皇帝の剣、成る。

 夕食は〝いつも〟の食卓に、客人がひとり増えただけの光景だった。

 大皿に並ぶ煮込み肉、焼いた魚、採れたての野菜を蒸したもの。派手さはないが、湯上がりの身体にじんわり染み入る。


「うむ、やはり美味い」


 陛下が杯を置き、豪快に笑う。


「宮廷の食卓は多彩だが、こうして湯気が立ちのぼる一皿にはかなわん」

「恐縮です」


 俺は簡単に頭を下げた。

 それを見た陛下がニヤリと口角の片方を上げる。


「料理人として帝国に来てくれても良いのだぞ」

「いやあ、それは無いですね」


 俺がわざとらしく苦笑してみせると、陛下は豪快にガハハと笑い、つられるように食卓に笑い声が響いた。

 サーミャやディアナはいつもの調子で食べ、リディは静かに笑みを浮かべている。マリベルはパンをちょこちょことついばむようにし、ルーシーは足元で丸くなる。


 帝国の皇帝陛下がいる、という事実はすっかり日常に溶け込み、俺と陛下は前からそうしていたかのように、一足早くそれぞれ自分の部屋へ戻った。


 翌朝。いつもどおりの朝を迎え、朝食もいつもどおりに済ませると、陛下は一足早く鍛冶場へいそいそと向かって行った。

 昨日の湯上がりで見せた豪快さはそのままに、どこか少年のような期待を湛えている。


「今日は仕上がるのだな」

「はい。……ここからは一気に形にします」


 俺は火床に火を入れた。リケが炭を寄せ、魔法で風が送り込まれる。

 工房全体の空気が、静かに、しかし確かに張り詰めていく。


 赤熱した鋼を金床に置き、槌を振り下ろす。

 ガキン、と響く音に合わせて、陛下の眼差しが鋭くなる。


「……音が変わったようだな」

「はい。少しずつ完成に近づいているということです」


 鎚を振り下ろすごとに、鋼の中の不純物が押し出され、金属の層が緊密になっていく。火花が散り、やがて鋼は「剣」へと変わろうとしていた。

 リケが火床を見守り、炭を加える。陛下はそれ以上言葉を挟まず、ただ槌音を聞いていた。


 そろそろ昼食にしようかというころ、鋼の形はすでに剣身の輪郭を明確に示していた。

 俺は槌を置き、深く息を吐く。


「それでは焼き入れをします」


 水槽の水温が適切な温度になるのを待ち、火床で赤熱させた剣を一気に沈める。

 ジュウッと湯気が立ちのぼり、鋼の内部で組織が固まっていく音が聞こえるような気がする。


 陛下はその瞬間、わずかに口を開けていた。


「……まるで、生き物が息を吹き込まれたようだな」

「そうですね。私もそう思います」


 刀鍛冶でも産まれるという表現を使う方がおられたし、この工程は何度やってもそれを実感できるな。


 焼き戻しをしてから昼食を挟み、研ぎの作業に入る。

 研ぎは目の粗いものから細かいものへと順にかけていく。砥石の表面を滑らせるごとに、剣は光を帯びていく。

 リケが汗を拭いながら砥石を支え、俺は根気よく刃を整える。

 やがて――。


「……見えてきましたね、親方」

「ああ」


 鋼の表面に、淡い紋様が浮かんでいた。まるで水流がそのまま固まったかのような揺らぎ。派手さはなく、しかし目を離せない奥深さがある。

 皇帝が思わず声を漏らす。


「これは……」

「鋼を鍛えた時の層が文様として現れたものです。ある程度は狙って作ることも出来ますが、今回は自然に出たものです」


 傾く日の光を受け、紋様はゆらめきながら静かに輝き、剣は一本の完成品となっていた。

 陛下が片手でも扱えるであろうギリギリの長さ、刃渡りは85センチほど。余計な装飾はなく、柄は革を簡素に巻いただけ。鞘も普及品の様式で仮に仕立ててある。


「柄と鞘は仮のものです。帝国に戻られたら、正式な様式に合わせて仕立て直されるのがよいでしょう」

「うむ」


 陛下はゆっくりと頷くと剣を手に取り、掲げた。

 刃が夕日の残光を浴び、紋様がかすかに光る。


「素朴だが……力強い。そして美しい」


 その声音は感慨に満ちていた。

 陛下はそのまま数度、剣を振った。

 風を裂く音が工房に響く。動きに無駄はなく、剣は彼の腕の延長のように見えた。


「うむ、これは俺の剣にふさわしいな」


 そう呟いた皇帝は、やがて俺に目を向ける。


「鍛冶屋殿。これほどの一振りを得られたこと、帝国の主としてではなく、一人の男として礼を言う」

「ありがたきお言葉です」


 俺は座ったままだが、深く頭を下げた。

 工房には、火床の余熱と、家族たちの温かな視線が残っていた。

 皇帝の剣は完成した。

 素朴で、しかし紋様が静かに語りかけてくる一振り。

 その剣を見守る陛下の顔には、政治の仮面はなく、ただ「使う者」の笑みがあった。

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