第111話回想3
「驚かせて申し訳ないです。ですが、最初に言ったように、私はあなた方に危害を加えるつもりはありません。ですが、これ以上の戦闘を望むようなら、自衛の攻撃はするでしょう。この通り、土竜の傷と混乱状態は解除しました。もう一つの用事がすめば、すぐにここから退散します。でも、あなた方が、自らの欲望でこの竜を傷つけるのであれば、私はこの竜を守るために全力であなた方と戦うでしょう。だから、話がしたい。私は皆さんから見て不気味な存在に思えるでしょう。でも、少なくとも敵ではありません」
――といっても、銀竜がそこにいるんじゃ、不戦の意思表示も意味ないか……。
冒険者たちにとってみれば最悪の状況での提案だろう。
開いた口がふさがらない状態のまま言われても、考えることすらできないかもしれない。リーダーと思われた男も、いまだに怯えた表情を見せている。
――仕方がないか……。
自分達では到底かなわない力の存在である、銀竜。
そしてその姿を見ることなど、おそらくこの世界でもまれな銀竜。
恐らくとんでもない威圧感を伴っているその姿を前にしては、私の言葉の意味も伝わっているのかも定かではない。
『敵ではない』という言葉は、『味方でもない』という意味にもなる。
少なくとも、今は……。
でも、これからはそうでもないかもしれない。若干気持ちが竜族寄りになっているけど、一応私も人間だ。
誰も何も言わない時間が空虚に流れていく。これ以上私からは言う必要がないと思うから言わないけど、いいかげん誰か何とか言ってほしい。
その場の空気を読んだように、一陣の風が駆け抜ける。
見上げると、いつの間にかそこにはぶ厚い雲に覆われた空があった。
一雨くるのだろうか?
そうすれば少し状況も変わるかもしれない。
――風でも雨でもどちらでもいい。この雰囲気ごと流してくれないかな……。
それほど時間がたったわけじゃないけど、いいかげんにこの状態にもうんざりしてきた……。
何度となくため息をつきそうになる。そろそろ、それをこらえるのにも面倒になってきた。
――帰るか?
でも、さすがにこのまま帰ったのでは、また同じことが繰り返されるかもしれない。できれば、こちらの意志を伝えて穏便に解決していきたい。
でも、事態は一向に変化を見せない。まあ、蜘蛛の子を散らすように逃げてないだけに、交渉しておきたいとこではある。
今後、こちらの意図を伝える機会があるとは思えないから待ってみたものの、一向に変化がないのはいい加減にくたびれる。
――ああ、もういいや。とにかく、一方的でもいいからこちらの意図を伝えておこう。
そう思った瞬間。
弾き飛ばされたハルバード使いの男の後ろ――鬱葱とした木々の間――から、隠れていた男の声が聞こえてきた。
「貴方はいったい何者ですか?」
銀竜を前にしても、一歩も引かないその意思が言葉にのってやってくる。
冒険者と比較にならない強い気配。無造作に伸ばしているであろう長い緑の髪が、風と共に流れている。
――勇者だ。改めてよく見ると、かなりの修練を積んでいるのがわかる。
ゆっくりとリーダーだと思われた男に近づくと、一瞬で傷ついた体を癒していた。
何よりも、その緑色の瞳には強い力がこもっている。
――アンタこそ一体、何者だ?
恐らく私の顔にはそう書いてあったのだろう。
それを感じたかのように、男の雰囲気は一瞬で切り替わっていた。
「いや、これはスーパー失礼しました。自らスーパー名乗ることなく、スーパー誰何の声をあげるべきではありませんね。僕はシガダ・イウホ。ガドシル王国にスーパー数多くいる勇者のスーパー一人です。もっとも、この通り戦闘にはスーパー不向きな職業ですので、いつもは駄菓子屋というコンビニをスーパー営んでいます。今もスーパー怯えていたので、なかなか前にスーパー出られませんでしたよ。で、あなたは?」
緑色の長い髪が、風に遊ばれているのも気にせずに、にこやかな笑みを浮かべている。
――ていうか、本当に何者なんだ? アンタ。
妙な言葉遣いだけど、その瞳の奥には、物怖じしない強さを感じさせてくれている。
あと、スーパーなのか、コンビニなのか紛らわしい。
しかも、名前が駄菓子屋かよ。
アンタも何者なんだという感じだけど、店も何屋なんだ?
だが、これで話し合いの糸口が見つかった。多少変でも、この際仕方がない。勇者であるというのは少し引っかかるけど……。
いや、違う……。何故か気にかかるんだ……。
勇者であるのに、その雰囲気はこれまで出会った勇者ではない。
(ちょっと変わった雰囲気の人だね。まるで、ヴェルド君みたいだよ)
――ああ、何となくだけど……。この人は自分と似た感じがするんだ……。
その考えに何の根拠もない。ただ、その直感を私はすんなりと受け入れる事が出来ていた。
ただ、それを表に出すわけにはいかない。
例えこの人がそうであったとしても、この人達の目的がどうなのかわからない。場合によっては敵対することもあるかもしれない。それに、この付近にいる集団が、この人の考えだけで行動しているとも思えない。
「私の名前は、ヴェルド・リューグといいます。ちょっと変わった冒険者とでも言いましょうか。こっちの銀竜は仲間です。先の戦いで、この国が混乱した魔獣の脅威にさらされていると聞きました。私はそれを沈める方法を持っているので、何かできないかと思ってやってきただけです。ただ、竜族は別です。私も仲間が大事ですから」
よくよく考えると、怪しいことこの上ない。
そこにいるのはどう見ても銀竜。
そしてこの国では、その存在はエマと共に有名なものだ。今の時点で情報がどの程度拡散しているのかわからないが、この魔獣が混乱して暴れている状況を考えると、エマがいないことだけは推測できる。
――さて、いったいどこまで信じる?
「なるほどです……。では、あなたがエマ達
口調も変わり、緑の瞳に疑惑の色が灯っている。
――それは確かにそうだろう。そして真実はそうだと言える。だが、それをこの場で明かす必要はない。
「なるほど、この状況を作り出した張本人が私だと言いたいわけですね。でも、残念ながら銀竜も混乱してましたので、それは誰か知りません。銀竜とは、この戦いの前からの知り合いですからね。私は竜の力を持つ者だと思ってください」
真実は語っていない。でも、全部嘘ではない。私の性質を最大限に活用すると、信じ込ませることは可能かもしれない。でも、何故かそうしてはいけない気がしていた。
それに……。この人にとってそれは、必要のない情報だと思う。
訝しむ瞳が、私の全身に突き刺さる。しかも、その瞳を銀竜にまでむけていた。
「なるほど……。嘘……、ではないですね。これでもスーパー商売人ですからね、人を見る目にはスーパー自信があります。もっとも、銀竜の方はスーパーわからなかったですがね。ハハハ」
緑色の髪が風に揺れる。その和やかな笑みは、完全ではないけど信じてくれたものと思いたい。
おもむろにハルバード使いの耳元で話し始めたかと思うと、そのまま魔法を使っていた。
次の瞬間、勇気を得たハルバード使いは立ち上がり、仲間に向けて堂々と宣言していた。
その宣言に合わせるかのように、残りの全員に勇気の魔法をかけていく。
「おい! 撤収だ! 他の所にいる奴らにも呼びかけろ! 自警団は野営地に一旦集合だ!」
にこやかな緑の瞳に比べると、釈然としない色を浮かべるハルバード使い。地面に刺さったハルバードを引き抜くと、踵を返して森の中に入っていく。
次々と他の冒険者たちもそれに習っていく。
それと入れ替わるように、静けさが次々とこの場所に居座り始めてきた。
それは、ほんの少しの時の流れ。
そこにいるのが当然という顔つきで、静けさが居座り始めた時。
この場には私とメナアスティと土竜、そして店長だけが残っていた。
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