幕間

第101話ガドラの日常

帰ってきて早々、見たくないものに出くわした。


その気配に、嫌な予感はしてたんだ……。でも、久しぶりに帰ってきて無視するのもどうかと思ってしまった。


ゆっくりと扉を開けたから、幸いなことにまだ気が付いていない。


――よし、見なかったことにしよう。


それが最善の方法だと、私の直感が告げている。そっと、そぉーと、扉を閉めよう。


「ちょっと、扉の前に立たれると邪魔なのよね。帰ってきて早々、これじゃあ先が思いやられるわ。さあ、早く入ってよ! みんな後で来るんだからね」

しかし、そんな思いは後ろからやってきた声に阻まれてしまっていた。


ルキに半ば強引に押し込まれるようにして入ったその部屋。

出来れば、素通りしていきたかったその光景。


そこはまさに、ガドラとノウキンがかみ合わない話をしている、真っ最中の部屋だった……。



「だからよ、『ふかんてき』ってのは、どんな敵なんだ? 強いのか? でも、俺の敵じゃねぇな。何せ俺は勇者殺しのガドラ様だしよ!」

自らの胸を親指でさし、誇らしげに胸を張るガドラ。少し歪んだ口元が、自分を褒めろと言っている。


「だから何度も言わせるなよ、『ふかんてきにみる』って言ってるだろ? 自分の好きなところで適当に切るなよ。それに、敵じゃないって何度言わせるんだ!」

このままこのやり取りが続くと、いつかは殴りかかりそうな勢いを見せるノウキン。


だが、ガドラは全く動じなかった。


「だから、その『ふかん』ってのが、敵なんだろ? どんなやつだ? 男か女かもさっぱりわかんねえな、その名前。まあ、どっちでもいいけどよ。少なくとも、強いのか、弱いのかはっきりしてもらいたいもんだぜ。それもわかんねぇのか? 全く役に立たないノウキンだぜ! 『ふかん』か……。俺の予想だと、そいつは男だな。しかも、相当やる奴だとみた。その『ふかん』ってのが敵にいると、そうとうやべぇって感じなんだろ? 『ふかん、敵にいる』なるほど。今から戦うのが楽しみだぜ! いつだ?」


戦えるものなら、戦ってみろよ。

ノウキンの顔にはそう書いてある。


しかも、相変わらず微妙に自分の好きなように捻じ曲げていくよな。もはやこうなってはガドラには何も届かないだろう。


「ああもういいよ。強いよ。だから、それを覚えてくれないか? もう『ふかん』ってのはどこにいるかわからないから、全体を見回すことが大事なんだ。ガドラは周りを見ないだろう? だから、もう少し視野を広げてだな――」

「いや、関係ねえよ。『敵・唯・倒す』だからな!」


――その時、私は確かに聞いた。ノウキンの周囲の空間が音を立てて割れる音を……。


全くノウキンの事を気にした様子すらない。自らの見解を語りだす、どこかの世界の三番隊隊長ガドラ。


胸を張り、誇らしげに語るその瞳は、一片の迷いもなく力強い光を放っていた。


哀れ、ノウキン……。


せっかく自分の偽ってまで……。

せめて、ガドラにその本質だけでも伝えようとしたものが、一瞬で粉砕されていた。


もう、どうしようもないものだということを、いいかげんノウキンも思い知るべきだ。


私はいま、新たなことわざを作った自分に驚いている。


――『泣く子とガドラには勝てない』


ただ、そんな思いも後ろから猛然と歩き出した声にかき消されていく。


「ちょっとガドラ! まだそんなこと言ってるの? 敵を、まず敵の強さを見極めなさいって言ったじゃない! 倒せなかったらどうするの? いい加減、その『いったきり、ばったり』な性格を何とかして!」

ちょっとルキさん? わざわざかきまぜないでくれないかな? ていうか、そっちの話をするなら、私は帰っていいよね? 私は帰ってきたけど、帰っていいよね?


でも、そういえば家がなかったわ……。ああ、村に帰ってまで野宿はつらい。


――この際贅沢は言わない。どこかせめて体を休める場所はないかな……。


ただ、帰る前につぶやくけど、それ『いきあたりばったり』だと思う。それに、ことわざじゃないからね……。


――まあ、ガドラの場合は『いったきりばったり』でもいいだろう。案外、未来を暗示しているのかもしれない。


「いや、ガドラの言うことも一理あるぜ! 戦ってこそわかることがあるもんだ」

颯爽と飛び出して、紅炎かれんが勝手に参戦しだした……。


――おい、おい。帰るっていっただろ?


「そうだとも! イドラも言ってたぜ、『当たって砕け!』ってな!」

己の筋肉を誇張し、白い歯を見せつけるガドラ。なぜか紅炎かれんも同じようにこっちを見ている。


その自信、いったいどこからわいてくるのやら……。でも、紅炎かれんはガドラと気が合うんだな……。


「なんだか、疲れたよ。ここ数日、もう一度と思って頑張ってみたけど、『やけいしにみず』だった。早々にさじを投げたエトリスとネトリスが正しかったわけだ……。おい、ガドラ。ドルシール姉さんとのお揃いのためと思ってやってたが、もういい。お前のようなわからずやは、いつか痛い目にあえばいい!」

両手をあげて、降参のポーズをとるノウキン。その顔は疲労の色で塗り固められていた。


――わかるよ、その気持ち。そして、諦めなかったんだ……。ある意味偉いとは思う。でも、それは無駄な足掻きだということを、もっと早く知るべきだろう。


「『やけい、しにみず』か、ノウキンにしては分かりやすいこというじゃねーか。夜景は死んだら見れない。まあ、当たり前のことだが、その通りだ。だが、世の中夜景だけがいいもんじゃない。あきらめるな、ノウキン! 死んだら『あのよ』というのが見えるらしい」


お前がいっぺんそれ見てこい。


ただ、予想外のガドラの追撃だったのだろう。

唖然とした表情を浮かべたノウキンは、まだ状況が理解できていないようだった。


「いえ、やはり情報を見極めないといけませんわ。彼我の戦力分析を怠っては、勝てるものも勝てません。『あのよ』というのがどういう場所にせよ、死んだあとでは話も聞けませんわ」

ああ、泉華せんかまで……。


どうしてこうウチの精霊たちは、ガドラに対して甘いのだろう。いい加減、放置してあげた方が、ガドラのためになるのに。

ガドラを更生しようとして、結局ガドラのペースに巻き込まれるんだって……。


「まあ、そうだね。生きているうちにやっといたほうがいいだろうね。ガドラも自分が無茶して、ドルシールさんに迷惑かけたくないよね?」

優育ひなりの声に、ガドラは一瞬考えるそぶりを見せていた。


さすがだ、優育ひなり


ドルシールに迷惑をかけるというフレーズは、ガドラの中では禁忌となる。そこに絡ませて説得すれば、ガドラワールドに引き込まれることは無いだろう。


優育ひなりさんのいう事はいつも正しい気がする……。そうだ、俺は思ったんだ。無茶はしねえ、無理もしねぇ。そうすれば姉さんがよろこばねぇ事は分かってる……」

右手を握りしめ、何か思い出すかのように自らの気持ちを絞り出すガドラ。


いつもと違うその雰囲気に、優育ひなりが笑顔を向けていた。


「だが、そうすれば姉さんが無茶をする。無理をする。それだけはダメだ。俺は決めたんだ。姉さんが無茶する前に俺が無茶をする。そうすりゃ、姉さんが無理してでも無茶しなねぇからな!」


――なにいってんだ、コイツ?


全員の頭の中に、その声がこだましているのがよくわかる。

だが当人は、親指をたて、白い歯を見せている。


本当にその自信はどこから来るのか……。


――何とも言えぬ雰囲気が、この場をぐるぐる回っていた。


「ねえ、ガドラにいいる?」

もう片方の扉をあけたイドラがそう言って辺りを見回していた。


「おうよ!」

「『あぶらかたぶら』。そろそろ巻き割りの時間だよ。各家に配って、その後は森に行って狩りをしないと。その後も色々あるからね。ガドラにいは羨ましいよ。『あぶらかたぶら』だってみんなから言われるだから」

イドラの声に威勢よく反応するガドラ。その声は、ようやく出番が来たという感じで嬉しそうだった。


――あぶらかたぶら? なんだそれ? 何かの合言葉か? でも、その一言でガドラの鼻息が荒くなっている。


説明を求めて、思わずノウキンの方を見ると、すでに床に両手をついていた。

ルキに説明を求めようとしても、何故か目を逸らされた。


――なんだ? いったい何がおこった?


「あ、ルキちゃん。ドルシール姉さんが探してたよ? あんみつさん、おかえりなさい。そういえば、あんみつさんの家も作っておいたからね。今はエトリスちゃんとネトリスちゃんがしっかり手入れしてくれてるよ。ルキちゃんの家の隣だから。じゃあ、またあとで。ほら、行くよ! ガドラにい。遊んでばかりだと、ドルシール姉さんにしかられるよ」

ただ、それだけ告げてイドラは先に扉の向こう側に消えていた。


「じゃあ、俺もいくぜ。『あぶらかたぶら』といわれちゃあ、しかたがねぇ。まあ、いくら慕ってくるとはいえ、ノウキン相手もあきてきたしよ。暇なノウキンと違って、俺には力仕事ってもんがある。『あぶらかたぶら』だと言われたら、男ガドラの出番ってもんよ!」

何の呪文、発動してるんだ?


「ねえ、ガドラ。その『あぶらかたぶら』ってなに?」

春陽はるひの声に、ノウキンの体が一瞬で硬直し、ガドラが得意満面の笑みを浮かべていた。


「ん? 春陽はるひさん、俺に教えてほしいと? 春陽はるひさんが、俺に? まいったなぁ」

間抜けたにやけ面をみせるガドラ。その表情、早くて言いたくて仕方がないらしい。


「しかたねぇ。これは言わば、俺専用って感じだからな。ノウキンがやたら俺に向かって言うから、姉さんに聞いてよ。なんだ、そういう事かと思ったぜ! さすが姉さん。俺は一発で理解したぜ」


――なんだか、出発前よりもガドラのポーズがくどくなっている気がする……。

親指を立て、白い歯を見せるガドラ。すこし斜めにしたその顔は、今までで一番くどかった。


「『あぶらかたぶら』ってのは、力あるものを称える言葉だそうだ」


――やっぱりわからない。しばらくガドラにかかわってなかったから、余計分からなくなってきた。


「ん? お前はあんみつじゃねぇーか! そうか、優育ひなりさんや精霊さんたちがいたから、まさかとは思ったが。お前も帰ってたんだな。だが、お前は相変わらずな奴だな! 帰ったら帰ったで、「ただいま」って言えよな。まったく! そんな簡単な挨拶もできねぇのかよ。そんなだから、お前はあんみつなんだ。強いって言ったって、まだまだガキだな。まあ、いいか。今はお前と遊んでる場合じゃねぇ。『あぶらかたぶら』な俺様は忙しんだ。ああ、優育ひなりさん、皆さんも。今、俺がやらなきゃならねぇ、俺だけの仕事が入っちまったんで、挨拶はまたあらためてさせていただきやす」

颯爽と、イドラの後に続くガドラ。その扉が閉まる音と同時に、静寂が居心地よさそうに座っていく。


「『あぶらかたぶら』だと? ははっ……。何度も、何度も、『あぶらうらない』だと……」


――ああ、なるほど……。大変だな……、ノウキン。

そして、いいかげんあきらめろ。


しかし、ドルシールはさすがだな。

たぶんアンタしか、ここまでガドラを使いこなせる人間はいないに違いない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る