第119話幕間メシペルの勇者達中編その2

「悪い! ごめん! 降参! 参った! とにかく鎧を着てくれ、クエン! 鎧を着たクエンが必要なんだ!」

頼みの綱は、鎧を着ていた頃のクエンといわんばかりの眼差しで、ジュクターは跪き、両手を合わせて祈っていた。


「話を元に戻そう。聞くんだ、クエン! そもそも、クジットが王命を無視して、ここから動かない事が問題じゃなかったか? 呪いとか話がそれてること自体、クジットにとっていいことだろ? 【状態不変】の固有能力が発動してるみたいじゃないか! いい加減目を……、鎧を着てくれ!」


片方は呪い続けている以上、それは当然の選択なのかもしれない。だが、それはさっきまで怪しげな動きを見せていた筋肉だ。


「頼むよ! 鎧を着てくれ!」

はたしてその願いは通じるのか?

当の筋肉にはそのそぶりすら見られず、テカリと熱はますます勢いを増している。


「助けてくれよ! サラリーマン!」

それはまさに乾坤一擲の絶叫だったに違いない。さっきまで合わせていた両手を床に付け、天に向かって叫んでいた。


鎧を着ることと助けること。普通それは同義ではない。

しかし、それはまさしく救いを求める声だった。


そしてその瞬間、荒ぶる筋肉たちが一斉に活動をやめていた。


――まさか、頼みの綱がサラリーマン……? いや、それよりも……。誕生したニューヒーローは、この事態をどう動かす?


しかし、サラリーマンは偉大だった。


「はっ! そうでした! わたくしとしたことが、サラリーマンであることを忘れる所でした! こんなことでは二十四時間働けません! わたくしの望むビジネスマンにはなれません!」

ようやく我に返ったかのように、いそいそと鎧を身に着けるクエン。最後に面兜をかぶった時、そこには紛れもなく戦士がいた。


――今初めて知った。サラリーマンが二十四時間働き続けたら、ビジネスマンに進化するのか……。

いかにもブラックなジョブチェンジだったが、それがクエンの望みなのか……。


「さて、それでは本題に入りましょう」

さっきまでのは余興だったと言いたいのだろうか? それでもサラリーマンは迅速に行動を開始している。


素早くアメルナとクジットの間に入るクエン。

しかし次の瞬間、クエンはおかしな動きを見せていた。

右手で手刀をつくり、それをゆっくり上から下に移動させている。


――それって手刀で断ち切ったってことなのか?


「クジット! あなたへの呪いは、超高速で全て断ち切りました! もうこれで、給料分の働きはできます。さあ、いっしょにビジネスマンへと駆け昇りましょう!」

ニヤリと歯を見せて笑いながら、その手をクジットに差し出している。


――残像か!

しかし、簡単に解除できるものだな……。いや、そもそも呪い自体が怪しいのか……。


「おいまて! こっちの方を先にしろよ! ていうか、おもったより簡単だな! でも、オレの状況変わってない!」

「ひひっ、あたしの呪いはジュクターだし。クジットは元々呪ってないし」

なおも食い下がるジュクターに対して、アメルナはアメルナで一層恨みがましい視線を届けていた。


「ちっ、バレたです。めんどくせーです。もう、呪いなんて関係なく、めんどくせーです。働きたくないです」

「なあ、頼むからさー。こっちのも断ち切ってくれよ」

クジットの声とジュクターの声が、それぞれ同時に羽ばたいた。


「何か言いましたか、クジット? 『働かざるもの食うべからず』ですよ。それに、リーダーのいう事には従ってください。今のわたくしの耳には、『わかりました』という言葉しか聞こえません。あと、外野は少し黙ってください」


――このニューヒーロー、横暴すぎ!


「おかしいです? この場はまことの勇者であるこのあっし、クジット・ルビンがリーダーじゃないです?」

観念したのかわからないが、クジットは体を起こし座っていた。対照的にジュクターは、のしかかるような呪いから身を守るために、丸まっている。


「確かにそうですが、この件に関してはそうではありません。わたくしには勅命が下っております。国王から直々にです。何と言われたか、教えてあげましょう。『クジットがサボらないように』と言われました。攻めないという言葉の時点で、クジットが『サボる』と認識しました。勅命によりクジットの権限を越える事が出来ます。これは国王がいる限り続きます」

面兜をつけているからよくわからないが、その姿は堂々としたものだった。


――それにしても、すでに国王から疑われているなんて……。どれだけサボってきたんだ、アンタ?

それにしても、通常まことの勇者は戦いを好むはず……。でも、このクジットは戦いを好んでいない?


「なあ、やっぱりオレもそっちの会話に参加してーんだけど! なあ、サラリーマン!」

おずおずと、呼び出したのはオレだと言わんばかりに、再び会話に参加表明するジュクター。


「いえ、あなたはそっちで呪われてください」

「なんか、ひどくない!?」


だがそれも一瞬で、ニューヒーローは切り捨てていた。


「ひひっ、ジュクター。諦めるし。それも呪いの効果だし。あたしとクエンはオカルト仲間だし。あたしの楽しみをクエンは奪わないし。もちろん、それも呪いの効果だし。ひひひ」

同志だという証なのだろうか? 互いに親指を立てながら、歯を少し見せて笑いあう二人。


「それ、全く呪い関係ないだろ! こうなったら、クジットでいいから、この女何とかしてくれ!」

「嫌です」

「即答!?」


バッサリと切られたジュクターの願い。ただ、クジットには珍しく、次の会話へと続いていた。


「当たり前です。どっちにしても、めんどくせーです」

「ひひっ、大凶だし、あきらめるし。ひひひ」

「なんか、オレだけ扱いひどい!」

自ら呼び出したニューヒーローにも裏切られ、頼みの綱にも見捨てられたジュクター。


それは自らの立場を自覚した瞬間だったのだろう。

だが、それでもその瞳には、諦めの文字は浮かんでいなかった。


「くそ! 負けてたまるか! 考えろ! オレ! あきらめるな! オレ!」

「ひひっ、無駄だし。これも呪いだし。ひひひ」

「さあ、クジット。宣戦布告がされたら、四十秒で攻めれるように準備しましょう」

「わかったです。四十年後に攻める、ですね」

のろすぎだろ! はっ! まさか呪い!?」

「外野のヤジはいいですから。油売りは、そこで無駄な思考で時間を費やしておいてください。でも、クジット。いくらあなたの固有能力が【状態不変】だといっても、それは変化なさすぎですね」

「ひひっ、あぶらうりうり。ひひひ」

「くそ! どいつもこいつもオレの話だけきいちゃいねー!」


呪いの効果なのか分からないが、孤立無援のジュクター。

クジットとクエンの会話に入ることをあきらめたのか、今度こそ無言で考え始めている。


「ひひっ、ひひひ。ひひひひひ」

その思考を妨げるためなのだろう。

アメルナの呪いとやらは、呪う動きを活発化させ、効果音も混じえてきた。


さらに丸くなって考えるジュクター。

三方から覆いかぶさるように、移動しながら呪うアメルナ。


最初から見ていなければ、全く訳の分からない二人の地味な戦いは、いつ果てるとも知れず続いていく。


だが、永劫に続くかと思われたその戦いも、ジュクターの閃きと共に幕を閉じていた。


「よし! これだ! クジット! オマエがめんどーじゃない方法がある!」

急に立ち上がったジュクターの咆哮。その豹変ぶりは、慌てて避けたアメルナに尻餅をつかせていた。

驚いた表情を見せるアメルナ。それは、呪いを始める前のアメルナの雰囲気だった。


「しかも、クエンも満足できるはずだ! オマエの言うオレの思考も無駄じゃないって教えてやるぜ!」

自らの親指を立てて、クエンにアピールするジュクター。


しかし次の瞬間、鼻息荒く告げる言葉はクジットにまっすぐ向けられていた。


「どうだ? クジット? 聞きたいだろう? よくわからない呪いからオレを助けるんだ! さあ!」

ジュクターは気付いていないだろうが、すでにアメルナの呪いは中断されている。

そしてアメルナは成り行きを見守るかのように、その場でちょこんと座っている。


「めんどくせー思いはしなくて済む。さあ、騙されたと思って聞けよ! なあ、おい!」

得意満面のジュクターの顔。

中でもその瞳の色は、より一層輝きを増していた。


そこには自信の塊のような姿があった。


そう、それは呪われ、虐げられてもあきらめずに考え続けた男の、ある意味誇らしげな姿だった。


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