幕間
第70話幕間(竜と聖騎士)
天を焦がす炎の息吹が、四人の騎士に襲い掛かっていた。
全身鎧を着た騎士たちは、それを難なく躱していた。それを確信しているのだろう。両手持ちの大剣を持った騎士は、同時に号令をかけていた。
それを聞いた騎士たちは、それぞれの武器に応じた戦い方で攻撃を加えていた。
あるものは槍で乱れ突き。
また、あるものは槍斧を振り回し。
そして、あるものは剣で切り付けていた。
それらすべての攻撃を、ほとんど大きな傷を受けることなく跳ね退けた赤き鱗。
唯一、大剣だけが深々と切り裂いていた。
それは予想していなかった痛みだったのだろう。
苦痛の咆哮は、その者への炎の洗礼となり、大剣を持つ騎士に襲い掛かる。
しかし、大剣の騎士はそれを優雅に躱していた。
竜と騎士たちの戦い。
それは地上ではなく、大空で繰り広げられていた。
「やってくれますね! でも、これではどうかしらね。サファリ」
声は竜の頭の方から聞こえてきた。
赤竜の頭の上に、白いローブ姿の人物が現れていた。フードを目深にかぶっているから、その顔は分からない。でも、その声は紛れもなく若い女の物だった。
白いローブ姿の人物は呪文のようなものを唱えると、赤竜の周りに八つの魔法陣が浮かび上がっていた。
徐々に輝きを増していく魔法陣。
その輝きが極限になった瞬間、その魔法陣は周囲にはじけていた。
弾けたとんだ魔法陣が残したもの。それは八頭の飛竜だった。
飛竜召喚。
次の瞬間、召喚された飛竜たちは、何かの力を受けたように、その体を大きく膨らませていた。
最初の体つきから考えると、倍近くにも膨れ上がったその体を喜ぶように、飛竜たちは大剣の騎士めがけて飛び掛かっていた。
全身鎧の騎士の中では一番小さな大剣の騎士。
その小さな体をめがけて、飛竜たちは一斉に突撃していた。
飛竜に比べてとても小さいその姿は、獰猛な表情の飛竜達を前にしては、儚く、頼りなげであった。
「さがれ!」
しかし、三人の騎士が、助力のために大剣の騎士のもとに駆け寄ろうとした瞬間、凛とした声が騎士たちの動きを止めていた。
騎士たちはその言葉の意味を理解したかのように、わき目もふらずに大剣の騎士から遠ざかっていく。
それを確認するわけでもなく、大剣の騎士は剣を目の前につきたてた。
地面があれば間違いなくめり込んでいたに違いない。
しかし、そこが空中にもかかわらず、大剣はたしかに空中に突き刺さっていた。
その刹那、突きたてられた大剣を中心に、何かの力が一気に周囲に襲い掛かっていた。
大気が作り出した波紋のようなものは、行く手をさえぎられることなく、周囲に広がっていく。そして、その途中には八頭の飛竜の姿があった。
そう、そこに飛竜はいたはずだった。
しかし、波紋が過ぎ去った後はカラカラに干からびた何かが、地面むかって落ちていくのみだった。
「やっぱり厄介だわね! 女の敵みたいな力よね! しかも、空中でもお構いなしなんて、反則じゃないかしらね!」
白いローブの人物は、はるか上空から大剣の騎士に悪態をついていた。
しかし、声の感じからはそれほどの焦りは感じられない。
「いい加減観念しろ! 我が力の前には、お主の召喚は無力と知れ!」
突きたてた大剣を両手に構え、上空の赤竜に向かって大剣の騎士は吠えていた。
「まあ、それはどうかしらね? 生物はたしかに水分を奪われたら死んじゃうわね。でも、それで勝った気になるのは、ちょっと早いんじゃないかしら? サファリちゃん!」
赤竜のはるか後ろに輝く星が八つあった。それは、徐々に大きくなっていく星だった。
間違いなく、ここに向かっている。
それを物語るように、大気が悲鳴を上げていた。
隕石召喚。
あの時見たものよりもはるかに大きな隕石。それが八つも同時に、大剣の騎士めがけて迫っていた。赤竜はその進路を明け渡すように更に上昇している。
「全く、無駄な足掻き!」
全く恐れることなく、大剣の騎士は切っ先を隕石群に向けていた。
ゆっくりと、大剣を引き寄せるように左に寝かせたかと思うと、次の瞬間には隕石群に向かって飛び上がっていた。
まるで、ドン・キホーテを思わせる突撃は、大剣の騎士の末路を感じさせるものだった。
しかし、隕石群にむかった大剣の騎士は、その大剣を突撃しながら真横に振るっていた。
大剣の一閃。
今度のそれは波紋ではなく、津波のように隕石を飲み込んでいた。
剣圧で破壊したわけではない。しかし、かつては隕石だったものは、この場所からは消えていた。
音もなく崩れ去るように塵となって燃え尽きた隕石をよそに、いつの間にか大剣の騎士は赤竜の下に迫っていた。
その大剣が深々と赤竜に突き刺さる。
その瞬間、あれほどまでに生命力にあふれていた赤竜の体は、突き刺さった大剣の周りから、一気に干からびていった。
それは、ほんの一瞬の出来事だったのだろう。
大剣を引き抜いた後に、ゆっくりと地面に向かって落ちていくのは、かつて赤竜だったものだ。
見るも無残な姿となったその体は、落下の最中に四散していった。
「おのれ! グランドロックに続いて、ライスロックまでも! よくも! よくも! 覚えておきなさい! サファリ・オーデ! 今度こそ、今度こそ! 息の根を止めてあげるわ!」
怨嗟の声が、さらなる上空から聞こえてきた。
「いかな召喚と雖も、我が力の前には無力。いい加減、お主もそれを悟ったらどうだ、エマ・ユミ。お主の四竜のうち半分が、我が力の証明をしておろう。無駄な犠牲を出さずに、その体を我が前に差し出すがよかろう。そして我がものとなり、お主は永遠に生きるのだ」
再び大剣を構えた騎士は、諭すように白いローブ姿の人物に語りかけていた。
「だれが、アナタなどに易々と! アタシが安い女だと思ったら、大間違いよ。こんどこそ、アナタの息の根を止めてあげるわ!」
捨て台詞を吐いた白いローブの人物は、こつ然とその姿を消していた。
「むう、また逃げられましたな」
「まったく、あの逃げっぷりは、何度見てもあきれるぜ!」
「しかも、あの捨て台詞。
いつの間にか、集まっていた三人の大柄の騎士たちが、大剣の騎士に向かってそれぞれの感想を告げていた。
「まあ、そう言うな。あれはあれで、我が力の実験として役立っている。この力は簡単に試すと、色々なものに怒られるからな」
肩をすくめた大剣の騎士は、あらためて三人の騎士に向き直っていた。
「たしかに、領地を砂漠化された貴族からは恨まれましたからな」
「まあ、アイツも運がなかったとあきらめればいいのによ」
「まったくだ。そうすれば、自分も干物にならずに済んだものを。でも、あれも実験としてはよかったですね。切ると同時に水分を奪うでしたっけ?」
油断なく周囲を警戒しつつも、三人は軽口で盛り上がっていた。
「あまり人の力で盛り上がるな。サイト、チョタバ、スタチルドよ。そろそろソンパークを落とすぞ。あまり壊すなと言われたから、あとはお前達でやれ。エマが出てきたら、我も出る」
大剣の騎士は、背中に大剣を背負うと、それだけ告げて急降下していた。
「やっと、それがしの腕の見せ所」
「ふん。俺だっての!」
「いや、俺だ。君達じゃない」
槍の騎士、槍斧の騎士、剣と盾の騎士が、それぞれ後に続いていた。
眼下には広大な砂漠と化した土地が広がっている。その砂漠の果てに、城壁に囲まれた都市が小さく見えていた。
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