第三章 第二節 あの日から続く、今への道

第109話回想1

タムシリン島の村に帰って次の日のこと。

銀竜メナアスティがとても深刻な顔で、私の仮の部屋にやってきた。


そもそも、この村に私の家はない。ルキの所で世話になってたから、その必要もなかった。

でも、あれから村は何度も襲撃されている。そのたびに建物は作られているけど、今回のはとても驚いた。


確かに、ガウバシュの街にいったり、ガドシル王国にいったりと私が村にいない事が多かった。

ただ、それは決して長い期間ではない。

それにもかかわらず、まるで住む人が増えることがわかっていたかのように、村長の家は拡張されて、いろいろ部屋が出来ていた。


ただ、その予想をはるかに超える人数で押しかけたから、今この家を管理しているロイの心労は増えたことだろう。


こちらも人数があまりにも増えていたため、多分私のために用意されていた部屋を明け渡し、私は組合長が使っていた部屋を仮の部屋として使わせてもらうことにした。


――いずれにせよ、組合長の残したものを調べておく必要があった。


調べものや、組合長が周到に用意してくれていたものを確認するだけで、いつの間にか夜が明けてしまっていた。


だから、寝入りばなのメナアスティの話は、勘弁してもらいたい気分もあった。

正直言って、前半部分はうまく頭が追い付かなかった。でも、その話の深刻さはだんだん理解できてきた。メナアスティの顔を見ているうちに……。


――突然エマの制御を失ったために、混乱した魔獣たちが暴れだしている。


あれから四日とたっていない。


キャンロベの周囲は砂漠となり、元の水と森の美しい光景は失われている。

今後それを取り戻すのには、気の遠くなるような時間を要するのだろう。


そうなると、当然住処を追われたものたちもいる。

しかも、傷ついた魔獣たちにとっては、傷を癒す場所もない。しかも、エマの制御を突然失って混乱している。

さまよってルップの街やパリッシュの街で暴れることは十分に考えられた。


だが、それは甘いものの見方だった。


メナアスティの話しから推測すると、エマの指示はおそらく『敵を排除せよ』という単純なものだったのだろう。同時に多数の魔獣を制御するために、指示は出来るだけ簡素にしているようだった。


敵をエマが認識することで、『敵』という認識が送られる指示だったに違いない。

だが、エマの死によりその敵を認識する事が出来なくなってしまった。


本来であれば、あの国でエマの統制下にある魔獣は、ある意味最も安全に思われていたに違いない。だが、混乱した魔獣はそれが無くなってしまっている。


たぶん、お互いの恐怖がかみ合ったのだろう。


人と魔獣。互いの意思疎通ができない状態で、不幸な事件が起きたのかもしれない。


――恐怖した人は魔獣を『味方』として認識せず、魔獣はガドシル王国の人を『敵』として認識しだした。


一旦そうなると、歯止めも効かなくなったのだろう。それは魔獣にとどまらず、ついに竜族もその対象になったようだった。


――それを聞いた途端、なんだか仲間を傷つけられた気分がした。


あの戦いで傷ついた竜族の生き残りが戦場で傷を癒している。その事自体はメナアスティも把握している出来事だったに違いない。


そして、傷は時間がたてば癒えるもの。

だから、おそらくメナアスティは深刻には考えていなかった。


だが、ここで誤算が生じてしまったようだった。さらに、脅威が竜族に手を伸ばしてきた。


――生き残っている勇者たちが討伐目的で魔獣狩りを始めていた……。


そもそも、エマは魔獣や竜族を前面に押し出して戦闘していた傾向があった。だから、勇者達の中には、力を持て余していたものがいたのだろう。


メナアスティにしてもそれは大きな誤算だったに違いない。そもそもメナアスティや他の古竜との戦いで、ガドシル王国の勇者は少ない。優秀な者は金竜との戦いで多く死んだと聞いている。


一般的な勇者にとって、古竜はもちろんだが、そもそも竜族は手ごわい敵だ。

その勇者が竜族に対して攻撃を仕掛ける。

メナアスティにすれば、思いもよらぬ出来事だったに違いない。


本来であれば、メナアスティも容赦せずにその愚か者どもに制裁を加えていたのかもしれない。でも、私との繋がりで、メナアスティも私の影響を受けているのだろう。

だから、メナアスティは相談にきた。


傷ついている魔獣、そして竜族もまた危険にさらされている。

だが、それは人も同じこと。


――立場が変われば、見える景色は違って見える。


誰かが昔、そんなことを言ってた気がする……。

そして、それはこの状況を表しているのだろう。


「よし、いこう! 人と魔獣、そして竜族がお互いに不幸な目に合わないために」

メナアスティの背にのせてもらい、私は一気に海を渡る。


泉華せんか、遠見の魔法をルップの街から王都キャンロベの周囲に展開して見ておいて、最大限で私も気配を探るけど、まだ距離がある。君の方が早くて確実だ」

【千里眼】では、素通りしてしまう恐れがある。いくら剣士ソードマンとはいえ、こう距離があっては気配も探れない。


ここは泉華せんかの魔法が頼りになる。


「みつけましたわ! あなたの頭に送ります」

さすが泉華せんか、仕事が早い。


緊張した泉華せんかの声と同時に、私の頭の中にある映像が映し出された。


――そこには混乱した土竜と、それを囲もうとする冒険者の姿があった。


「この方角に! メナアスティ、急いで!」

「心得た」

私の指し示す方角に、メナアスティが全力で飛ぶ。


すさまじいスピードは、まるで風が避けていく感覚といってもいいのだろう。


――ガドシル王国。

まだ、そこは戦乱の後に起こる、混乱のただなかにある国だった。

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