第106話駄菓子屋という名のコンビニその5
やっと店長室に案内され、本題を切りだせるようになったのは、あれから一時間後のことだった。
グダグダ話もそうだったけど、棚の修理と商品の整理が思った以上に深刻だった。
「さて、ヴェルドさんが来られたってことは、やっぱり……」
いつの間に入れ替わったのかと思えるくらい、店長の雰囲気は変わっていた。
今の今まで、ふざけていた男とは思えない。そして、顔つきからして全く違っている。
「最初からふざけてないで、本題に入らせてもらいたいものですね。なぜ一時間も無駄にしないといけないのかわからない」
「あはは、そう怒らないでください。もし、事態が急変していたのなら、ヴェルドさんは僕を探しに来たでしょ? そのヴェルドさんが待っていてくれた。なら、ある程度は余裕がある。どうです? 大正解でしょ? それに、あの二人にはまだ何も話してないんです。僕が不必要にこんな感じだったら、あの二人も笑えないですよ。僕はね、ヴェルドさん。僕達転生した勇者のせいで親を失った子供たちが、楽しく笑える世の中を望んでいるんですよ。本当にくだらないことで笑える世界だってある。それをこの世界の子供たちは知らないんですよ。僕らは知っているのに……。僕らのせいでね」
にっこりとほほ笑む店長。だけど、その雰囲気には影がある。
「その一環が、あのへんな口調ですか? キャラをつくるのはいいけど、なんだか変な口調にしましたね」
「キャラをつくる? いったい何のことでしょうね。あれは、もう一人の僕ですよ? ほら、この店は一応『駄菓子屋』という名前のコンビニでしょ? 『スーパー』ってつけとくと、なんだかとっても楽しいそうでしょ? ツッコミが。ああ、そうだ。ヴェルドさんがさっきの僕をお好みなら、今から呼んできましょうか? スーパーすぐにやってきますよ?」
――やっぱり、この店長は曲者だ。っていうか、来てるじゃん!
いや、この展開は慣れたものだ。あの組合長もこんな感じだった。
「呼ばなくて、結構。今の店長でいいです」
「あはっ! テレますな、そんな風に言われると」
――なんだそれ? アンタ、何にテレてんだ?
「もういいよ。それより、話に乗り遅れないでくださいよ。店長がどんなキャラ作ったって、私には関係ないし。あっ、その前に一つだけ言わせてください。地竜に変な名前は付けないでください。かわいそうです」
「わかってないな、ヴェルドさん……」
ゆっくりと首を横に振ったあと、うつむいた店長。
だが次の瞬間、真面目な顔でまっすぐ私を見つめてきた。
――何が言いたい? この間は一体何を意味する?
「僕は、ヴェルドさんと親密になりたいだけですよ。ほら、『
両手を大きく広げ、わずかに赤面した顔でちらりと見つめてくる店長。
――ほんの一瞬、店長の背後の空間にバラの花が見えてしまった……。
(もう、ヴェルドってば!)
――あぶない、あぶない。あまりの出来事に、思わず思考が停止してしまった。
そんな私にほほ笑んで、店長はこの部屋に入ったばかりの店長に戻っていた。
――ああ、何から何まで……。まったく、あの組合長を相手にしてるみたいだ……。
「ふふ。まあ、ここまでにしておきましょう。続きは、いずれまた。その前に、あの子の名前ですね。大丈夫です。どんな名前でも、あの子は受け入れてくれてますよ。本当に優しい子です。ご存じのように、竜にとって名前は神聖なものです。変に気にいった名前を付けたりしたら、大変なことになりますよ。まあ、そんな不用心な人なんていないでしょうけどね。この世界では、名前には色々特別なことがありますから」
訳知り顔で語る店長。
――ごめんなさい。それ一人……、心当たりがあります……。
まあ、そう言われてみれば、地竜は何も文句を言ってなかった。
何より、ここの生活は楽しいと言ってくれていた。
ならば、もう私が出る幕じゃないな……。それに、そろそろ本題に入るとしよう。
「そうですね。では、本題に入りますね。監視していたメシペル王国が動き出します。極秘に潜入している宣戦布告の使者が、まもなく王都に着くでしょう。宣戦布告と同時に、軍が国境を越えてくると思いますよ。あと十四日くらいじゃないでしょうか? このルップの街が真っ先に侵攻をうけるでしょう。その後はおそらく王都キャンロベに向かうはず。だから、一刻も早くパリッシュに避難してください。まさか、王都より先にパリッシュを狙うとは思えません。私の仲間が、今パリッシュで受け入れ準備を整えてくれています。希望者はそのままタムシリン島に渡ってもらいます。すでにタムシリン島のガウバシュの街を中心に、受け入れ準備は整いつつあります」
そう、各国を監視するのは、私の日課となっていた。
ただ、私が直接見ようとしなくてもいい。賢者の水晶球が見たものを、後で確認するだけでよくなっている。
その中でも活発な動きを見せるメシペル王国とジルスラガル王国。
それぞれガドシル王国とデザルス王国に隣接しているから、当然と言えば当然だろう。
だが、
――
そのことを聞いて警戒しない方がおかしい。
だからこそ、これまでガドシル王国とデザルス王国は沈黙を守っていたし、メシペル王国とジルスラガル王国は侵攻を躊躇していたのだろう。
いや、ジルスラガル王国の方はスカメル王国侵攻後だったからというのもあるかもしれない。
タムシリン王国が滅びてから、大陸の地図は大きく変化を見せていた。
タムシリン王国が滅びた時期と、ジーマイル王国がターラント王国に侵攻したのはほぼ同じ時期だった。
その後同時期に、イタコラム王国がバルトニカ王国を滅ぼし、クレナット王国がプラシ王国を滅ぼしている。
やや遅れて、ジルスラガル王国はスカメル王国を滅ぼしていた。
そして、あのデザルス王国とガドシル王国の戦いがあった。
国が国を滅ぼし、大陸中に戦乱の風が吹き荒れている。
その中でも、大きなうねりが生じている。
大陸の南端に位置するイタコラム王国が帝国を名乗り、その初代皇帝に
名前をアルフレド・ロランス・ド・イタコラム皇帝。
彼の真意は全くつかめない。だけど、そのやり方はひどく独善的に思えた。
とはいっても、当面は彼に会うことはない。
今は目先の問題に集中しよう。
両国がそれぞれ侵攻を開始するのは時間の問題なのだから……。
ただ、私の出来ることはたかが知れている。せいぜい私が知っている人を守るくらいの事しかできない。
でも、それだけでもやり遂げる。私はそう誓ったのだから……。
行ったことのないデザルス王国には、知っている人はいない。でも、このガドシル王国にはこうして知り合いが出来ていた。
そして、この人たちの繋がりも大事にしたい。だから、まず状況を知らせて、対応をとるためにここに来た。
この店の人たちは、まず先に避難してほしい。たぶんそう思ったから直接会いに来たのだと思う。
「そうですか……。わかりました。そして、お気持ちはうれしいですよ、本当にうれしいです……」
今、店長とはテーブルを挟んで、ソファーに向かい合わせで座っている。その店長が立ち上がり、自分の机がある場所に歩いていく。
そのまま机の中をゴソゴソ探っていたかと思うと、中から通信用魔道具を取り出していた。
「ヴェルドさん、先に連絡しておきますね」
にっこりと笑う店長。
無造作に伸ばしている緑色の長い髪をまとめると、おもむろに魔道具を操作し始めている。
「ああ、ロイド商店さん。スーパーなお話です。以前からお話していた件が、スーパーいよいよ始まるらしいのです。もう準備はスーパーできていますか? 王都はスーパー戦場になりますので、スーパー速やかに移動を開始してください。スーパー以前お話ししたように、途中でスーパー遭遇しないためにもトルリ山経由でお願いします。いえ、あそこの地下墳墓はすでに活動をスーパー停止していますので、スーパー安心してください。では、スーパー商売繁盛で!」
すでに私が出る幕ではないようだ。もっとも、あの会話に参加したいとは思わない。
――話し方と話の内容が残念なほどかけ離れている。
店長は店長でこの日が来るのは予感していたのだろう。
そして、すでに準備してある。
この顔、この姿、この雰囲気。
それは私が始めて会った時の店長の姿だった。
デザルス王国の侵攻から逃れた王都からの住人を受け入れ、生活の場を確保するために奔走していた、あの日、あの時の店長だった。
――そして、何回か同じ通信を繰り返した後、今までにない険しい表情を見せながら、店長は決心したかのように、通信用魔道具を操作していた。
「ルップ伯爵、スーパー以前からお話していた件ですが、いよいよスーパーとなりました。ええ、スーパー確かな筋からの情報です。ええ。そうです。はい? それは一体どういう事です? なぜ、この街は避難しなくてもいいのですか? はい? いえ、知らなくていいとは言っても、僕もこの街の人々を守るため――」
途中で言葉が切れたのは、相手との通信が途絶えたためだろう。釈然としない表情がちらりと見える。途中で口調も変わっていた。
だが、それは一瞬のことだった。
「ヴェルドさん、王都の方は避難を開始するでしょう。トルリ山地下大墳墓の回廊が使えるのは大変ありがたい事です。あそこは
屈託のない笑みを本人は浮かべているつもりなのだろう。
それは、先ほどのやり取りを顔に出さないようにしようとしているに違いない。
だが、その笑みは無理やり浮かべているのは明らかだ。
何かある。何か問題がある。それも、この街の事に違いない。
――たしか、ルップ伯爵と言ってたな。名前からして、この街を統治している貴族なのだろう。
でも、店長は自分から言いださない限り、拷問してもはかないだろう。
「ええ、まあ、そうですね。ガドラにも店長の感謝の気持ちを伝えておきますよ」
今は、そう答えておこう。いずれにしても、手掛かりはある。
ただ、正直言って私はあの通路を掃除するつもりはなかった。
なかったけど、そうなってしまった。
それも、全てガドラの行動の結果であって、私じゃない。
まあ、たしかに倒したのは私だけど……。それはやむを得ないから掃除しただけだし……。
ただ、結局はそういう事だ。店長に言うつもりはなくても、私の行動でそれは変わるだろう。
「ふふ、一度お会いしたいものです。筋肉隆々の逞しい方だそうですね。僕は司祭ですので、戦士職の方は尊敬するんですよ。まあ、ヴェルドさんのしなやかな筋肉にも憧れますけど、やっぱり筋肉は筋肉って感じがいいですね!」
店長の目に怪しい光が灯っている。
――これは何か企んでいる。
さっきまでのまっとうな店長はどこかに行って、代わりにあの怪しげな店長がやってきていた。
私の背後に回り、肩に手を置いた店長。何かされても対応できるけど、何とも言えない感覚に悪寒が走る。
しかし、扉をノックする音に、ほんの一瞬気をとられてしまった。
返事する店長の声に続いて、扉がゆっくりと開かれる。
「あれ、ヴェルドさん? 白亜紀三号・改と遊びで格闘か何かしたんですか? 少し汚れと傷がついてますよ? ほら、ここに」
「おまたせです! 最高級のお茶をてんちょーの戸棚からくすねてきました!」
――その瞬間、私の周囲で何かの歯車がかみ合った感じがした。
店長が返事をしながら、私の太もも部分を指さすのに前のめりになった瞬間。
お茶を用意して入ってきたフラウが私を見た瞬間。
まるで計ったかのように、それらは見事にかみ合っていた。
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