竜の鱗

「ドラゴンの?」


 俺は自分が手にしているフニャフニャした物体に目をやった。確かに形状や表面の感じは1枚の鱗のように見える。しかし、だ。

 ヘレンが俺の手元を指さして言う。


「ドラゴンって言ったらあれだろ、ランスの一撃も通さないとか言う。その鱗があんなに柔らかいのか?」

「そう思うよなあ」


 ヘレンの言葉に、俺は頷いた。柔軟さでもって衝撃を分散、吸収することでダメージを減らす技術というものは確かに存在する。

 だが、前の世界の防弾チョッキでも銃弾の衝撃を分散吸収するものとは別に純粋に硬さをもったプレートを入れることがあるのだが、これにはそういった硬さがまったくない。


「ランスなら馬で突撃するわけよね」

「そうね」


 ドラゴンの鱗に興奮していたディアナが言ってアンネが頷く。ノーブルコンビがなぜランスについて知っているかは一旦さておき、サラブレッドのような種でないにせよ、走る馬(あるいは走竜もかも知れないが)の速度を乗せた長大な槍での一突きに耐えるならやはり硬さも必要になってくると思うのだが……。


「うーん、手紙にはなんてある?」

「えーとね」


 ディアナが再び手元の手紙に眼を落として読み始める。


「『とあるところから、ドラゴンの素材を一式買い取った。とりあえず鱗だけ送る。どれもこれも柔らかいが、どうやら加工することで硬くなるらしい。1つ大きな仕事があるところで悪いが、こっちも見てくれ』ですって」

「ふむ。他にはないか? 何を作ってほしいとか、いつまでに返せとか」

「欲しいものがあったら手紙をよこしてくれればいい、以外には特にないわね。」

「ん、わかった。ありがとう」


 カミロがうちにこれを送ってきたのは、純粋に素材の販売先としてのことのようだ。あるいはカミロがある程度カリオピウムについて知っていて、苦戦するから息抜きのものをくれた、ということかも知れないが。


「返せって言ってきてないってことは、こいつ自体は貰えるってことでいいのかな」


 前の世界風に言えばサンプルである。新素材が出たとき、それを作るなり輸入なりしている会社がメーカーにサンプルとして送るかどうかまでは業種が違ったので知らないが、サンプルとして配ってくれたということで良さそうではある。


「加工していいみたいですし、その時にどうなるかは分からないんですから、貰ったでいいと思います!」


 そう元気よく言ったのはリケだ。新しいものを前に目がキラキラと輝いている。彼女にとってはこのところ続いて新しい素材に巡り会えているので、テンションが上がりっぱなしだな。

 まあ、でもそれで眼が曇るようなリケではないし、愛弟子の言うことならそれでいいか。


「よし、インク作りはちょっと頭打ちになってしまった感もあるし、明日はこれを見ていこうか。納品物はどうなってる?」


 俺が聞くと、これにはリディが答えた。


「足りないということはないと思います。リケさんが抜けても問題はないかと」

「アタシが作る分がちょっとあるくらいだぞ」


 サーミャがそう引き取る。彼女も最近は納品物の数が増えているようで、立派に戦力に数えられるようになった。


「わかった。それじゃ、俺とリケはドラゴンの鱗をああでもないこうでもないすることにしよう」


 俺がそう言うと、リケが「ヒャッホウ」とはしゃぎ、ディアナがたしなめ、笑い声で我が家の一日が終わっていくのだった。

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