第21話譲れぬ想い
「ああ、だめだ。もう、うんざりだ……。でも、あの店には、もういけないよな……」
逃げ込むように、路地裏に入った瞬間、思わず声に出していた。
その声につられるように、姿を現す精霊たち。建物に背中を預ける中、半分囲むように精霊たちは現れていた。
「どうしても嫌なら、寄付と思えばよかろう。汝のように堅苦しく考える勇者を我は知らぬ」
「そんなわけにはいかない! でも、これは私の失敗だ。この勇者のマントが見つかったのがまずかった。せっかく腰に巻いてたのに……。装備を試着するときに、無意識に広げたのがまずかった」
店の店主や店員は、勇者のマントを見て土下座しながら謝っていた。確かに、それまでの態度は、若干横柄だったけど、見てくれは子供だから、その態度もそんなに気にはならなかったのに……。
「俺たちに、隠れておくように言っておきながら、お前の失敗でまだ剣も買えていないじゃないか」
精霊たちがいると、勇者だとばれてしまう。だから隠れるように言っておきながら、自分の失敗で水の泡となってしまった。
「いや、そもそも今日は見に来ただけだって言っただろ? お金も持ってないんだから。それに、
精一杯の言い訳も、
「でも、どうするのさ、ヴェルド君。どっちみち、お金がないから、買えないんでしょ? ここでグダグダしても、仕方がないよ。いずれにせよ、まずはお金じゃないの?」
手に取ってみると、つけたくなるのが人情というものだ。
たぶん、そういう事にしておきたい……。
でも、確かに、こうしていても状況は変わらない。むしろ押し付けてきた店主の必死さを考えると、後を追ってきて、そのうち見つかるかもしれない。
思わず逃げ出してしまったけど、しばらく追いかけてきたのは知っている。
しかし、あの後店主はどうするのだろう? 考えなしに飛び出したけど、勇者に断られたとなると、何か問題になったりしないだろうか……。
こんなこと、勇者たちに相談しても無駄だろう。ミストのあの態度から、マリウスだって、ライトだってこんな経験はないはずだ。というか、店主も初めてなんだろうな。誰か相談できる人はいないのだろうか……。
転生初日で、知っている人と言えば、勇者三人くらいしかいない。
「さて、本当にどうするか……。どちらにしても、お金か……。お金がないと、食べ物も買えないしな……」
漂ってきたいい匂いに、思わず意識が向いてしまった。異世界の料理か……。
いや、現実逃避はやめておこう。
いずれにせよ、武器屋の店主の事は後回しだ。私の方が圧倒的に早いから、逃げ回っていればいい。それに向こうが何かを言わない限り、店主の身に何かが起こるとも考えにくい。
「食べ物の事なら、心配いらぬ。私が獲物を撃ち落としてやる」
矢をつがえて、鳥を探している。
いや、そっちの心配はまた後でいいからね、
「でも、狩りでもして売り払ってもいいんじゃない。ほら、冒険者組合とかあったと思うし。売るだけなら、勇者だって大丈夫じゃないかな」
自信がないような
「そうだよ、
元々ゲームみたいな世界だ。
冒険者組合があるなら、そこに登録して、この力を利用すればいい。
そこの
戦いの経験も積めるし、まさに一石二鳥の妙案だ。
「じゃあ、まずは冒険者組合に向かうから、みんなもさっきと同じようによろしく」
半ば強引だったけど、路地裏を飛び出し、大通りを走る。
嫌な予感は当たり、やっぱりまだあの店主はうろうろしていた。
幸いまだ見つかっていない。
あの店主に見つからないように、高速で走り抜ける。
精霊たちは皆実体化を解いて私のそばについてくれている。
走りながら、賑わっている王都の目抜き通りを見て回り、少し離れたところまでやってきた。王都の中心部からは、結構離れてしまっている。どちらかというと、ぐるりと囲っている城壁に近いところまで来ていた。
中心部にはいなかった、酔っ払いの姿もここにはあった。
やはり、こういうものは、それなりの雰囲気の所にあるものなんだ。
目当ての場所にたどり着いた時には、私の期待はかなり大きく膨らんでいた。
ただ、こうして街を走り回って思うことは、この世界の文字や言葉が、全て日本語だという事だ。そして、その割には漢字が全く使われていない。
今、私の目の前には、『ぼうけんしゃくみあい』と書かれた看板のある建物が広い敷地の真ん中にひっそりと建っていた。
「さあ、未知なる世界が待っている」
この扉の向こうに広がる冒険の世界に、胸の鼓動が高鳴っていくのを感じていた。
***
「そなたにとって、まさしく未知の世界だったな。案ずるな、私にとっても初めての経験だった」
私を待っていたのは、確かに未知の世界だった。
そして今、私は路地裏にもどっていた。
「話を最後まで聞かないからダメなんだよ!」
「あんた、情報収集って言葉知ってるか? まずウチらの話を聞くのが先ちゃうの!」
「あなた、せっかちはいけませんよ。ちゃんと偵察から入りませんと。私の遠見の魔法で、お望みの場所をみせてあげます。遠くの国も見せてあげます。不本意ですが、マリウスの着替えも見せてあげましょうか?」
怒っているのかもしれないけど、とりあえず
あとで、何かを見せてもらおう。それで、納得してくれるかもしれない。
そして非難こそしていないが、他の精霊たちは私をしっかりとり囲んでいた。
また逃げるように出てきてしまった冒険者組合。でも、何故無理なんだ?
「そなたが不思議に思うのも分からぬでもない。しかし、そなたたちが冒険者になるのは無理なのだ」
今度は名前を告げた途端、一瞬で勇者だとばれてしまった。
周囲が騒然となる中、受付はもちろん、組合中のスタッフから頭を下げて断られた。そしていつの間にか、そこに冒険者たちも加わっていた。
私一人を除いて、みんな土下座をしている世界。
確かにこんな世界は知らなかった。
「詳しくは知らんが、勇者は冒険者にはなれん。それに、そなたたち勇者が冒険者になったら、他の者達が職にあぶれてしまうのかも知れないだろ。なにより、勇者は国に縛られておるのだ。国という垣根を越えられぬものに、冒険者は務まるまい。そして、国を守るのが勇者の務めだ」
でも、今の私にそれ以外に道はない。……と思う。
何とかならないものだろうか?
この国だけで、ひっそり活動できないものか……。
「冒険者はあきらめようよ。売るだけならたぶん大丈夫だと思うよ」
確かに、何が何でも冒険者の身分が欲しいわけじゃない。でも、なってみたい気持ちはあった。
私はたぶん、『この国の勇者というもの』でいることが嫌なんだと思う。
自分の足で、目的をもって旅をする冒険者という響きに、何かを期待しているのだと思う。
それにしても、自由に生きるのが勇者なら、冒険者にしてくれたっていいじゃないか!
半ば八つ当たり気味に思った時、突然、
「ポロデット爺」
それだけ言って実体化を解いていた。
一瞬見えたその顔には、そこに行くのが当たり前だと書いてあった。
そう言えば、話したことがある人がもう一人いた。
名前を告げただけの間柄だけど、確かにそれが現状を打開する唯一の手段かもしれない。
目のあった
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