第74話誤解の果てに

「これがコイツの真の姿だぜ。とんだ下衆野郎だぜ。こんちきしょう!」

本当に悔しそうな声を残し、水晶球は映像を頭に流すのをやめていた。

よりにもよって、一番見せたくない映像が、この場にいる全員に見せつけられていた。


シルキーの視線が痛い、痛い。


「他にも知ってるぜ! 村の中で幼女も、少女も見境なく手を握ったりとかよ! この節操なしの下衆野郎!」


よし、割ろう!

後で光の速さで割ってやろう。この場にいるだれもが分からない速さで、粉々に!


「えっと……。その水晶球が情報屋のケンさんですか?」

その前に、情報を聞き出してからだ。ドルシールがその手がかりはそこにあると言ったんだから、そうなのだろう。


未だに騒々しいけど、それを確認してからでも遅くはない。


「ああ、その呼び名で言うなら、半分はそうだよ。でも、君も大変だね。でも、なんだかさっきの結果とは違う気がするけど、そういう趣味もあったのかい? この子の言う君の真の姿って……。これは私も気を付けないといけないってことなのかい?」

ディーナさんの視線の先には、ガドラとルキの姿があった。

そして、指はガドラを指している。


いや、いや、いや。それはないから……。


しかし、私が反論する前に、ディーナさんは、手で私の行動を制していた。

たぶん、何かを感じたのだろう。


小さく指を鳴らすディーナさん。

その瞬間、突然二人にかけていた鈴音すずねの魔法が解除されてしまった。

単純な精霊の力では、ディーナさんの足元にも及ばないのだろう。


解除されたのは沈黙の魔法。

ガドラが余分なことを言わないようにと、ドルシールの助言に従ったもの。

そして、ガドラだけでは不自然だからと、ルキが自ら進んで受け入れてくれていたその効果が、一瞬にして破られた。

驚きで、半ばBGM化していた水晶球の話が耳についてきた。


「他にも知ってるぜ! そこのお嬢ちゃんが気絶しているのをいいことに、抱きしめたり、チューしたりとかよ! ちきしょう! ばーか、ばーか!」


よし! 後で割る! 塵も残さずに割ってやる!


「いえ、そういう事はありません。それだけは絶対にありえません! 安心してください」

それよりも誤解だ。特に、そっちの誤解だけは勘弁してほしかった。


「おいおい、そんな全力で否定しなくてもいいだろう? 可愛そうじゃねーか。悲しいぜ、俺はよ! なあ、ルキちゃん」

沈黙の魔法が解けたガドラは、今までのうっ憤を晴らすかのように、盛大なため息をついていた。


「いや、そうではなく! ああ! ややこしいだろ! だからアンタに喋らせたくなかったんだ! いや、シルキー! 誤解だ! 追い出さないで! 話を聞いて!」

全身全霊をかけた願いも空しく、シルキーの冷ややかな視線を浴びたまま。私だけがあの小屋の前に投げ出されていた。



「おい、あんみつ。いつまでもそんなとこで、しょげてんじゃねーよ。優育ひなりさんが、説明してくれたから、シルキーが入ってもいいってよ」

扉を開けて、顔を出してきたのは、この状態を作り出した本人だった。


それにしても、優育ひなりさんか……。

私は本当に優育ひなりに迷惑をかけっぱなしだ。


「なるほどな、これはオイラの早合点だったってわけか! 全く紛らわしい奴だぜ!」

「わかってもらえて、ボクも本当にうれしいよ。ああ、ヴェルド君。おかえりなさい。誤解はちゃんと解いておいたからね!」

まぶしい。

あまりにもまぶしい優育ひなりの笑顔に、思わず両手を合わせていた。


「なに? それ?」

優育ひなり優育ひなりで目を白黒させている。


「感謝の気持ちだよ。ほんと、ありがとね。優育ひなり

多分私ではどうすることもできなかっただろう。

見事に解決してくれた優育ひなりの手腕に、ただ感謝するしかなかった。


「ほんとだぜ、あんみつ。優育ひなりさんがいなかったら、どうなっていた事か」

「まったく! この嬢ちゃんの説明で、オイラも納得できたってもんだぜ。一応謝っておくぜ! ゴメン、ゴメン」

なぜか、意気投合しているガドラと情報屋のケンさんこと水晶球。仲のいいのはいいけれど、もともと全部アンタらのせいだからな。


でも、もはや声に出してつっこむ・・・・気力すら起きてこない。謝り方は薄いけど、こうなっては水晶球を割ることもできない。


「それで? そろそろ用件を聞こうかな。ガドラはガドラで、用件があるんだろ? あの子たちの事だろ? 今日は珍しく手順を踏んできたから、先に聞こうか?」

ディーナさんはガドラに視線を向けていた。


「なっ? 二人は知り合いなんですか?」

自分で言ってみて、不思議に感じた。その可能性があることは十分わかっていたはずなのに……。


「あたりまえだろ? あんみつ。俺は姉さんから片時も離れないぜ!」


偉そうに言ってるけど、今は完全に離れてるからな!

でも、そう言えばそうだった。


「まあ、ドルシールは常連だからね。ただ、誰かを紹介したのは初めてだね。ドルシールも、君のことを気にいってるのだろうね」

にこやかに笑う、ディーナさん。

でも、ディーナさんの言う事には無理がある。


ドルシールが私に沈黙の魔法をかけさせたのは、ガドラが余計なことを言わないためだ。

その方が、良いからという勧めだった。

私もそう思った。

だから、それは私のことを考えてくれた結果だと、勝手に理解してしまった。

でも、どうやらそれは私の為ではなかった。


ガドラに余計なことを言わせないためだ。


いってみれば、ドルシールの楽しみの為だろう。

もし私が、この二人が知り合いだという事を、先に知ってたらどうしただろう?


たぶん、ガドラに道案内を頼んで、ガドラはガドラでこの場所で叫んで呼び出しただろう。そして今に至ることになる。


でも、現実は遠回りした挙句、今に至っている。

そして、ドルシールは、今の私の感情を想像していたに違いない。


今まさに、私はドルシールの思うとおりの顔をしているのだろう。


全くこの世界の『ことワザ』使いってやつは、どいつもこいつもろくな奴がいない。

今頃たぶんあの村で、ドルシールは、きっとくしゃみをしているに違いない。


ていうか、組合長がいた!

絶対今、一緒になって見てる!


私が締め出された時とか、絶対腹を抱えて転げまわっていたに違いない。


想像する悪戯好きのあの顔とあの顔。

目の前の間抜け顔とこれ。


やり場のないこの気持ち……。



よし! とりあえず、割っとくか?

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