第73話ヴェルドの真の姿とは?

「ふ、ふーん。それは、あたしも興味あるわね。別に深い意味はないわ。でも、物事には順序ってものがあるわよね。そのあたりのことを、ちゃんと分かっているのか心配よね。そうね。この場ではっきりとしてもらいたいものだわ」

立ち上がったルキの視線が怖かった。

何、それ? ルキさん? それって、一種の脅迫ですか?


「差し出がましいことを申し上げているのは分かっております。でも、ヴェルド様は、私たちの両親にしっかりとお約束をされました。『娘さんたちは、この私が守って見せます。だから、安心してください』と、確かにおっしゃられましたわ」

そう話しながらネトリスは、にっこりと私にほほ笑んできた。

だから怖いって、その笑顔。

お願いだから、睨まないで! ルキさん。


「お姉さま、違いますよ。嘘はいけません!」

ゆっくりと立ち上がったエトリスは、ルキとネトリスを見ながら、そう告げていた。


「あの時、ヴェルド様は『娘さんたちは、私たちが守って見せます。だから、安心してください』とおっしゃられました」

静かに頭を下げて、ルキに挨拶をしたエトリスは、その後ゆっくりと私のほうに歩いてきた。


いいぞ、エトリス。君はなんていい子なんだ!


「おなじことですよ、エトリス。言外の意味というものです」

今度はそのほほ笑みをエトリスに向けている。

はず……だ。

でも、エトリスはすでに背中を向けているから見ていない。


だから怖いって、その笑顔!

エトリスに向けていたとしても、それは私しか見ていない……。

美少女が放つ、無言の圧力を持った微笑み。それが、これほど脅威に感じるとは思いもしなかった。


「あら、嘘はだめよ、嘘は。ねえ、あんみつ君。そうよね。そう言ったわよね。そういえば、もうあたしに嘘はつかないって、言わなかったかしら? あれは、なんだったのかしらね? ああ、思い出したわ。あの時も、あたしを守るって言ってたような気がするわ」

私の方を一切見ないで、ルキはネトリスを睨んでいた。


一触即発の空気の中、エトリスは静かに私のほうに歩いてくる。

そのまま私の横までやってきたエトリスは、私の右手を取りながら、二人に向かって話し始めた。


「『めはくちほどにものをいう』という言葉を。私はあの洞窟で実感できました。ヴェルド様は重要なことは、ほとんど何もおっしゃらない方です。だからこそ、あの時に私の手を取ってくださったこと、熱いまなざしを頂いたこと、無言で手を握りしめられたことは、一生忘れません。お姉さまは、ついでです。そして、ルキさんのことは、おそらく飽きたのだと思います。ヴェルド様の眼を見ていればわかります」


全く何てこというんだろうね、この子は!

一番怖い子が、一番近くにやってきていた。


「いや、あれは、魔王斑――」

「そんな! あの時、私を無事に送り届けてくれるとおっしゃいました。ルキさんは、そこに放置してでも、この私を――」

しかも私には、発言の自由すら与えてもらえないようだった。

ただ、そんなエトリスの言葉も、二人の声にかき消されていた。


「エトリス、それはあなたの思い込みです。『めはくちほどにものをいう』という言葉は、言葉に出している時にこそ意味があるのです。黙っている時は、無効です!」

「だれが、飽きられたですって? そもそも、あたしは飽きられるようなまねはしてないわよ! それに、あの時はしょうがないから貸してあげただけじゃない! あたしが放置されたんじゃないわ。もう一度言うわよ、貴女に貸してあげたの! それ!」


今度はエトリスが集中砲火を浴びていた。しかし、エトリスはそれでも負けてはいなかった。

しかし、ルキさん……。それって……。ちょっと扱いひどくない?


「お姉さまもルキさんも、ヴェルド様のことが分かっていません。こうして私が腕を取っているのに、離そうともしないことが証拠です! そもそも、お姉さまは出会って間がないでしょ? ついでなのですから、そろそろあきらめたらいかがですか?」

エトリスの言葉に、一瞬躊躇したネトリスは、何かを真剣に考えているようだった。


いや、離さないんじゃなくて、離せないんだけどね!

それに、あまり変わりないと思うよ?


しかし、この小さな体のどこに、こんな力があるのか不思議に思う程、私の右腕は自由を失っていた。


「そうね、エトリスの言う通りかもしれないわね。たしかに、私たちは出会って間がないわね」

少しさびしげな表情を浮かべながら、ネトリスは、エトリスの方に歩いてきた。

しかも、あのほほ笑みは絶やしていない……。


一歩、一歩、ゆっくりと近づいてくるその姿に、私は言い知れない恐怖を感じていたのだろう。ほんの少しだけ、後ずさろうとしていた。

たしかに、ネトリスは美しいと思う。

エトリスの子供っぽい雰囲気とはまるで違うものがある。


ゆっくりとエトリスを通り過ぎたネトリスは、強引に私の左側に回っていた。


こうして私は、エトリスとネトリスの二人につかまっていたんだ……。


「考えてみれば、今はまだエトリスと争う方が得策じゃないわね。ここは一時休戦よ、エトリス」

「ええ、お姉さま。心得ましたわ。『きのうのてきは、きょうのとも』と言いますもの。ただ、いつも、いつも、私がお姉さまには譲ると思わないでくださいね」

「もちろんよ。選ぶのは、ヴェルド様ですから!」

両脇を固めた二人の美少女姉妹が、互いに共闘を確かめ合っていた。


「なんだかおもしろくなってるねぇ。あたいもまぜてもらおうかね?」

にわかにドルシールが体を乗り出していた。


「姉さんが混ざるんなら、この俺も!」

「止めて、それだけはお願いだから、勘弁して!」

出遅れたような顔をして、何かを言おうとしたイドラの声をさえぎり、私の魂の叫びが部屋を震わせていた。


諦めたようにうつむくルキ。

その時、両手を封じられた私は、そこに届く言葉を見つけられないでいた。

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