第22話勇者の子供たち

「ようこそ、勇者ヴェルド様。こんな所においでなさった勇者様は初めてです。ここは研究の場所ですので、なにぶん粗相があるやもしれませんがお許しください」

乾いた笑みを浮かべるしかない。その言葉の持つ意味は、ここに来るまでに十分味わってきた。


城の中に、地上十階はある巨大な塔がいくつもあった。その中の一つが魔術師塔らしかったけど、正直どれも同じに見えていた。だからだろう。門兵の一人が親切に案内を申し出てくれていた。一人だと、たぶん迷ったに違いない。

その気持ちを素直に門兵に言うと、ひどく慌てて帰っていった。


『ありがとう』って言っただけなんだけど……。


まあ、いなくなった人を気にしても仕方がない。あらためて、塔を見上げると、同時に王のいる場所も見えていた。

本当に巨大な城だ。高台になったその上に、王は住んでいるようだった。山をくりぬいて、そのまま城にしたようなものなのだろう。山の崖を屏風に見立てたような感じになっている。

確かに芸術性はある。でも、防御面を考えると、あまりそのことを意識しているようには思えなかった。王のいる場所の上に、さらに山の頂がある。

あれでは、王のいる場所を高くしている意味がない。


つい、そんなことを考えたくらい、私は魔術師塔の前で待っていた。


魔術師塔で面会を求めると、待つように土下座された。それを快諾した途端、扉は閉められ、中でひどく慌てる声がたくさん聞こえてきた。

所々で、『隠せ』とか『まずいだろ』とか言う声が聞こえる。勇者の聴覚が、拾わなくてもいいことまで、せっせと拾って集めてくる。


そんなに、みられてまずい物でもあるのだろうか?

そう言えば、一郎の家にいきなり行った時もこんな感じだったよな……。あれは中学三年の時だったっけ……。

何とも言えない気持ちになった時、ようやく中に入る事が出来た。

らせん状の階段をひたすら上り、たどり着いたその先には、扉が一つだけしかなかった。塔の最上階にある部屋が、ポロデット老師の部屋だった。ノックをすると、すんなり扉が開いて、中からあの声が聞こえてきた。

通常、魔術師といえば、古代語魔法を使う。だから、ここにあるのは古代語に関するものなのだろう。この部屋には、日本語でない表紙の書物や何かの道具であふれかえっていた。

ここだけは、待たされずにすんなり入る事が出来ていたけど、奥に行くのは違う意味ですんなりとはいかなかった。

今更ながら、いきなり来たことを申し訳なく思ってしまった。


「すみません、いきなり押しかけて。ただ、どうしてもお願いしたいことがあって、やってきました」

ようやく山積みされた本の間をすり抜けて、勧められるままに椅子に腰かけた。

差し出された紅茶を一口飲んで、その不味さに閉口した。でも、ここで出てくるのは日本茶じゃないんだと、ちょっと不思議な気分になってしまった。


「勇者様が願い事をされるとは……。これもまた、初めてのことです」

ポロデット老師は、自身も座りながら、驚きに目を見開いていた。

本当に、勇者ってなんなんだろうって思ってしまう。


「単刀直入に言います。私を冒険者として登録できるようにしてください」

「なんですと!」

私が言い終わる前に、驚きの声を上げたポロデット老師。立ち上がった際に、椅子が後ろに倒れて、乾いた音を立てていた。

目を見開いて私を見下ろすポロデット老師と、それを見上げる私。この場面だけ見たら、なんだか怒られているように見えるだろうな……。年齢を考えると、それが当たり前の光景のはず。でも、なんだか奇妙な構図に思えていた。

どれだけ嫌がったところで、所詮私も勇者の在り方に染まりつつあるのかもしれない。


いつ終わるともわからない空白の時間が目の前を通り過ぎていく。私が話すのは簡単だけど、衝撃から立ち直っていない相手に、それは失礼なことだろう。

そう思うことを、大切にしていきたい。


「申し訳ありませぬ。少々取り乱してしまいました」

ようやく衝撃から立ち直ったのか、椅子を元に戻してすわり、深々と頭を下げていた。


「頭をあげてください。私は強くなりたいのと、お金が欲しいのです」

まだ、上がることのない頭に、思いのたけをぶつけてみた。


「ヴェルド様は十分お強いです。マリウス様に呼ばれたので、お聞きしております。あの方があれほど楽しそうに話されていたのです。ご自身の強さに誇りを持ってください。マリウス様はこの国で最強の存在なのです。それに、お金が必要なのでしょうか? 勇者のマントがあれば、下々の者は、こぞって勇者様に貢ぎましょう」

頭をあげたポロデット老師は、なおも不思議そうな顔で私に話しかけていた。


「それじゃあ、ダメなんです。私はマリウスに勝ちたい。それに、勇者のマントでもらうなんて、強盗と変わりないでしょう? 他の勇者は知りませんが、私はそんなことをしたくないです」

勇者のマントを使うことに、私はどうしても納得がいかなかった。

ただ、このマントはあの少女が、命がけで差し出してくれたものだから、それを思うと勝手に捨てる気にはならない。マントがどうというよりも、その仕組みが嫌だった。

こんなものを使う勇者は、私の中では勇者じゃない。

勇者として生きていくのなら、せめて私が思う勇者でありたいと思う。


ポロデット老師は黙ったまま、真剣な顔つきで私を見ていた。

その表情を前に、私も自らの決意を瞳に込める。


どのくらい時間がたったのだろう。

やがて諦めたかのように、ポロデット老師は息を大きく吐き出していた。


「なるほどです。あの神の言葉はそういう事でしたか……。それで、あのように……。なるほど、わかりました。一つ物語をお聞かせしましょう」

ため息の後の言葉は、私の希望ではない事だった。でも、何かを伝えたいのだろう。

私はそれを黙って聞くことにした。


「私の父は、真の勇者でした。私の母は特別な日の勇者でした……」

思い出すかのように宙を見上げるポロデット老師。


今、あなたの両親の話がなぜ必要なのか?

そう喉まで出かかったけど、家族の話が始まりそうなのに、その顔は決して楽しげではなかった。

一体何が言いたいのだろう?

その顔を見ているうちに、ゆっくりとポロデット老師は、自分の過去を語り始めた。



***



それから多分、数時間が経過したように思える。最初はまじめに聞いていた精霊たちも、飽きたのか、思い思いの場所でくつろいでおしゃべりをしていた。

ただ、氷華ひょうかだけが、私の右肩で一緒に話を聞いてくれていた。

数時間、ただひたすら話を聞くのは、普通なら苦痛に感じたに違いない。でも、その内容は、私にとって驚きの連続だった。


ボロデット老師の父親は、この国で最後の真の勇者だったようだ。

ただ、老師が父親に対し抱いていた印象は、恐怖でしかなかったという。

本当の母親にしても、やはり好戦的な人だったようだ。

屋敷のどこかで、絶えず血の匂いがする生活を、ボロデット少年は過ごしてきたようだった。

毎日見慣れぬ使用人が来て、そしてその次の日には、また違う使用人が来る。前日初めて会った使用人の何人かは、もうその次の日にはいなかったらしい。一日を無事に終えた使用人たちは、自らの幸運を抱き合って喜んでいたようだった。でも、老師の記憶の中では、同じ顔を十日以上見たことは無いようだった。

そして屋敷には老師のほかにも子供がいて、当然その母親もいた。

しかし、それ以上に沢山の女の人がいたらしい。その人達の中には、ごくまれに弟や妹を出産する人がいたようだったけど、その子たちは生まれてすぐにどこかに連れて行かれることが多かった。たまに残る子供もいたようだけど、その子も成人まで屋敷にいることは無かった。

老師がその違いを知るのは、かなり後になってからだが、それには魔王斑が関係していたようだった。

そして、生まれてすぐに連れて行かれない魔王斑の子供は、たまにその母親が連れ去ることがあったようで、その母親や手引きした者は当然のように殺されていた。


それが老師にとって当たり前の世界。そんな中で、老師は屋敷に来る様々な勇者と知り合うようになったようだった。でも、老師はある時まで勇者は全て女だという風に思っていたらしい。

全てを語り終えたのか、老師は今、沈黙を守っている。

そこにいるのは、この王国の宮廷魔術師ではなく、一介の老人が、長年誰にも言わなかった自分の過去を話し終えたようだった。


その話の中で、重要な事が四つあった。

決して直接は語っていない。でも、この話を聞けば、それを言いたかったのだとわかってしまう。


一つ目は真の勇者と勇者の間には、子供はほぼ生まれないらしいということだ。

それはどの勇者でも同じことが言えるようだった。その確率を上げるために、様々な工夫がされたのかもしれない。そして、その結果生まれたその子は、特別な日に召喚された勇者と同じだけの能力があるらしい。老師がまさしく、その子供に相当する。


そして二つ目は、勇者との間で生まれた子供は、かなりの確率で魔王斑を持つようだった。国民の中からも魔王斑の子供たちは偶然生まれることはある。しかし、そこに勇者が加わるだけでも、その確率は格段に上がるようだった。出生率こそ低いが、魔王斑を持つ子供が生まれる確率は、真の勇者と勇者の間が高いようだった。老師が七歳まで生きていたのは、その時偶然魔王斑を持つ子供がたくさんいたからだと老師は推測していた。そしてその子供は、七歳を境にして魔王斑は消失し、能力だけは残るようだった。


そして、三つ目。

この国ではそういった子供たちが、この国の重要な機関に所属しているようだった。それは、国によって違うらしい。

老師で言えば、宮廷魔術師といったところだろう。そして、そこには勇者の好戦的な性格と平均寿命の短さが関係しているようだった。

真の勇者は若干違うようだが、勇者の平均寿命は、この国の国民の平均寿命をかなり下回る。国民の平均寿命が六十歳に対して、勇者の平均寿命は四十歳。しかし、勇者との間の子の寿命は国民と同じだけの平均寿命を持つようだった。

好戦的でない能力の勇者の子供が国の重要な機関を担う。

他は分からないけど、少なくともこの国はそう選択した。

その結果、この国は侵略戦争時に、唯一他国に攻めなかった国になったと、老師は推測していた。


そして四つ目。

魔王斑真の勇者と普通の国民との間に生まれる子供は、普通の勇者と同じだけの能力を持つようだった。しかも、真の勇者の場合は、相手が勇者にしろ、普通の国民にしろ、出生率は低いけど、魔王斑を持つ子供が生まれる確率がきわめて高い。その次に来るのが、特別な日の勇者になる。だからライトの行為は、この国が認めているという事だった。ただ、真の勇者でないライトの子供の場合は、たぶん普通の勇者にはならない。真の勇者と勇者の間には、埋めようのない溝があるようだった。

老師にとっては、複雑な気分であることが、今ようやくわかった。


つまり、この王国では、真の勇者を種馬と見なしていた。


もちろん、最高の戦力であることには違いないけど、四十八の国が二十にまで減った時、戦乱は一時休戦状態になっていたようだった。

しかも、このタムシリン島は海という隔たりがあって、それ以前にも他国との戦争はなかったようだった。だから、国家としては真の勇者はそういう扱いにして、優秀な人材を増やす方に費やしたのだろう。


でも、ポロデット老師の父親が死んでからは状況が変わったといえる。


真の勇者がいないことで、今の種馬の役割はライトが引き受けているが、その役目は魔王斑の赤子だろう。ライトに与えられているのが、ほとんど国民であることからそれは明確だ。中には勇者もいるようだけど、その数は少ないらしい。

ただ、出生率は低いながらも、魔王斑の出る確率は高い。

正に数撃てば当たるというものだ。

きっと、国民の中で魔王斑を持つ赤子の出生率が年々落ちているという事が後押ししているのだろう。


私が失敗作だったことで、この国に真の勇者が誕生する可能性があるのは、さらに二年先となっている。

そして、これらのことで、私が冒険者になれない理由が見えてきた。


ほとんど生まれないとしても、魔王斑を持つ子供は確率的には勇者間が一番高い。

国家としてはライトとミストの組み合わせが最もいい結果を生むはずだ。

でも……。

たぶんミストが城から出ていない理由がそこにあるのだろう。

そして、勇者だから無理やりは難しいという事か……。


となると、いずれ私にもその役割が回ってくる可能性がある。

多分、成人した後だと思うのだけど……。


召喚によって多くの勇者が生み出されている仕組み。

魔王斑の子供を得るための勇者牧場。

優秀な人材を作るための勇者牧場。

勇者牧場を営み、召喚を繰り返した結果、この国は勇者であふれかえることになったのだろう。

その生き証人が、疲れた顔で私をじっと見つめていた。


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