第93話心の届く意志の刃
鮮血がルキを赤く染めていき、絶叫が部屋を埋め尽くしていく。
体と心が、予期せぬ痛みに驚愕の悲鳴を上げていた。
でも、それらすべてのことが、まだどこか遠くのことのように感じていた。
まだだ。まだ、完全に体を掌握できたわけじゃない。
それでも、私は確信していた。たぶん私なら、そうするだろう。
今支配している私が、
「あら、あら、あらぁ。瀕死みたいねぇ」
おそらく刀を引き抜けば、傷は一瞬のうちに治るだろう。でも、刺さったままでは働かない。
だから、
でも、それは私もそうだった。私の中にある私に、私自身が勝つために。
「我の司るは愛と誠実。愛の力をもってすれば、我に切れぬものなどない。しかも、姉上の力も借りうけたのだ、そなたの心に愛と誠実を!」
その瞬間、
どこか遠くに感じていた自分の体に、すっぽりと収まったような感覚がやってきた。
私を包むものが無くなったことにより、私は私を取り戻せた。
「ふむ、どうやら何とかなりそうだな、一時はどうなることかとヒヤヒヤしたぞ」
ありがとう、
あの暗闇の中、懸命に呼びかけてくれていた君の声に救われた。
「一応記録してますわ。でも、みませんよね? あと、何か大切なものを忘れている気がするのですが……。うーん。わかります?」
相変わらず
いつもなら、微妙な気持ちになるそれは、今はとてもありがたかった。
私自身意識してないとはいえ、それは言い訳にしかならない。私の意識していない所で、私がした事もすべて、私が知らないでどうする。
ただ、それは今じゃない。それは後でもいい。今はやるべきことがある。
今はあの子たちの方が心配だ。
刀を引き抜き、鞘に納め、飛び立とうとした瞬間、私の前に精霊たちが集まっていた。
「もう、こんな危ない橋を渡るなんて……。これで最後だよ。ヴェルド君」
こんな時だけど、少しそう思ってしまった。頭の上では
多分、頭を冷やせと言いたのだろう。でも、ペチペチと叩く感触はとても暖かかった。
「まったくだ。あきれて物も言えん」
「この俺を倒すとは、さすがだな」
「ほんまに、色々と反省してもらわんとアカンわ!」
「ごめんよ、みんな。本当に、ごめん……。ごめん……。それと皆、大丈夫かい?」
全員が傷つき、倒れた。
それは紛れもなく私がしたことだ。
「ふっ、こんな傷。たいしたことない。お前とのつながりがある分、じきに癒えるだろう」
満身創痍の様子ながら、
「そうだね。
いつもの様子を見せてくれる
でも、
私の目の前で、拳を震わす、文字通り真っ赤に染まったルキの顔があった。
「あっ」
時すでに遅し。
謝ろうとした頭の中に、一瞬その文字が浮かんできた。まさしくそのことを証明するかのように、私の左の頬はルキの平手に打ち払われていた。
「いや、本当にごめ――」
「君はいつもそう! 何でもそうやって、説明なしに! ちょっとは周りの心配も考えてよ!」
半分涙目になりながら、いつもの雰囲気じゃないルキがいた。
「言ったよね! あたしに嘘はつかないって! 言ったよね! 銀竜に! 『私の知っている人を守る』って! だったら! だったら! ちゃんと自分のことを大切にしてよ! 死んじゃったら、守れないよ! 君が犠牲になった世界で! 誰が喜べると思うのよ! 救われないよ、それじゃあ! 守れてないよ! それじゃあ! もう嫌なの! もう十分なの! 誰かが誰かの犠牲になるなんて! そんなの守ってることにならない! 君が皆を守りたいのなら、自分もちゃんと守ってよ!」
ルキの涙が、私の中で何かの扉を開けていた。
その瞬間、自分でもわからないけど、目の前のルキを抱きしめていた。
「ごめん、ルキ」
私の腕の中で、一瞬固まったルキ。そのまま押し戻そうとした腕をそのままにして、私に体を預けてきた。
そうだった……。ルキの母親は……。銀竜は……。
「せっかくの所申し訳ないが、これがうるさくてかなわんのだ、そろそろ落としていいだろうか?」
銀竜の思念ともいえる声が聞こえてきた瞬間、目の前に映像が映し出された。
銀竜の右手で動けないように固定されているガドラは、それでも何とか逃れようとあがいていた。
沈黙の魔法はまだ生きているようで、声は出ていないようだった。
それでも、銀竜にうるさいと言わせるガドラは、よほど暴れているのだろう。
『銀竜! 男と男の勝負だ! いい加減、離しやがれ!』
ガドラの口はそう言っていた。
一体誰と戦うのやら……。
でも、元気そうで何よりだった。多分望み通り落としても、ガドラは無事に違いない。
「銀竜、そいつも守る対象なんだ。子供たちの所におろしてあげてくれないか? その時、ちょっとだけ、お辞儀をしてくれたらうれしいよ。場所は
「
同時に
「わかったよ、ヴェルド。お疲れ様。でも、後で言いたいことがいっぱいあるからね!」
「承知した。我だけは思念体で向かうとしよう。そなたにはしっかりと、礼を言わねばならん」
銀竜がそう言った瞬間、目の前には銀竜親子があの時の姿で現れていた。ただ、銀竜の子だけは、実体でここに来ているようだった。
「いいかげん、離れなさいよね!」
信じられない力で私を突き飛ばすルキの背後には、六人の精霊の姿があった。
そして私の頭は、さっきよりも重い
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