第105話駄菓子屋という名のコンビニその4

もっていた荷物を倉庫にしまった後、しばらく地竜と遊んでみた。


荷物を持って長時間走った後だったはずだけど、地竜はまだまだ元気だった。


ただ、遊んでいるうちにさすがにばてたのだろう。段々動きに精彩さがなくなってきた。走るのと戦いはまた別物だ。まあ、じゃれあっている感じだけど、それでも私の動きに付いて来るのは疲れるだろう。


まだまだやれるような気配を見せてくるものの、休むのも仕事だと伝えると、素直に厩舎のような部屋に戻って休み始めた。


――本当にこの地竜は賢い子だ。さて、結構遊んだ感じはするけど……。まだ、店長の気配はないな。


仕方なく倉庫を片づけようともう一度倉庫に入ってみた。

でも、細かいことは後で店長にやってもらった方がいいという優育ひなりの意見に従い、とりあえず今入れたものをわかりやすく積んでおくことだけにした。


――言われてみれば、確かにそうだ。


木箱には期限の表示なんてものはないけど、今持ってきた物よりも先に積んであったものを先に店に出さないといけないだろう。改めて見てみると、雑多に積んであるように見えて、結構整然と並んでいた。


――でも、本当によく再現できている。

召喚前はどんなことをしてたのかは知らないけど、店長はたぶん店を出していたか、その関係者だったのだろう。


倉庫も氷の魔法により、冷蔵室のようになっているから、荷物がなんであっても問題ないと思う。しかも、風の魔法を取り入れており、適度に倉庫外の空気を取り込んでいる。

発電機がなくても、科学が発達してなくても、この世界には魔法がある。


この世界に来るまでの技術を、発想で組み込んだだけでない。それを実践し、実用化していることに感心する。

口だけではない、店長の行動力がこんなところにも表れていた。


――だが、店長の気配はまだ捉えられる範囲には入ってこない。


一体どこで何をしているのやら……。

仕方なく店の中で、読みかけの古代語の文献をもう一度読みながら待ち続けることにする。フラウの方は、最初うろうろ動き回っていたのが、今ではおとなしくなっていた。何しているのかは大体わかる。たぶん、寝ているのだろう。


――まあ、無理もないか……。


この世界は、基本的に静かな時間が流れている。時折騒々しいものはあるけど、それを除けば静かなものだ。しかも、この店はなぜか街の外に建てられている。だからこそ、地竜と暴れまわっても大丈夫だったのだけど……。


そして、この場所にも穏やかな時間が過ぎていった。


――音楽があればもっといいのだろうけど……。

そう思ってみたものの、どうやればいいのかはさっぱり分からない。誰かにうたってもらって、記録用魔道具で録画しておくという手はある。

まあ、こんなこともしょっちゅうあるわけでもないし。今はおとなしく待っていよう。


――静かで、穏やかな時間は流れる。


今まで飛び回っていた春陽はるひは、まるでそこが定位置というように私の頭の上で寝ている。優育ひなり氷華ひょうかは私が読んでいる古代語の書物を一緒になって読んでいた。時折、氷華ひょうかが指さすところは、何故か重要なものが多かった。優育ひなりは別の知識を披露してくれるから、かなり理解が進んでいく。

ただ、途中からは泉華せんかが何かを上映しているのが気になってきた。鈴音すずね咲夜さくや美雷みらいが食い入るように見ているのは一体何だろう?

そして、一人剣を素振りしていた紅炎かれんは、いい汗かいたと言わんばかりの満足した表情だった。


私の周りで精霊たちがくつろいでいる。もし、戦いになったなら、この子達の力を借りなければならない。力を借りることは問題ない。ただ、あの時の様な事だけは避けなければならない。


正気を失っていたとはいえ、この子達に対して、私が攻撃するような事態は……。


――そして、まだ店長の気配はない。


ただ、読みかけの古代語文献も読み終わって、一息ついた時につぶやいた春陽はるひの言葉は、少しだけ私の心に突き刺さった。


『ヴェルドも店番が上手になったね。でも、この分だとこの店も終わりだね』

春陽はるひさん? それって私が店番すると誰も来ないと言いたいのかい?


――まあ、お客さんは全く来なかったのは事実だけど……。


でも、大丈夫か? この店……。きっと私のせいじゃないはず。

そう思った時、店の奥からかしましい気配が迫ってきていた。


一斉に姿を消す精霊たち。

それほどあわてなくてもよかったと思うけど、多分関わり合いになるのも嫌なのだろう。

一方的に嫌われているフラウ。だけど、彼女はそのことすら知らない。


「申し訳ありません、ヴェルドさん。いろいろ悩んじゃって、結局『ペットちゃん』にしました。今更、違う名前で呼ばれるのもどうかと思って。てへっ」

小首を傾げてウインクをしながら、少しだけ舌を出す表情。手は自らを裁くかのように、軽く頭を小突いていた。

謝罪の意味からすると程遠いそれは、精霊たちのブーイングを浴びていた。


この世界に、『てへぺろ』なんておそらく浸透してないのだから、それは私にしか通じないよ……。


――はたして、一体誰が教えたのやら……。まあ、何してもその寝癖が台無しにしているけどね。


「いや、誰も来なかったし、いい休養になったよ。あと、髪がちょっと乱れてるね」

「ええ!? でも、ですよねー。どうです、このわたしの機転! この時間帯はお客さんが来ないという事を知り尽くしている、三ツ星店員ならではの発想ですよ! 店の雰囲気をふんだんに堪能してもらうためにどうすればいいか。わたしはその準備に三日寝ないで考えましたので、ちょっと油断してしまったようですね。そう、ヴェルドさんにこの店の濃厚なエッセンスを堪能してもらう。それには店のスタッフになってもらうのが一番だという結論に、わたしはついに到達しました! でも、実際に働いてもらうわけにもいきません……。私はその究極の問題に、あえて果敢に挑戦しました! 答えのない問題でした……。もう諦めようかと思ったその時、私は新人だった頃のことを思い出しました。偶然に一人になるというシチュエーションがもたらす緊張感という名のスパイス。でも、全く一人ではないという安心感が生み出すほのかな甘さ。それらがブレンドされて、ハーモニーを醸し出す。これぞ極上の一品です!」

自らの功績を誇るかのように、鼻息あらく胸を張るフラウ。調子のいい彼女は、こんなだから精霊たちに受けが悪い。


――でも、十分倉庫の片づけとか、店の掃除とかしたけどね。

しかも、三ツ星店員って……。あと、私が来ること知らなかったはずだよね?


まあ、これから彼女も災難に会う。

精霊たちの言葉攻めはまだ続いているけど、それは私が一方的に聞いているから私が被害を受けている。


ただ、未来を予言できるわけじゃないけど、フラウの災難だけは分かると言いきろう。


だから、まあこれくらいは大目に見てやってほしい。

そう精霊たちに念じても、帰ってくるのはさらなる非難の嵐だった。


「で、てんちょーはわたしたちに、『漢字』っていうのを教えるんですよ、難しいのは嫌いなんです! でも、ダビド君はけっこう知ってますよ! あの頭で頭いいなんて、反則ですよね! 『栄養分、中身に吸い取られてる』って、てんちょーが言ってましたよ!」


――その間も、まだまだフラウのよくわからない独演会は続いていた。


そして、どんどん近づいてくるその気配。覚えているあの感覚。


もう間もなく、店長が帰ってくる。


(もうすぐだね、ヴェルド。あのノリも、この位置なら大丈夫だね!)

春陽はるひ達もようやくその気配に気づいたのだろう。その声に頷きながら、フラウの演説の切れ目を待った。


「だから、わたしの魅力しかないって思うんです!」

「なるほどね。それにしても、店長遅いね」

フラウが鼻息荒く、よくわからない何かを宣言した時に合わせて、そう言葉を切り出してみた。


私の口だしは予想していなかったに違いない。ほんの一瞬、目を丸くしたフラウは次の瞬間には、全く別の変化を見せていた。


――でも、さっきまで何を熱く語ってたのだろう?

そう考えた途端、優育ひなりが知る必要はないと言いだしてきた。

優育ひなりにまでそう言わせる内容って一体……。

ますます気になってきたけど、怒りの形相を見せるフラウを前にしては、フラウを無視して、優育ひなりに聞くこともできなかった。


「まったくです! 信じられません。ヴェルドさんをこんなに待たせて!」

いや、店長は私がいること知らないけどね……。ていうか、君は私を待たせて寝てたんだけどね……。

まあ、いいさ。もう間もなく、当の本人がやってくる。


――その瞬間、静寂を破る大声が、扉を開ける音と共に店中に響き渡っていた。


「花岡君! 僕の愛馬『白亜紀三号・改』がスーパーいなくなったんだ! 荷物持って帰ってないかい? 先に走り出したら、スーパー速いからね。さすがのこの僕でもスーパー追いつけないよ!」

肩で息をしながら、それでも大声で叫ぶ店長。ずっと走り続けていたのだろう。笑う膝を手で制しながら、ゆっくりと息を整えている。


――馬じゃないから! 馬じゃ!


「てんちょー! わたしの名前はフラウ・ヒルです! 何ですか、その『はなおか』って! そんな人は知りません! そんなだから、てんちょーは、いつまでたってもてんちょーって呼ばれるんです!」

つかつかとカウンターを超えて出て、店長の目の前に進むフラウ。

両手を腰に当てて文句言う姿は、なかなか堂に入っていた。

これだけを見ると、どうみても雇用関係が逆転している。


そんな不思議な風景だった。


――あと、店長はなにしても、店長だよ。


「いや、花岡く――。お!? あれ、スーパーヴェルドさんじゃないですか! いついらしてたんです! スーパー感激です!」

小さな悲鳴が響くと同時に、店長はカウンター越しに私の手をしっかりと握りしめていた。


――どこの戦闘民族だ、そいつ?


ただ、常人の目にはあっという間の出来事として映ったことだろう。それほど、店長は素早く移動していた。


そして、その代償は大きかった。

あの崩れた商品たちは、いったい誰が片付けるのだろう?


「いったーい。てんちょー! ひどいです! ろうさいです! ぱわはらです! いきなり、突き飛ばすなんて! って、ええ!? ヴェルドさんもそっちの人だったんですか!」

カウンター越しとはいえ、店長は両手で私の手を握って離さない。しかも、見上げるようにしている仕草は、フラウに疑惑の眼差しを向けさせるには十分だったことだろう。


「ちがう――」

「ふっ、花岡君。スーパー野暮なことを聞くんものじゃないよ。僕とヴェルドさんは、君なんかよりもスーパー前に知り合っている。そのスーパーでっかい胸に栄養を配る余裕があるなら、もっと頭の方にスーパー栄養をあげてほしいな。それに、この世界にはスーパー労働基準監督署がないからね、スーパーセクハラだってし放題さ!」


――するなよ、スーパーセクハラ。警察機構はあるから届けるよ? それとその名前、労総基準監督署が安売りしてるみたいじゃないか!


さて、あとはどこから突っ込んでいいものやら……。


「ひっどーい、てんちょー! あと、『はなおか』じゃないです! 何度言ったらわかるんですか! それに、これでもわたしは十六歳ですよ? もうりっぱな大人の女ですよ? このわたしのあふれる魅力を見てください! だいたい、わたしの虜にならないのって、てんちょーとダビド君とヴェルドさんくらいですよ!」


――なるほど、精霊たちに嫌われるわけだ。自分の体を、ここぞとばかりにアピールしている。

君のあれって、かなりあざとかったもんね。店長も店長だけど、フラウもフラウだ。


「スーパー甘いな、花岡君。君のスーパー魅力は知っているとも。だから君をスーパー雇っているんだ。君のスーパー魅力にそそのかされてやってくる、無垢な小魚たちを僕はスーパー頂いているのだからね!」


――何気にひどいな、店長。


「え? もしかして、てんちょー……。私の魅力を利用して……。食べちゃってたんですか?」

「ああ、スーパーおいしかったとも! おかげで僕の懐はスーパー満足だよ。彼らも君というスーパー餌に群がることで、スーパー満足な時間を過ごしている。君もまんざらでもないだろう?」


――うん、話が通じているようで通じてないね、それ。しかも餌の特売感がハンパない。


「だが、花岡君。スーパードMな君はそういう時間に満足しているわけじゃないはずだ! そういう時間とのギャップにこそ、君はスーパー萌えるんだ! ほら、今も放置されることにかすかな興奮をスーパー覚えている。そして、君はスーパーない頭で考えるんだ。『ああ、この店こそが私をスーパー満足させてくれる』ってね。どうだい? スーパー図星だろ? これが スーパーWin-Winの関係ってやつだよ」

「え? え? わたし? そうなんですか?」

「そうさ、花岡君。君は真正のスーパーマゾヒズムだ。そして、僕は真正のスーパーサディズムなんだよ!」


――どうでもいいカミングアウト、来た!


向かい合い、両手を広げた店長と、それに負けたようなフラウの姿。まあ、Win-Winの関係を持ち出すのに、これほど最低なたとえはなかったに違いない。


でも、手を離してくれたのは正直ありがたい。そのセリフを間近で聞いたなら、無理にでもはがしていただろう。


目の前で繰り広げられた寸劇のような掛け合い漫才。本当にくだらない内容だったけど、それももう一人の登場で幕を閉じるだろう。

どんどんその気配は近づいてくる。


――ああ、これでようやく本題に入れる……。


「店長! あれ!? ちわっす! ヴェルドさん。やっぱりヴェルドさんだったんすね。『豊臣秀吉天下統一』が上機嫌だったっすから、たぶんそうかなと思ったっす。それと、荷物の倉庫入れもしてくれたんすね。ちゃんと分けてあったから、フラウや店長じゃないとおもったっすよ。二人とも、古いのと新しいのをごちゃごちゃにするから結局俺がやり直すんすよ! ありがとうっす!」

元気よく奥の扉が開かれて、そこからスキンヘッドの筋肉質な少年が現れた。


――地竜、気の毒に……。女の子なのに、一番似合わない名前がやってきた。

天下統一しなくていいから、せめて名前を統一してやってくれ。


それと、いろいろ大丈夫か? この店……。

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