賢者と名乗っても、流星召喚できないし……。ひひひ」

ジュクターの元気のない文句をうけて、アメルナが小さく笑っていた。


その笑いを挑発と受け取ったのだろう。強い意志の宿ったジュクターの視線は、アメルナの方へと向けられていた。


その視線をうけてなお、アメルナの口元には小さなほころびが見えている。


「誰がガラクタ使いだ! オレのコレクションをバカにするな! オレは召喚が苦手なんだよ! 賢者だからって流星ばっかり呼ぶわけじゃねー!」

反射的に出ていたジュクターの言葉は、力強く、一気に舞い上がるかのようだった。

先ほどまでの弱音を弾き飛ばす勢いで、ジュクターは勢いを増していた。


だが次の瞬間、ニヤリと笑ったアメルナの手が呪いを贈る姿を見せていた。


「うっ! その手は……。くそ! もう、勘弁してくれ……」

その手を見た瞬間、ジュクターの気合は萎えていた。まるで線香花火の最後ように、ポトリとその場に落ちていた。


――アンタ、ジュクターに発破かけたんじゃなかったのか?


もはや、アメルナは何がしたいのかわからない。

吐き出したジュクターの気合の翼は、ものの見事にへし折れている。


「ああ、ゴーレムだけだ。オレの心を癒してくれるのは……」

へし折れた気合いと共に、床に沈む賢者ジュクター。その姿は、哀れなほどに小さかった。


それを見たアメルナの顔には、怪しい笑みが浮かんでいた。


――ああ、アメルナはジュクターで遊んでいるだけなのか……。

弟をいたぶって楽しむ姉の姿がそこにあった。


「それはそうと、あなたのゴーレムは何故あんなにも小さいのですか? それに、いつも鞄の中に大切に並べて保管してますね。思うのですが、どう見てもあれは人形のように扱っていますね……。いえ、やはり人形というものでもないでしょう。あなたがそれで遊んでいる姿を見たことがありません。気持ち悪いですが、いつも出して眺めてますね。そうですね。むしろ、フィギアというものではないですかな?」

あまりにみじめなその姿を、きっと不憫に思ったのだろう。クエンが近づき、その肩に手を置いていた。


これまでと違う態度……。やはり、ジュクターの言葉に興味を示した証だろう。


「あったりまえだろ? オレのはだな、観賞用と保管用と戦闘用にわかれてるんだぜ。お前らが見てるのは、あくまで観賞用だ。それとあれは縮小の魔法で小さくしているだけだ。だが、戦闘用はもっとすごいぞ! 例えばだな。んー。あれがいいな。六体で合体できるやつ。言ってみれば、合体ロボだ! 一体、一体でも強えーけど、それが合体するんだぜ! 男のロマンってやつだな! 合体した能力は、一体の能力をはるかに上回るんだぜ!」

キラキラと少年のような眼差しで復活したジュクター。

鼻息荒くまくし立てたその言葉は、クエンを文字通り押し込んでいた。


「ひひっ、どーでもいいし。ひひひ」

「そうだ、です。どーでもいいです」

二つの冷ややかな視線にさらされ、我に返ったかのようなジュクター。


「めんどくせーです。それより、です。早く言うです。あっしは待ってるです! とっても、めんどくせーです!」


身を乗り出すかのようなクジットの言葉に、自分のすべきことを思い出したのだろう。

小さく咳払いをしながらも、自らのコレクションを魔法のカバンから取り出していた。


その数四体。

やはり、ゴーレムというよりもフィギアという言葉の方が似合っているそれは、どれも様々なポーズで止まっている。


――なるほど……。それはフィギアだ。

様々な姿の戦乙女バルキリーは、まるで生きているかのような造形美を見せている。


「ああ、先に地図を広げないとダメだな。バル達に怪我させたら大変だ」

もう一度それを魔法のカバンにしまいこんだ後、ガドシル王国の地図を取出すジュクター。

それを中央にあるテーブルの上に広げると、再びフィギアを出していた。


クジット以外がそのテーブルを取り囲むかのように集まっている。

それを傍目でみながら、ジュクターは四体のフィギアを再び出していた。


今、四体のフィギアは、その地図の端にかかれている国境の砦におかれている。それはまさしくこの砦のある場所だった。


「まず、国境を越えたあの街は楽に手に入るから全員で攻める。情報通りだと、実際戦いにはならない。だから、クジットは付いて来るだけでいい。今から話すのは、そこから先の話だ」

そう言って、四体すべてを砦から街が書かれている所に集めていく。


――四体のフィギアが集結した街。そこにはルップと書かれていた。


「その後は、オレとクエンとアメルナで王都キャンロベを目指す。クジットはこの街で守りを固めておくんだ。どうせ、あの国には強い奴はいない。なんなら、俺一人でも勝てるだろうよ。何と言っても、俺には合体ロボがいるからな。他にも戦闘用戦乙女バルキリーだって五十人いる。まだ、それより強いのもいるけど、今回は必要ないだろう。この戦闘用戦乙女バルキリーの実力なら、並みの勇者なんて目じゃないぜ」

四体のうち三体。それらを王都と書かれた街に移動させるかと思いきや、途中の街道で置いていた。

そして一体だけをつかむと、王都の場所まで移動させている。


「いいですー! めんどーじゃなくて、いいですー。しかも、帰りも一番楽できるです。あっしはその案を軍の基本戦略とすることを命令するです。ジュクターもやればできる子です!」

座りなおして、膝を打ち鳴らしたクジット。その姿に、ジュクターは満足そうに頷いていた。


――たしか、クジットは私と同じ日に転生してきた最年少のはずだけど……。


完全に子ども扱いされていることなど、当のジュクターは気づいていないようだった。


「まるほど、確かに戦術としては間違っていないですね。多少頭の中身がポンコツでも、さすがは賢者。真面目になれば、できるものです。それでしたら、わたくしもクジットと共に残りましょう。アメルナとジュクターで王都を攻め落としてください」

「ひひっ、あたしの呪いのおかげだし。ひひひ」

その案には基本的に賛成だったのだろう。でも、クジットを見ていたクエンはその案に修正を加えていた。


「なあ、お前ら……。オレのこと本気で褒めてる?」

ここにきて、ようやくバカにされていることに気が付いた様子のジュクター。


だがそれも、これまでのように、ものの見事に流されていた。


「いらねーです。あっし一人で十分です!」

クジットの珍しくやる気のこもったような声が飛んでいた。


「いえ、ムリですね」

そしてそれは、即座に撃墜されている。


「どうせあなたの事です。最初はおとなしくしてるでしょう。でも、あの貴族は少々ずる賢く、また厄介な性格だと聞いています。多分めんどーになって、あの街の貴族を殺してしまうでしょう。まあ、それでもかまいませんがね。やはり、交渉事こそサラリーマンにおまかせあれ。それと、わたくしがいないと、クズ勇者どもが街で暴れます。まあ、わたくしがいても暴れるでしょうけど。でも、あなたはそれを放置しそうですしね」

「ひひっ、それは占いもびっくりだし。当たってそうだし。ひひひ」

「ああ、オレもそう思う」

「あっしもそう思うです」


――アンタが肯定してどうする、クジット。

サラリーマンの占いは、すでに確定した未来だった。


「まあ、給料分は働かせます。街の速やかな占領と統治が、クジットの仕事ですよ。わたくしは……。言ってみれば、お目付け役です」

「いや、いらねーです」

「いらないと言われて引き下がる。それはサラリーマンにとって負けを意味します。それだけは、わたくしも譲れません! いるというまで、帰りません!」


――とんだ迷惑訪問販売員が出現した。ていうか、アンタ何処に帰るんだ?


お互いに引かない姿勢を貫こうとした時、ジュクターの一言がその場の空気を切り裂いていた。


「じゃあ、クエンのいう事をクジットが一つ聞くたびに、クエンもクジットの言うことを聞くってのはどうだ? お互いに納得いけば、交渉成立ってことで!」


「ジュクターが変です!」

「ええ、全く。何かあったのでしょうか? こんな事、サラリーマン大百科にものってないですね」

「ひひっ、呪いのおかげだし。ひひひ」


「やっぱり、そんな扱い!?」

ジュクターの悲鳴に近い声と笑い声。

のどかな雰囲気が部屋中に広がっている。


これまで出会った勇者とは少し違う感覚。


これから戦いを前にしている勇者達。

これから戦うかもしれない勇者たち。


どちらも正しいかもしれないが、何故かしっくりこない。


不思議とそう思ってしまう程、変な勇者たちがそこにいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る