第103話駄菓子屋という名のコンビニその2

「あ、ヴェルドさん。いらっしゃい! 今日も暑いですね!」

店の扉を開けた途端、屈託のない笑顔を見せて、駆け寄ってくる少女。


風の魔法がかかっているのか、この店の中は心地よい風が吹いている。その風に吹かれるように、彼女の長い金色の髪が躍っていた。


しかし、ここに来るのは初めてではないけど感心する。

何を隠そう、この店の内装はしっかりコンビニ感を再現できている。

店の正面はガラス張り、自動ドアとまではいかなくても、滑車の原理で開けた扉は自動で閉まる。陳列形態もコンビニそのもの。駄菓子屋という名前だけあって食料品が多いが、無駄に高価な魔法の品まで置いてある。


そして、彼女がいたのはいわゆるレジの場所。そこからはね板をあげて出てくる様は、まさにコンビニと言っていいだろう。


店長が召喚された勇者だから、当然かといえば当然なのだが、ここまで忠実に再現していると、なんだか驚きを通り越して、感心の方が大きくなる。


というのも、勇者であるのに商売を始めていることこそが、私には驚きだった。


いや、違うか……。最初会った時の彼の言葉こそ、私が最も驚いたものだと思う。


そして彼は、この世界の人々にもいわゆる『商い』をしていた。


尊敬すべきはその思想。


それがあるからだろう。

彼自身の多少変なことは目を瞑ってもいいと思う自分がいる。


それに、すでにこの世界に召還されて六年以上経過しているにもかかわらず、あのライトのような傲慢さはなかった。


しかも、彼は店で働くスタッフとしてこの世界の人を二人雇っていた。それも驚くべきことに違いない。


その一人が、今目の前にいる少女。名前はフラウ。たしか、フラウ・ヒルと名乗っていた。

小柄ながらも、スタイルと愛想のいいこの少女は、この店の店員さんとして人気者だ。いわゆる看板娘といってもいいのだろう。


もう一人の元気な少年はダビドという名だった。今、その気配は私の感知できる範囲にはいないけど、多分一度会ったら忘れない部類だろう。

そして顔に似合わず、細かいこともよくしている印象を持っている。


それにしても、勇者ではなく冒険者でもないこの世界の一般人が、私を恐れずに話しかけてくる。

勇者である店長の影響も大きいのだろうが、それは私の性質【嘘つき】によるものだろう。


――最初、それを聞いた時はなんだか変な気分だった。


だけど、まことの勇者である私がその性質を持っていなければ、おそらくこの世界に住む一般的な人は怖くて話しかけれない。それがいなくなる前の組合長がしていた説明だった。


ただ、心のどこかで思っている。

多分、この少女はお構いなしに話しかけてくるのではないだろうかと……。


「久しぶりだね、フラウ。一人? どう? 何か変わったことはあった?」

そう尋ねてみたものの、この国で大きな変化はないことは知っている。


あの戦いのあと、ガドシル王国を訪れたのはこれで三度目。

最初はあの直後にメナアスティの依頼で訪れた時。そういえば、店長と会ったのもあの時だった。

そして、この店に来ることになった二回目の時。


だけど、私の感覚はこの国を度々訪れていた。


デザルス王国の侵攻を撃退したガドシル王国は、今は完全に沈黙を守っている。


通常、侵攻を撃退したことはまことの勇者を討ち取ったことを意味する。その勢いに乗じて、ガドシル王国はデザルス王国に侵攻することが通例だろう。


――でも、それはエマというまことの勇者を失ったガドシル王国にはできなかった。

そして、その事は周囲の国に疑念の渦を振りまいていく。

ただ、両国はその事実を、違う噂で塗りつぶしていた。


お互いのまことの勇者が共に倒れたことは情報屋のケンさんが破壊された時点で拡散しているから、あらゆる国の賢者の水晶球に保存されている。

情報を引き出すかどうかは、それを見ようとする者がいるかどうかにもよるが、間違いなくこの周囲の国では検索をかけただろう。


そして、その姿を見たに違いない。

デザルス王国のまことの勇者であるサファリ・オーデが倒されるところは、情報屋のケンさんがエマとの戦闘を含めてしっかりと記録している。そして、エマが倒された時のことも。


だがら、両国は噂として流していた。ガドラが特定されていないことが、両国にとっては都合よかったのだろう。


我が国はまことの勇者をも倒せるものがいる。


まあ、実際には私が倒しているのだけど、表向きはガドラが倒した事になっている。


――もっとも、ガドラもそう思っているから否定はしない……。

何者かわからない事は神秘性をはらみ、それが人々の探究心を刺激して、噂は一気に広まっていった。


そう、ガドラの姿が特定されていない事が、今の今まで他国の侵略を抑えていたに違いない。


真相を周囲の国々が知れば、侵略してくることは目に見えている。

本人の知らないところで、ガドラはこの国を救っていたといえるだろう。


――言うとまたうるさいから、本人には黙っておこう。


それよりも気になるのは、その情報屋のケンさんこと賢者の水晶球が、破壊されたことだ。

まるで、こうなることを予見していたかのように、ケンさんを壊したとしか思えない。これがなければ、隣接する国は特に情報収集を躍起になって行っていただろう。貴族を揺り動かして、情報を求めたに違いない。自己保身に走った貴族程、たやすく情報を売るだろう。そういう意味で、情報屋のケンさんが破壊されたことで情報が一気に入った国々は、それを裏付けるような噂を容易に信じたのだろう。


――賢者の水晶球。その情報は疑う必要はないほど、ありのままを記録する。ただ、それは賢者の水晶球が認識できる範囲による。それ以上の速度になると、さすがに記録されていなかった。


しかもその特性として、自らが破壊される時に情報を他の賢者の水晶球に伝える性質を持つ。

さらに、自らの国の勇者を監視する仕組みと、魔王斑を感知する仕組みを持つ。

それ以外にも色々仕組みはあるみたいだけど、私も一部しか教えてもらっていない。


だから、サファリとエマの戦いと、サファリとガドラ――特定されていないにしても――の戦いは、しっかりとほかの水晶球に流れていた。

そう、それは組合長が残してくれた水晶球にも克明に記録されている。


そして、情報屋のケンさんを壊したのは誰なのか、ディーナさんを殺したのは誰なのかも……。


そこには何かの意図が働いているとしか思えない。


湖の乙女の助力を借りる事が出来るようになった私は、【千里眼】の力も自由に使いこなす事が出来るようになった。

しかも、水を通して見る事が出来る上に、空気の振動まで感知して【千里眼】では見ることのできなかった音声情報まで取得できるようになっている。


――だけど、それは秘密にしている。


その事をもし、ルキが知ったら目隠しどころの騒ぎでは済まないだろう。

泉華せんかがポロリと口を滑らさないことを祈るのみだ……。


だから、一般的な事であれば、わざわざ賢者の水晶球を頼る必要はない。

ただ、賢者の水晶球を通して見ることにより、特定のまことの勇者を文字通り監視することも可能となった。それがどんな結界の内側であっても、多分別の空間であっても、その勇者を賢者の水晶球が見続けている。

だから今も、特定の勇者を監視し続けてもらっている。


ただ、この国はそれとは別に見続けていた。そして、周囲の国。特にメシベル王国の動向には注意を払っていた。


だから、私は店長に会いに来た。


「一人ですよ! ドキドキします? あはっ、しませんよねー。もう、残念です! そうですね、変わったことですよね……」

言葉と違い、その態度は考えたふりをしているのがよくわかる。


何かあったのか?

一瞬、見えてなかったことが起きたのかと不安になったが、次の瞬間にはそれはどこかに旅立っていた。


「あったような気がします!」

いきなり間合いを詰めてきて、目を輝かせて私を見つめるフラウ。


――ああ、多分これはどうでもいいことだ。


そう心の中でつぶやくと、精霊たちが一斉に同意の意志を示していた。


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